第68話:暴く者と暴かれる者(六)
「――ったく。俺の仕事を奪いやがって」
「すいません。でも、あなたは殺すつもりだったでしょう? 僕としては彼の支援者も引っぱりだすためにも、死なれては困るんです。……それに、やっぱり僕がけじめをつけるべきだと思ったんです」
九天の言葉に、陽光はかるく頭をさげた。
柳は、その陽光の肩を軽く数回叩く。
「まあ、確かにけじめになったと思うし、ギリギリでも勝ったからいいじゃないか。いやぁ~。大したものだったよ、陽光君」
朝日を浴びた陽光が、無言のまま微笑で答える。
陽光と白夜の戦いは、本当に緊迫した戦いだった。
素人である柳では追い切れないほどの太刀捌きは、まさしく空を断ち、風を起こし、殺気を斬った。
柳はそれを見守りながらも、激しい剣圧で動けなくなったり、巻き起こる剣風に尻もちをついたりするほどだった。
戦う前に烏輪から注意を受けて、かなり離れてみていてもその始末だ。
しかし、その激しい無数の剣戟も、時間にしたら数分の間のことだと知って、終わってみて驚いた。
まるで数十分に感じるほど、濃厚な戦いだったのだ。
よく「先に動いたら負ける」などと言って硬直状態になるシーンが漫画等にあるが、それとは真逆だ。
力が均衡しているからこそ、お互いにせめぎあって隙を見いだそうとしていた。
柳はそれを見て、まるで詰め将棋のような攻防に見えた。
一手でも読みまちがえれば、それで決着する。そんな緊張感が2人の間に漂っていた。
【切】で強化され、神刀となった二本は、刃が欠け、折れるのではないかと思うほど激しくぶつかりあい、音階を変えながら甲高い衝撃音を何度も響かせた。
そして、その瞬間は突然、訪れた。
右肩の辺りに構えた八相から、陽光の刃が振りかぶられる。
「――陽炎!」
その太刀筋は、なんていうことない上段への振りおろしに見えた。しかも、今までよりも少し遅めだった。
だから、白夜も上段で剣を受け流そうとしたのだ。
だが、その刃がまだ白夜の頭上に届かぬ間に、陽光の体は白夜の横にいた。
そして
後から知ったが、上段を襲ったのは【切】の力だけを飛ばした残像のようなものだったそうである。それを囮に実体の刃を別箇所に叩きこむという、陽光のオリジナル技らしいのだ。
この年齢でオリジナル技を創造してしまうとは、末恐ろしい才能だろう。
もちろん白夜も陽光がそんな技を生みだしていたとは露知らず、見事にやられてしまったのだ。
ただ、この技は本命の攻撃が元の模造刀に戻ってしまう。そのおかげで、白夜は死ぬことなく、強烈な苦痛で気を失うだけで助かったわけだが……。
一時期はどちらかが死ぬことを覚悟していた柳は、本当に安堵して逆に腰を抜かしそうになったぐらいだ。
陽光は白夜を一族で査問にかけ、その後に掟に従って罰するつもりらしい。国家機関であるエスソルヴァから使わされた那由多の意見としても、それを認めると言うことだった。
無論、本来ならば、それは
だが、警察で処理できる問題ではないことも重々承知している。
さらに、もう反対できるような立場ではない。
九天に戦うことを願い、
(願うと言うことは、そういうことなのかもな……)
柳は自分の車に目を向ける。
そこでは気を失った白夜が縛り上げられ、那由多によって術の封印をされている最中だ。
彼もまた、切に願った1人だ。そしていろいろなものを切り捨てていった。
きっと夕子という女性も、そして烏輪も……。
(いや……。烏輪ちゃんは、切り捨てたんじゃなく、切り開いたのかも知れないな。願いへの道を……)
その烏輪は今、建物の中に置き去りにした【
どうでもいいのだが、田中はとっくに帰っていった。
つまり、この場にいるのは、陽光と九天、そして柳の三人である。
もし、このチャンスがなければ、柳はこれで終わりにしてもいいかと思っていた。
しかし、チャンスができてしまった。
今なら、烏輪に聞かれずに済む。
「ねえ、陽光君。一つ聞きたいことがあるんだ」
柳は思いきって訊ねることをした。
陽光が「はい?」と振りむく。改めて見ても、その顔には幼さが残っている。
だが、
「いつから、
「……なにがですか?」
「知っていたんだろう? 小烏丸の盗難に【七藤 白夜】が関わっていたことを。そしてたぶん、ここに小烏丸があることも。この大会が君を狙うものであることも」
詰問にならないよう、柳はゆっくりと柔らかく話した。
その問いに、陽光が目を丸くし、その後に少し苦笑する。
「……柳さんは、本当にテレパスなのでは?」
「あはは。違うよ。情報と経験と勘だ。たぶん、君は宗主になるための後顧の憂いを断っておきたかったんじゃないかと思ってね」
「怖い人ですね……」
少し困ったように笑う陽光に、柳は「ごめんよ」と謝る。
問いつめる必要のある立場ではないのだが、真実を知りたい。
「話を聞いて、ずっと考えていたんだ。小烏丸は内部の手引きがあったっていう推測から、一番疑われるのはやはり白夜だろう。彼には動機があり、そしてそれができる力がある。それなのになぜ、小烏丸の探索を頼まれたのか不思議で仕方なかった」
「父上たちは、『まさか』という思いもあったのでしょう。簡単に調べただけで疑いは晴れてしまいました。そして調査担当にまで命じてしまうのですから、白夜さんの信用度はかなり高かったんでしょうね」
少し呆れ気味に、陽光はため息をついた。
その陽光の皮肉めいた表情は、柳が初めて見るものだ。
普段の猫かぶりを少し外したようである。
「でも、僕は前から疑っていたんです」
少し遠い目で空を見る陽光に、柳は目線で尋ねる。
「……烏輪がエスソルヴァ登録の試験を受けるという話になったとき、烏輪の一番の親友が鬼になりました。あまりにもタイミングがよく、しかも偶然すぎると感じていたんです。もしかしたら、烏輪が親友を殺せずに……ということを狙ったのかなと。それは僕の勢力を削る目的だったのかも知れないし、僕を巻きこむつもりだったのかも知れない……と」
「その事件を調べたのかい?」
「ええ。エスソルヴァに、この試験の話をもってきた人物やら、鬼になった少女の身辺などを調べさせました。その時、決定打はでませんでしたが、白夜さんに繋がるラインが見えました。……それからです。僕は彼を警戒するようになりました。だから、小烏丸がなくなってからも、僕の使える力を使って独自に調べ続けたんです。僕はまだ若造ですが、次期宗主候補ということで、僕の派閥に入りたい方々は、それはもうよく働いてくれましたよ」
無邪気そうに笑うが、やはり彼は見た目通りの精神年齢ではない。大人顔負けのかなり強かな性格をしていた。今の彼には、見た目以外の子供らしさは感じられない。それは陽光が願いのために切ったものなのかも知れない。
「……なるほどな」
九天が口を挟んだ。
「それで白夜が、この山によく通ってい事を知ったのか。お前自身も、この山に来たことがあるんだろう?」
「なぜ、そう思うのです?」
「お前、覚えていないのか?
「……あ、道祖神。そうでしたか。気がつきませんでした」
陽光が気まずそうに笑ってみせる。その一瞬だけ、柳には悪戯を見つかった子供のように見えた。が、もしかしたらそれさえも芝居なのかも知れない。
柳は続きを開口する。
「陽光君は、小烏丸がここにあることも知っていたんだろう?」
「……それはどうして?」
「だって君、烏輪ちゃんが小烏丸を出した時、『なぜここにあるのか』って疑問を感じていなかったようだしね」
「なるほど。……ええ。予想はついていました。ここにあるのだろうと」
「なら、こうなる前に、とめることはできなかったのかい? 多くを知っていて、それを利用しようとしたなら、君こそが本当の黒幕になってしまうよ」
それこそが柳が一番、気になっていたことだ。陽光は細かいことはまだしも、ある程度の事をわかっていたのだ。彼がもっと速く行動すれば、無駄な犠牲も出なかったのかも知れない。
「……そうですね。でも、言い訳をするわけではありませんが、この山をつきとめたのは、結構最近なんです」
少し困ったように、目尻を落とす。
「そのため完全に調査する前に、白夜さんに動かれてしまいました。だから、いろいろと準備不足だったんです。ただ、同時にチャンスでした。彼らの企みを潰して、小烏丸を取り返すことができるかと思ったのです。それには白夜さんに絶対気がつかれてはいけない。おかげで、支援も頼めませんでしたよ」
「それはつまり、ハイリスクだったわけだろう? そんな状態で、なぜ烏輪ちゃんを連れてきたんだい?」
柳の質問に、陽光はさらに困った顔……というより、気まずそうな顔を見せた。
そして頭の中を整理しているのか、少し間をとってから開口する。
「僕は、烏輪に才能があると感じていました。だから、あきらめて欲しかったんです」
「小烏丸を取られたくないから……ってわけじゃなさそうだな」
九天の言葉に、陽光は苦笑で返す。
「もちろん。……伝承にあるんです。小烏丸の所有者は闇に呑まれ、光に焼かれ、それでも刃の中で生きなければならないと。僕は烏輪――大事な妹には、普通になって欲しかった。幼い頃から僕のために生きようとして、感情を無理矢理殺して、そのせいか意志表示がうまくできなくなり、話すことも苦手になり、一時期はまったく話さなくなりました。中学生の時に仲のいい友達ができて、少しずつ話せるようになったと思ったら、その友達が鬼になってしまい、烏輪は自らの手で斬ることになった。それは彼女にとって深い傷となりました」
「…………」
柳は、自分が撃った人鬼の事を思いだす。
自分が助けようとした人間を自分で斃した時の感情。
自責の念、哀しみ、やるせない怒り……。
それがもし自分の友人だったら?
自分に喜びを教えてくれた親友だったら?
しかも、それを承知の上で斬らなくてはいけなかったら?
その辛さは、簡単におもんばかれるものではない。
「だから、父上に『烏輪も連れて行け』と言われた時、僕はリスクを覚悟で試みようと思ったんです。こんな風に、仲のよかった親類まで斬らなくてはならないこともある。この世界は、優しい烏輪には辛いだけの場所なんだと。もう堪えられないからやめたい……そう結論づけて欲しかった」
そこまで言って陽光は、吹きだすようにクスリと笑う。
「ところが誰かさんのせいで、やめるどころか乗り越えて、小烏丸の主人にまでなってしまった。それなのに、烏輪の感情は逆に少し豊かになっている」
陽光は九天へ歩みよる。
そして挑むように顔を近づけ、少し上目づかいで見つめる。
「僕がずっとできなくて、結局あきらめさせるしかないと思っていたこと……いったい、どんな魔法を使ったんですか?」
「――ったく。俺は一般人だから、魔法なんて使えないぞ」
もう話は十分とばかり、九天は背を向けて歩きだす。
そして彼は、最後に一つの謎を置いていった。
「ただ、一般人でもできること……漢字を一つ、教えただけだよ」
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