第2話:ただ切る少女(二)

 笑いながら首をかしげる早苗を無視して、烏輪は少し腰を落とす。体の中に流れる気。それを体の中心、へその下あたりに集中する。

 わきあがる熱。それを力に変えるように、息を言霊と共に吐きだす。


「我、くは、名を【髭切ひげきり】。刃渡り二尺七寸。しのぎ造りに腰反りの、むねいおりで使い手は、【渡辺 綱わたなべのつな】と名のりけり……」


 リズムよく言葉を口にしながら、烏輪は脳裏でそれを創造していく。

 形や輝き、そしてその威力までもイメージする。

 体の中心にわいた熱が力となる。

 それは誰もが内包しながらも、選ばれた者にしか発することができない【霊力】と呼ばれる力。

 その霊力を手にした模造刀に送りこむ。


「我、切に求める力の名、は【鬼切おにきり】!」


 烏輪の呼び声に、名が持つ存在・・・・・・が応え、模造刀なまくらへ宿った。豹変した刃は、わずかな光を受けてきっさきから、ぬらっとした輝きを刃文に走らせる。しかし、その輝きさえも反りの腰で、すっぱり斬り散らした。それは、刀に恐るべき切れ味が生まれた証。

 さらに刀全体から放たれるのは、神々しい力。


 それが本当にあったのか、それが本当はどんな形をしていたのか、そしてそれが本当に力を持っていたのか……それらはすべて些末なこと。重要なのはイメージであり、それまでに人々がその名に抱いた「想い」である。


 それを霊的に召喚する能力、それが烏輪の使う術【せつ】。


 京都の一条戻橋いちじょうもどりばしで【渡辺 綱わたなべのつな】が、自分を捉えた鬼の腕を斬ったという伝説を持つ太刀。彼女の手にあるのは、その伝説を再現した、鬼を討ち取る刃。

 その威圧感に早苗の足が数歩、後ずさる。


「ね、ねぇ。まさか……早苗を斬る気じゃないよね?」


「友達の早苗は……ここにいないの」


 烏輪は無表情のままで、肩口までのショートヘアをかるく振った。


「お前は、もう【人鬼じんき】なの」


 ジャギーの入った前髪の下で、烏輪の双眼が烈火を宿す。

 それは、揺るぎない意志。


「やだ……なに……なに言っているの? ねぇ、なに言っているの? 早苗だよ。友達の早苗だよ……」


 今にも泣きだしそうな声で、早苗は上半身を前のめりで訴えかける。そこに先ほどまでまとっていた、不気味な悠然さなど微塵もなかった。


「さ、早苗は、ただ三浦君と……」


 そして話ながら、自分の手にある三浦の心臓を見る。


「えっ? ……いっ、いやっ!」


 まるでそれを今初めて見たかのように驚き、唐突に悲鳴をあげて投げだす。

 放られたそれは、そのまま廊下の壁に叩きつけられ、ペチャッと音を立て床に落ちた。ペンキでいたずらされたような壁についた赤黒い跡が、それを夢ではないと見ている者に訴えかけている。


「――っ! いや……いやいやいやああぁぁっ! なんで……えっ!? なんで、三浦君を……早苗、食べちゃった…の……三浦君っ!?」


 涙声で自分の両手を見つめながら、早苗は狂ったように叫び出した。そして今日一日の己の狂気の行いを思いだしているのか、「嘘よ」「夢よ」と否定し始める。


(わざと正気に……。さすが悪趣味なの)


 烏輪は奥歯が軋ませる。


「烏輪! ねぇ、ねぇ、ねぇ!? ……これ、夢っ!?」


 両手で顔を覆っていた早苗が、声をわななかせながらゆっくりと前に歩みだす。

 窓から入りこむともしびに浮かぶのは、血痕で化粧された顔。普段は後ろでまとめられた自慢のロングヘアも、今はばらけてバサバサに広がっていた。しかし、その顔に先ほどまでの狂気の欠片も見当たらない。今あるのは、頬たどる大粒の涙落。


「嘘だよねぇ、こんなの……。早苗、こんな事知らないもの……。烏輪、助けてぇ……」


「ほむ。ボクが助けてあげるの」


 まるで何事もなかったように、太刀から力を抜いた烏輪は無表情を崩す。

 そしていつもの微笑みを浮かべてから、片手を早苗に向けた。


「こっちにおいでなの、早苗ちゃん」


 それを救いにしたように、早苗が一瞬、破顔してから烏輪に駆けよる。


「烏輪! うりっ――!?」


 だが抱きつく手前で、早苗の腹部を刃が貫いた。

 串刺しにされ、じんわりと滲み出る血液。何が起きたのかわからなかったように、早苗がしばらくの間、それをじっと見つめていた。

 そして視線が刃をたどる。無論、それは鬼切の刃。

 刹那の動きで烏輪は、腰元に構え両手でしっかりと柄を握っていた。

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