第34話:生者と死者(四)

「簡単なことさ。ETCや高速道路のカメラによる追跡、それにこんな田舎に外からの車が来れば目立つ。つまり車では、行方不明者の足取りがつかまれやすくなってしまう。それに車の処分が困る。だから、今まで参加者は車で来ることを禁じられていたんだろう。きっと、どこかの駅まで来るように指示され、烏輪ちゃんの言うとおり、ここに住む老婆が車で迎えに行っていたのだろう」


「それがなんだよ?」


 焦れた田中に柳が指を向ける。


「問題は、どうして今回は車が許されたかだよ、田中」


「田中じゃなく――」


「そ、そうか!」


 陽光が手を打って深く頷く。


「隠す必要が今まではあった。でも、もうその必要がなくなった。車の処分のことも、もう考える必要がなくなった……」


「正解。次に君ら異能力者に質問だ。こんな風に大量の霊とか集める場所って、簡単に探せるものかい?」


「それはないんよ。これだけの規模で、霊を集めようとしたら、土地にも何かしら力がないと」


 那由多の答えに、柳は満足そうに頷く。


「つまり、この馬鹿げた大会を引っ越ししてまでやる可能性は低い。研究施設もなんらかの関係あるだろうしね。ならば、『ばれてもいい』という態度から、今回がこの大会の最後となる可能性が高い。結論、主催者である山野博士の目的は、今回で達せられる。もしくは、すでに達したも同然の状態だということになる」


「……なるほど」


 頷く那由多に、柳は「まだあります」と続ける。


「那由多さん――特部の調べで、参加者は今までランクD以下に絞られていたことがわかっています」


 田中と牧師が「特部」に反応するが、柳は気にせずに言葉を続ける。


「今回は、どうやらランクC狙いにランクアップされていると思われます。でも、それならおかしいことが、二つあるんです。まず、パートナーを許可していたこと。下手すればランクB以上のパートナーが参加してしまう。まあ、それは事前に招待状を送った相手を調査することで危険度を下げることができる。でも、パートナーをわざわざ許可する理由がわからない。また、今までの行方不明者数を年間四回という推定開催回数で割るとおよそ六。今回のパートナーを除いた異能力者人数とほぼ一緒。つまり今まではパートナーが、許可されていたとは考えにくい。そしてもう一つは――」


 そう言いながら、柳が陽光を視線で指す。


「招待状があれば、参加者は誰でも良いというルールです」


「そんなルール、知らんぞ!」


「私も知りませんよ」


 田中と牧師に、柳は頷く。


「そうなんだ。僕はもちろん、那由多さんも知らなかった。確かに招待状に招待者の名前は書かれていないが、特にそんなルールも書いていない。そして、もし招待状を譲渡できるのだとしたら、今までの調査で『招待状を譲った』という人物が出てきてもよさそうなんだが、それも見つかっていない」


「だから、そんなルール、最初からないんじゃないのかよ」


「いや。実は陽光君と烏輪ちゃんは、直接の招待者じゃない。招待状を譲ってもらって参加しているんだ。なぜ二人のルートにだけ、そのルールが伝わったのかはわからない。しかし、そのために、ランクBの陽光君が参加するという事態になっている」


「そう……ですね」


 陽光も腑に落ちないのか、何かを懸命に考え始めている。

 だが、その思考を待たずに、柳はたたみかける。


「つまり、なぜか今回だけ採用された・・・・・・・・・二つのルールのせいで、招待状を送る相手のランクを絞ることの意味を殺してしまっている。見方を変えれば、今回はランクCに絞ったわけではなく、DでもBでもそのあたりならなんでも良かったということなのかもしれない。そして、決定的なのがこの状態です」


 烏輪を始め、異能力者たち全員が柳に注目する。

 もう誰もが、彼を特別視しているのだ。

 烏輪は感心しながら耳を傾けた。


「高額の賞金、それに独り占めできるルールは、異能力者たちを互いに競わすものです。下手に手を組まれると、やっかいだと思ったのでしょう。山野博士は、異能力者たちが手を組まないように仕向けていた。どうも異能力者の方々は、自尊心や自我が強い方が多いようで、そのあたりを上手くついていますね。希望があるように見せかけて、一人ずつ消していけば、生き残っている者たちは『自分だけは最後まで生き残り、クリアできるかもしれない』と考え、なかなか手を組まなくなる。……なのにどうです?」


 柳が異能力者全員の顔を順番に流し見る。


「まだ五人も残っているのに、こうしてすでに手を組んでしまっている。なぜです?」


「そんなの、こんだけ攻めてこられたら、しかたねーじゃんか」


 田中はまだ気がついていないらしい。

 烏輪はとっくに気がついていた。もちろん、陽光も那由多も気がついているだろう。見ればわかる。一気に顔が青ざめている。


「自信があるということですか……」


 牧師も気がついたらしい。


「我々が組んでも、ランクBが混ざっていても、そのぐらいでは、どうにもならない用意がある。だから、ちまちまとやる必要もないと……」


「な、なんだと……」


 田中もやっと気がつき顔をひきつらせる。


 そうだ。そういうことなのだ。そして結果として、柳が最初に言っていた「突っこんだら全滅」という言葉につながるのだ。


 青ざめたり、顔をひきつらせたりはしなかったが、烏輪もさすがに危機感を感じていた。

 一般人を守る事も大事だが、それは必須ではない。なにより烏輪にとって、陽光を守る事が第一だ。

 だが、肝心の陽光は、自分の命よりも、他人の命を大切にしてしまうような人間なのだ。

 さすが兄様、そこが好きだと思う反面、守る立場としては困ってしまう。


 ただ、今回は結果的に幸いしている。

 一般人を守るには、結界に籠城するしかない。

 そしてこの話の流れなら、結界の外に出る選択肢はないだろう。


「それなら、籠城作戦で決定だね」


 那由多が全員に、承諾確認の笑顔を投げかける。

 そして最後に、柳のことを凝視した。


「な、なんです?」


「うん。三村さんの人選は正しかったと思ったんよ」


「……褒めるより、ご褒美でもくださいよ」


「いいんよ。なら、助かったらデートでもしてあげようか?」


「いいですね」


「おいしい豚骨ラーメンでも食べに行こうよ」


「……三村さんの影響ですか、それ」


 二人が互いに微笑を見せた。

 だが、それに牧師が水を差す。


「待ってくださいよ。我々が籠城しそうだから、総攻撃を仕掛け始めたとは考えられませんか?」


「その可能性は、〇じゃない」


 予測していたように、柳が直ぐ答えた。


「ただ、それだけ結界にこもられるのは、やっかいだという判断だと思うんです。特攻よりは、利がありそうじゃないですか?」


「いや。結界を破る自信があるからこそ、ちまちまとやるのをやめたのかもしれない。実際、外の陰の気はますます強まっている」


 確かに牧師の言うとおり、烏輪も外の気が強まっているのを感じていた。

 こればかりは、柳の計算に入れにくい要素だろう。

 柳の双眸に迷いが浮かぶ。


「やはり、私は納得できない。君らがここに残るというなら、ちょうどいい・・・・・・。私は一人で脱出する」


 彼の言葉の意味は、柳の説明よりもわかりやすかった。

 要するに結界内の人間を囮にして、自分はその間に逃げようというわけだ。

 牧師の癖に自分のことしか考えていない。

 烏輪は呆れはててしまう。


「ちょっと待てよ。オレも……」


「悪いのですが、私の結界は、一人専用なんですよ」


 そう言うと牧師は鞄から、五〇〇ミリリットルのペットボトルをとりだした。

 その蓋を取り、自らの頭にかけ始める。


「やめときなって。上手く隠密できなかったらおしまいだよ」


「神が、私を守ってくださる」


 一本を使い切ると、牧師はさらにもう一本とりだした。

 そしてまたキャップを開けて、中の水を自らにかけ始める。


 烏輪はその様子を黙って見つめた。

 清らかで、陽の気をたっぷりと含んだ水は、聖水なのだろう。

 不思議な輝きを持ちながら、牧師の体を覆っていく。


 なるほど、これは一つの結界になる。これで聖書を片手に言霊でも唱えれば、ランクC程度の鬼なら、近寄ることもできないだろう。

 ただ時間的には、水が乾くまでだ。それほど保たない。


 しかし、この牧師は一体、何本の聖水をもってきていたのだろうか。

 一週間分の着替えが入りそうな旅行鞄の中身が、全部聖水だとすればかなりの重量だったはずだ。

 タイヤで転がしたにしても、重かったことだろう。

 その鞄からできる限り、ペットボトルを小型の肩掛け鞄に詰め替える。

 入りきれなかった数本を残して、牧師は早足で部屋の出口に向かう。


 外の様子を確認しやすくするため、扉を開けたままの出口には、その扉のかわりをするかのように、【人鬼】が折り重なっていた。

 さすがの烏輪も、これだけ大量の【人鬼】を見たのは初めてだった。


 その【人鬼】でできた扉の前に立って、牧師も尻ごみを見せる。

 扉から放たれるオーオーと唸る低い呻きに包まれれば無理もない。


「私が無事に逃げ切れたら、急いで山を降りて特部に救援を依頼しておきますよ」


「やめる気は、ないのね?」


 那由多の最後の確認に、牧師は不敵に微笑んだ。そしてまたボトルをとりだして、【人鬼】の扉に水をまく。


「サタン、引き下がれ! あなたは私の邪魔をする者!」


 一気にうなり声を上げながら【人鬼】が散っていく。


 ちなみに、いわゆるゾンビのような低級の【人鬼】に知能も魂もない。

 しかし、【人鬼】はおそれを知っている。


 道教的思想でいえば、低級の【人鬼】にあるのは【魂魄こんぱく】のうち【はく】とよばれる肉体を司る霊体だけだ。

 それも完全ではない。

 【はく】は【七魄しちはく】と呼ばれ、愛、喜び、怒り、哀しみ、おそれ、憎しみ、欲望の要素があるが、【人鬼】の【はく】には、愛と喜びがない。

 【人鬼】はただ自らを哀しみ、他人を憎しみ、怒り、欲望のままに喰らう。

 そして、我が身を襲う力――陽の力――を過敏に懼れるのだ。それはいわゆる本能に近い。


 牧師は、その陽の力で【人鬼】を退ける。

 そして、聖水をもろにかぶって動かなくなった【人鬼】を足蹴にして、彼は部屋をそのままでた。


 その態度を見て「本当に牧師なのか」と烏輪は訝しんだが、あの聖水と言霊の力はそれなりにある。

 たぶん、あの程度の【人鬼】ならば彼の結界に近づいては来ないだろう。


「無事に逃げてくれればいいんですが」


 陽光が見送りながら、そう願った。

 烏輪も同じく願った。人の死を見るのは慣れたが、決して見たいわけではない。そして勝手だが、言葉を交わした人間ほど死んで欲しくはないものだ。もちろん、親しくなればなるほど、その願いは募る。ましてや、友達ともなれば……



――だって、こんなに話してんだもん。早苗と烏輪はもう友達でしょ?



 唐突に、烏輪の脳裏に中学生時代の記憶が蘇る。

 今の今まで封じこめていたはずの痛みがぶり返し、強制的に意識が過去に引っぱられる。抗えないまま、想起の渦に引きずりこまれる。



 早苗と初めて話したのは、入学式の時だった。席が近くで、配られた書類の書き方を尋ねられたのが始まりだ。その時、彼女の笑顔が純朴で、未だに烏輪の記憶に焼きついている。

 それからは、彼女からやたらと話しかけてくるようになった。烏輪は最初の内、必要最小限しか会話しなかったのだが、いつの間にか少しずつ雑談を交わすぐらいの仲になる。


 ある日、兄からもらったキーホルダーを学校でなくした烏輪は、放課後に1人で探し回っていた。必死に探したのだが見つからずに泣きそうになっていた時、そのことに気がついた早苗がゴミ捨て場をあさってまで見つけてくれたのだ。

 その時の早苗の姿は酷かった。いつもは手入れをしてきれいにしている爪は、傷だらけになっていた。さらに薄汚れた手、なにかの染みがついてしまったスカート、そして額の汗はかきっぱなし。


 その姿を見た烏輪は、心に杭を打ちこまれた気分になる。


 あまりにも懸命な早苗に、なぜそこまでしてくれたのかと聞いたら、彼女は先ほど思いだした言葉を少し小首をかしげながら贈ってくれたのだ。

 その瞬間、兄からもらったキーホルダーよりも、その「友達」という言葉は大事な宝となった。心に空いた杭の穴に、ぴったりと言葉が収まったのだ。



――早苗は烏輪の友達。いつでも味方だからね!



 クラスでも浮いていた烏輪に、そう言ってくれた早苗。

 しかし、そんな早苗を烏輪は、自分の手で殺してしまった。

 仕方がない。仕方がないのだ。

 偶然にも鬼になってしまったのだから。


(……偶然……ほむ? ……私の友達が……偶然?)


 今さらわいた違和感。



 だが、そのことを考えようとした時、絶望を臭わす叫び声が廊下から響き渡り、烏輪の意識を現実に戻したのだった。

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