第43話:進む者と堪える者(二)
先ほどまで聞いていないそぶりだった田中が、堰を切ったように話しだす。
「幽霊の相手をできるのは、霊能力者だけじゃねぇよ。俺のように霊能力なんてなくても、
「選ばれた田中……か」
「田中代表みたい言うな!」
「はいはい」
柳の相づちは、かなり適当だ。
烏輪も気がついていたが、柳は田中を嫌っているのだろう。田中は選民的な思想を持つ異能力者の典型だ。見下される側の一般人ならば、嫌悪感を抱いても不思議はない。
「霊能力者どものように、呪文を唱えたり、アイテムが必要だったりしない。俺は考えて触れるだけであいつらを滅ぼすことができる。霊能力者とも、そして当然、お前ら一般人とも大違いの存在なんだよ。なのに……」
田中の細められた両目が、柳からそれた。そして眉間の皺と共に、いつの間にか歩みよってきていた黒服のリーダー【九天】に向けられた。
「な~んで、お前ら一般人風情が、あの風船お化けを斃してんだ? しかも、偉そうに俺に指図しているんだよ! あ~ん?」
ところがそんな品性に欠ける怒声を浴びせられた方は、まるで田中の声が聞こえなかったかのように反応しない。ズボンの左右についた大きめのポケットに両手を突っこんだまま涼しい顔で全員の顔を流し見る。
「ちょうど集まっているな。聞いてくれ」
平坦……いや。クールな口調と言うべきか。その分、話し相手の神経を逆なでする効果は抜群だ。
「おおおおいぃぃっ! ごらぁ! なぁ~に無視くれてんだ、てめぇ!」
そこで初めて気がついたかのように、九天の視線が田中に向く。
「……ったく。うるさいぞ、山田」
「た、田中だ! ……じゃなく、大文字だ! てめぇ! 調子にのってんじゃねぇぞ、能なしが! てめぇらは、そのおもちゃの
そして何を思ったのか、田中は烏輪に顔を向けた。その目尻が、なぜか少しさがっている。
「じょーちゃんもそう思うだろ? 実力もないのに、こいつらむかつくよな? な?」
「…………」
その表情と言葉で、烏輪は田中の意図を得心する。彼はきっと、烏輪が自分の肩をもつと考えたのだ。異能力者として、メンツを潰された者同士ということだけではなく、烏輪はさっき真っ向から九天と険悪な言い合いをしている。
普通なら、田中の味方をしてもおかしくはない。確かに烏輪とて、黒服たちに良い感情は抱いていない。
しかし、烏輪は気がつき、認めてしまっている。
それは烏輪だけではなく、陽光も那由多も同じはずだ。
なにしろ、アレを同じように見ていたのだ。
もちろん、田中も見ていたはずだ。
それなのに――
「わかってないの、田中さん」
「だから、
もれたため息まじりの言葉に、田中が怪訝な顔をする。
「さっき彼があの銃を撃った時、どうなったなの?」
烏輪は目線で柳を示す。
つられて見た田中から、少し嘲笑がもれる。
「……イヒヒ。無様に倒れていたよなぁ」
「ほむ。つまり、あの銃を普通の人が撃ったらああなるということなの。でも、彼らはあれだけ撃っても倒れなかったの」
「……そんなの慣れだろうが」
「柳禅さん。撃つのになれたら、さっきの鬼と戦えるの?」
「えっ?」
たじろいだ柳の
だが、やはり柳は勘がよい。すぐに烏輪の意図を察したのか表情を戻す。
「……いいや。かっこ悪いけど正直、さっきも恐怖で体が動かなかった。あんなのと、一生かかってもまともに向き合えるとは思えないよ」
「それも慣れだよ、慣れ。何度も戦って慣れれば……」
「そう。何度も戦って慣れれば、いいの」
「だ、だろう?」
自分の意見を認められ、田中は妙にテンションが上がる。
というか、何をいい気になっているのだろう。ここまで言っても気がつかないとは。内心で呆れながら烏輪は言葉を続けた。
「つまり黒服の彼らは、平然と戦えるぐらい慣れているということなの。そんなに慣れるぐらい、何度もあんな鬼と戦って来た経験があるの」
「ぬっ……」
鈍い田中もやっと気がついたのか、眉間に皺を寄せて勢いよく息を呑んだ。
「呪具の威力はもちろんあるの。でも彼らには、それを扱いきるだけの経験と実力があるということなの。……だよね、兄様」
「うん。そう思う。特にランクAの鬼に関する実戦経験は、僕よりも上だろう。だから――」
「だから、こいつの言うことを聞く方がいいってか? ざーけんじゃねぇーよ! こいつら、能なしだぞ!」
「――ったく。死にたいなら、言うことを聞かなくてもいいぞー」
九天の煽る言葉は、非常に気だるそうだった。彼はいつの間にか近くの折りたたみ椅子を引っぱりだし、反対向きに座っている。背もたれに頬杖をつき、わざとらしいぐらいに退屈を体で表していた。
「俺たちは、生きたいと望む奴しか助けない」
「てめぇ。能なしが見下してんじゃねぇ!」
そういうと、田中は赤いグローブの手を開いて九天に向かって突きだした。
「いいか、よーく聞けよ。オレの力はな、別に相手に触れなくてもいいんだ。オレが念じれば、お前ぐらい霊気を乱して昏倒させることぐらいできるんだぜ。下手すれば一生、目が覚めないかもしれないな。土下座するなら、今のうちだぞ」
「ちょ、ちょっと、やめなさいよ!」
「うるせぇ!」
田中に赤い手を向けられ、止めに入った那由多もさすがに怯んだ。
たとえランクCだろうと、超能力者と真っ向から戦うのは危険なのだ。
彼らは、まさしく念じるだけで、超常現象を起こす。呪文の詠唱時間というロスタイムがない。そのうえ、御守りや結界も一部を除いて効果がない。
だから、特部――エスソルヴァ――でも、暴走した超能力者を止めるには、同じ超能力者を送りこむか、遠くから呪いをかける方法がとられる。
ただし、烏輪や陽光の力は別だ。【切】という力は、単純な霊能力ではなく、剣術も含まれている。念じるよりも速く叩き伏せるという手段もある。
だから、烏輪は太刀を握る手に力を入れた。
(体面的に、もう退けない……。仕方ないの)
今は、ただの模造刀。これを使って殺さないで動きをとめる方法は学んでいる。
しかし、烏輪は実際に生きている人に対して、剣を振るったことはない。加減が上手くできるか、あまり自信がないし、迷いで振るうのが遅れるかもしれない。
無論、横では陽光も同じく構えている。田中に二人を同時に止めることなどできないだろう。
「…………」
ピキッという音が聞こえそうなぐらい、空気が固まる。
誰かが少しでも動けば、この緊張が崩れる。
その時は、下手すれば誰かがまた死ぬかもしれない。
烏輪は、緊張で今にも剣を振るいそうになる自分をギリギリの所で抑える。
「――ったく。時間がないというのに」
その緊張を最初に破ったのは、一番危険な立場のはずの九天だった。
「無駄ばかりでやれやれだな……。仕方ない。勝負してやるよ、【
「そ、それじゃ、両方とも名字だろうが!」
注目を浴びる中、心底面倒そうに九天が立ちあがる。
そしてゆっくりと右手を前に出した。その掌には、銀色の丸い物が一つ。
「俺の強さが銃のお陰だと言うなら、今度はこの百円玉で戦おう」
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