第32話:生者と死者(二)

 たぶん自分がコールドリーディングに成功した時、こんな表情をしているのだろう。

 柳は、十八番おはこをとられた気分になった。おかげで少し子供じみたように、すねたような態度をとってしまう。


「何もないよりはと、すがっているのかい?」


「まあ……そんなところです。俺たちには、他に頼れる武器がありませんから」


「わかっているんだろう。君たちのおもちゃじゃ、何もできない」


「確かに何もできないかもしれないけど、すぐにあきらめて『何もしない』よりはましですよ」


 その声に、柳は少し挑戦的な音を感じる。


「何もしない生者は、あいつら死者と同じでしょ?」


 入り口で山となっている死体を黒服が親指で指した。


「……何が言いたい?」


「俺たちがやっている【サバイバルゲーム】の本質は、敵を倒すことじゃない。『生き残ること』こそが本質なんです。敵を倒すことは、その一手段に過ぎない」


「そう言うのは、簡単だけどね。今、大事なのはあいつらを倒すことだ。じゃなきゃ、誰も守れない。それには、彼女のような力がなけりゃ無理なんだよ」


 そう言った柳の視線が、烏輪とぶつかる。

 どうやら、こちらに聞き耳を立てていたらしい。


「彼女が、貴方の言うヒーローですか?」


「そう。勇者様だ。そして僕たちは、それにすがることしかできない、力なき村人だということだよ」


「ボクは、ヒーローでも勇者でもないの……」


 烏輪が、抜き身を肩にのせて歩みよってくる。


「確かにボクたちは、鬼を斃せるの。それは貴方にできないこと。でも、ボクたちは貴方たちのように、普通に生きたくとも生きられないの。ボクたちと貴方たちの間には、大きな壁があるの。だから、互いにできることをやっている、単なる役割分担」


「その役割が、君は勇者で、僕は村人ということなんだよ」


「……ほむ……」


「……あ。す、すまん」


 柳は手で顔を押さえてふさぎこむ。こんなに自分が小さいとは思わなかった。

 本当は烏輪の言いたいこともわかっている。そして彼女だからこその、言葉の重みもわかっている。勇者だって、村人のように普通に暮らしたいと思うこともあるだろう。しかし、力があるからこそ、勇者として暮らさなければならない。

 これはつまり烏輪の言うとおり、たまたま割りふられた役目の問題だ。


「ただ、それでも。それでも、異能力がなきゃ戦えない。誰も守れないんだ……」


 柳は言いながら涙がでそうになる。いろいろなことが悔しくてたまらない。


「悔しがるのは、いいのですが――」


 また黒服に心を読まれ、柳はどきりとする。

 だが続く言葉は、それ以上に柳の心に衝撃を与える。


「それは、ヒーローになれないからですか? それとも、他の人を助けられないからですか?」


「そ、それは……」


「ヒーローとして戦いたかった? でも、タンクトップの女性が言っていたでしょう。これはサバイバルゲームなんだと。なら、勝つというのは、生き残ることだ。戦うことが目的じゃない。戦う意外にも、いろいろなことが必要なんです。だから大事なのは今、なにができるか、自分でやれることを探すこと。そして生き残るために一番やっちゃいけないのは、あきらめて何もしないこと……ですよ」


「…………」


 柳は、唖然としてしまう。

 正直、黒服たちを「いい歳して戦争ごっこしているお気楽な奴ら」と見下していた。きっと大した悩みもなく、大した考えもなく、気楽に遊んでいる奴らなんだろうと。

 しかし、そんな風に思っていた黒服から、立て板に水を流すようにたたみかけられ、それがすべて重みを持って柳の中にあった淀みを流していく。


 目の前の男は、サバイバルゲームという遊びだけではなく、戦うことや生き残ることを真剣に考えている。


「もう一度、聞きますよ。貴方はヒーローになりたかったんですか? それとも誰かを救いたかったんですか?」


「僕は……」


 確かに、始まりは子供の頃のヒーロー願望からだった。警察になったのは、現実におけるヒーローだと思ったからだ。

 しかし、成長して勉強し、そして実際に犯罪を見て感じたのは、犯罪者への怒りと、これ以上の被害者を出したくないという気持ちだった。刑事ドラマのようにバンバンと拳銃を撃ちまくって、悪を倒したいなどと考えなくなっていた。


「僕は、ヒーローじゃなくてもいい……んだ。そうだ。ただ、助けたい」


 黒服が、肯定するようにかすかに笑う。


「刑事さん。戦争で言えば、最前線で戦う兵士だけじゃ勝てない。支援部隊も調査部隊も必要だし、全体を見わたす指揮官だって必要でしょう。警察官として、あなたという人間として、ここでできることが、なにかあるんじゃないですか?」


「そう……だな。やれることはある」


 さっきまでの鬱な気分が嘘のようだった。

 突然、頭がすっきりとしてフル回転する。


「頑張ってくださいよ、刑事さん。俺たちか弱い一般人の命がかかっているんですからね」


 冗談めかした黒服に、柳が今度はにやりと笑う。


「おや。さっきの理屈なら、君たちにもなにかやれることがあるんじゃないのかい?」


「あはは。そうですね……」


 したり顔の柳に、黒服が肩をすくめた。


「助けられることがあったら言ってください。出番が来たら頑張りますよ」

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