第66話 運命の人【愛美視点】
ママと別れてからさくらは早々に寝てしまった。
いつもは明け方くらいまで起きている人なのに、疲れからか死んだように眠ってしまっていた。
夜中にひとりで取り残されるなんて、はじめてかもしれないなあ、なんて思いながら、ソファに腰かけてアメトークの家電芸人回を見ていると、ひまわりちゃんがのそのそと現れた。
「あたし、家電芸人回はいつも見ているんですよね」
ひまわりちゃんがソファに座ろうとするので、わたしはソファ端につめた。彼女はこぶし一つ分程度の間を空けて、控えめに腰かける。
テレビの中でははちまきを頭にまいた男性芸人たちが家電の話をして盛り上がっている。
「わたしは運動音痴芸人のほうが好きだけどね」
「あれを好きなんて性格悪いですね。運動音痴の人をあざ笑ってるみたいじゃないで不快になります」
「そこが面白いじゃん」
「結構性格悪いですね」
「ひまわりちゃんが繊細なんじゃないかなあ」
さくらが優しいようにひまわりちゃんも同じように心根の優しい人なのだと、しみじみと感じた。
わたしはよくも悪くも普通だ。
誰かを馬鹿にするお笑いを見て笑えるし、一切心が痛んだりしない。
「お姉ちゃんのことが心配になってきました。こんな人と一緒で大丈夫なのかな」
ジト目で睨みつけながら、しっしと手でわたしのことを払った。
「あなた、さくらのことが嫌いなんじゃないの?」
ふんっとひまわりちゃんは腕組みをした。
「嫌いですよ? 嫌いですけど……嫌いだからって無関心なわけじゃないんですから。心配になることもあるんですよ」
それ、つまりはさくらのことが好きだってことじゃないの? と聞きたい気持ちをぐっと堪えた。
「本当に心配です。お姉ちゃんのこと泣かせたら許しませんよ」
すでに何度も泣かせてしまっていることを言ったらどんな顔をされるのだろう。
「ひまわりちゃんにどう思われるかわからないけど、わたしはできる限りお姉ちゃんのことを大事にしたいと思ってるよ」
「ええ、あんな人の面倒を見ることができるんですか」
「情緒不安定なの?」
「何言ってるんですか。あたしは至って正常ですけど」
自覚がないのだとしたら、頭を抱えてしまうよ。
「わたしだって面倒な女だもん。お互い様だよ」
「ふうん。立派ですね。あたしは出来るだけ面倒な人に近寄りたくないですもん」
「普通はそうだよ~。わたしはさくらのことが好きだから面倒でもいいかなって思えるだけだもん」
テレビの中で芸人がバミューダについて語っている。
少し気まずい沈黙が流れてから、ひまわりちゃんは口を開いた。
「お姉ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」
頭を垂れた彼女はわたしの返事を待っているようだった。
意固地なひまわりちゃんがこうやって頭を下げるということの意味に思いを巡らした。本当に、わたしは戻れないところまでやってきたのだと、改めて実感をする。
それは、けして嫌なことではなかった。
「頭を上げなよ」と肩を撫でて、真摯な目の彼女に目を合わせる。
「こちらこそ、よろしくね」
むっとひまわりちゃんは口を歪めた。
「あなたによろしくと言われる筋合いはありませんから」
「ふふ」
「何笑ってるんですか!」
その夜はガールズトークに花が咲いて、なかなか眠ることができなかった。
わたしたちが向かったのはカップルがペアリングを買うといったら、と名前をよく挙げられるアクセサリー屋だった。
さくらには薄っすら勘違いされているけれど、わたしも誰かとお揃いの指輪なんて買ったことがないから、勝手が一切わからない。
ただ、女友達から話を聞いていたから少しだけ知っているだけで。
真っ白な店内でショーケースに入れられたシルバーアクセサリーはライトに照らされてキラキラと輝いていた。
それを見ているさくらの目もきらきらと輝いている。
「見て見て! ディズニーコラボなんてあるのね! ピンクの指輪も可愛いじゃない」
「どうだろう。指輪はシンプルな方が使いやすくないかなあ。このブルーダイヤモンドがついているのも良くない?」
「それもいいわね! 私より愛美のほうがセンスがあるから、あなたに任せるわ」
任せられてもな……と戸惑っていると、微笑み顔の女性店員に声をかけられた。
「指輪をお探しなんですか?」
まず、わたしとさくらの関係を聞かれるのではないかとそわそわしていると、さくらが「ええ」と頷く。
「ペアリングを買おうと思っているんです。おすすめはありますか?」
堂々と胸を張って言えるさくらが眩しい。
さっきまで、堂々と歩こうとさくらの手を取っていたはずなのに、いざ、誰かが目の前にいると、怖気づいてしまう。
わたしの隣にいるのがさくらで良かった。
いつの間にか、こんなに頼もしい恋人になったんだね。
「先ほど見られていたブルーダイヤモンドが施されている指輪はかなり皆さんに人気ですね。シンプルなほうがファッションに合わせやすいですし、仕事中もつけていられますから」
ごくり、と唾を飲み込んで、手のひらをぎゅっと握り締めた。
「そうですよね。会社ではオフィスカジュアルなので、ディズニーコラボみたいな可愛らしい指輪はちょっと浮くかも」
ドキドキしながら話をすると、にこりと微笑んだままで店員さんは口を開いた。
「じゃあ、シンプルなほうがいいですね! まず指輪のサイズを計らせていただけますか?」
意外とわたしが気にするほど周りは気にしていないし、悪意を持ってもいないのだ。
たぶん。
「納期まで1ヶ月かかるなんて、結構長いわね」
ソファに鞄を放り投げて、さくらはわたしのほうを振り向きながら言った。
「いいじゃんか。それまで楽しみでいられるし」
「確かにね。1ヶ月間楽しみでそわそわしちゃうわね」
ふふ、とお互いの顔を見て微笑み合う。
お人形さんみたいなさくらはわたしにはもったいないほどの可愛い彼女で、こんな女の子に好かれている自分は世界一幸せ者じゃないかと思う。
これまでの恋愛や好きな人のことなんて、今じゃ全然思い出すこともなくなった。
あの頃、わたしはあの人ことを運命の人だと信じていたと言うのに。
今はさくらを――いや、なんでもない。
さくらは細い腕をわたしの身体に巻きつけて、ぎゅうっと締め付けた。
わたしも当たり前のように、さくらの腰に腕を巻きつける。
「私にとってあなたは運命の相手かもしれないわね」
きっとさくらは恋に恋しているだけだよ。なんて意地悪は今は言わないでおこう。
だって、わたしもおんなじことをさくらに対して思っているから。
でも、絶対「運命」だなんて言わない。
言葉にしたら、運命の相手じゃなくなっちゃう気がするもん。
目前にある青い瞳をじっと見て、口角を上げた。
「大袈裟だなあ。少女漫画の読みすぎだよ」
長いまつげをぱちぱちと瞬かせてから、真っ白な肌を赤く染めた。
「ばっ、別に少女漫画は好きではないわ!」
「その慌てよう、さくらは可愛いなあ」
「愛美の意地悪!」
「わたしもさくらのこと好きだよ〜」
威勢の良かったさくらは照れくさそうに、俯いた。
「私も愛美のこと好きよ」
可愛い彼女と、こんなやりとりをずっとできればいい。
それ以上を望むようになったらその時はその時だ。
その日がやってくるまで、わたしにとってさくらは運命の人でい続けてくれたらいいな。なんてね。
「そうよ、今日は2人で餃子を作りましょうよ」
「餃子なんて珍しいねえ。どうして?」
「食べたかったからっ!」
にっと満面の笑みを浮かべるさくらは、わたしの腕を引っ張って、キッチンへ向かった。
「じゃあ、一緒につくろうか」
「ええ。今日は餃子パーティね!」
こんな幸せが一生続いてくれますように。
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