第33話:生者と死者(三)

 陽光と那由多、田中と牧師の四人の話は、途中から平行線だった。


 陽光と那由多は、この結界に朝まで籠城することを提案した。朝になれば悪霊たちの霊力も弱くなる。また、迎えの白夜も来るし、連絡がない七藤家が異常を察知してくれれば、救援も来てくれるだろうというものだった。


 それに対して、田中と牧師は、ここからの脱出を提案していた。この結界は、那由多の霊力で保たれている。それが朝まで保つ保証はないし、さらに強い鬼が現れるかもしれない。ならば、霊力が十分な今のうちに、脱出を試みた方がいいというわけだ。


 ただし、一般人をかばいながら逃げるのは不可能だ。つまり、黒服たちは見捨てることになる。

 確かに、結界が朝まで保たなければ、全滅する可能性もあるだろう。それを考えれば、何人かでも生きのびる可能性をとるべきなのかもしれない。


「だから、逃げようと言っている!」


 田中の訴えに、牧師が言葉を続ける。


「そうです。逃げるべきです。確かに見捨てるのは心苦しい。しかし、彼らは平和な世の中に、戦争ごっこなどで戦いを求めるような不敬な輩だ。神に見捨てられても仕方ないのです」


 牧師の言葉に、今度は那由多が切れる。


「神なら見捨てずに、救いの手を伸ばすべきじゃないのかい!?」


「神は悪を許さないのです」


「ふざけんじゃないよ!」


「宗教に興味はねぇ! そんなことよりも早く逃げようぜ! 五〇〇〇万とか言うはずだぜ。こんなの勝ち目がなさ過ぎる!」


 割りこんだ田中に、今度は陽光が応じる。


「しかし、逃げても外の結界を抜けられる保証はありませんよ」


「四人も能力者がいればなんとかなるかもしれないだろうが!」


「――たぶん、どうにもならないですよ」


 最後に割って入った声は、静かに、しかし力強いものだった。

 誰もがまさかと、その声の主を見る。


「突っこんだら、それこそ全滅する」


 それは先ほどまで、自分の無力さにいじけていた人間だった。ここにいるほとんどの者に「もうこいつはダメだ」と烙印を押されていた男だ。


「我々は、誘われてるんだよ」


 それがどうだろう。今は強力な異能力者たちを前にして、堂々と胸をはって立っている。


 烏輪は、ふと父【大和】の言葉を思いだした。



――大人になると変わるのは難しい。変わるには、良くも悪くも大きな刺激、いや「衝撃」が必要だ。



 良い衝撃なら新たな目的が生まれ、それに向かって人は変わる。

 悪い衝撃ならば、自分を否定してマイナスに変わる。

 しかし、それを乗り越えられれば、また大きくプラスに変わる。

 そう、父は教えてくれた。


 目の前にいる彼は、まさしくその「衝撃」を受けたのだろう。守られるだけの立場、守る側の機嫌を損ねたら死を待つだけの立場から、彼は抜け出そうとしている。


 烏輪にとって、その変化は興味深かった。

 彼は彼なりの方法で、大きな壁を越えようとしている。

 あの黒服のいざないで――。


「これは、最初から罠だったんだ。わかるかい?」


 柳の態度は、まるで教鞭を執っているかのようだ。

 一瞬、あまりにも豹変したその態度に、誰もが目を丸くしていた。


「う、うっせぇ! ランクEのテレパスが出る幕じゃねぇ! 罠だって? そんなことはとっくにわかってんだ、バカか! 素人は黙って――」


「僕はテレパスじゃない。一般人の刑事だ」


「へっ? 一般人? 刑事? ……ならよけい――」


「駐車場を見たか、田中!」


「たっ、田中じゃなく……へっ? 駐車場?」


 強い口調で突飛なことを尋ねられ、田中は呆気にとられる。

 完全に会話の主導権を柳に握られてしまう。


「そうだ。駐車場だ。車は何台止まっていた?」


 何が言いたいのかわからず、田中を始め、他の者達が全員、口を噤む。

 仕方なく、烏輪が答える。


「五、六台だったと思うの」


「そう、その通り。その程度しかなかった・・・・・・・・・・。おかしいだろう?」


「はぁ~? 何がだよ! ここにいる人数を考えれば、当たり前だろうが!」


 苛立ちを隠さないまま、田中が柳の襟首をつかみ上げた。


「いい加減に――」


「確かに、おかしいんよ」


 口元に手を添えた那由多が、ぼそっとこぼすと、その後に陽光も「うん。おかしい」と続ける。


「ここに来た異能力者で、戻った者はいないらしい……でしたよね、那由多さん」


「そうなんよ。こんなバスも通っていないような場所まで来る方法なんて、車やバイクしかない。なら、ここにはもっと車が残っていてもいいはず」


「全部、どこかに捨てただけじゃねーのかよ、そんなの」


「何十人分もの車をかい? それに参加者全員が車の運転ができたかどうかも怪しいんよ」


 那由多の言葉に、牧師が問い詰めるように訊ねる。


「じゃあ、どうやって来ていたというのです?」


「多分、送迎車」


 那由多の代わりに、烏輪は答えた。

 実は駐車場の話題が出た時から、烏輪はここまでなら答えが出ていた。


「駐車場に、大勢乗れるバンが一台あったの。ナンバーが、地元ナンバー。あれで最寄りの駅まで迎えに行っていたんだと思うの」


「さすが、烏輪ちゃん。正解だ」


 柳が、にこやかに褒めるがそこまでだ。それで疑問は解決してしまう。他に何があるというのだろう。


 全員が疑問の目を柳に向ける。

 それに答えるように柳は、自信たっぷりに開口する。


「確かに僕は、オカルトに関しては素人だ。でも、犯罪に関してはプロだ。いいかい? 勝つために、相手の心理を読み取ろう」


 調子が出てきたのか、柳の人差し指がピンと立って揺れ始めた。

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