第59話:妖刀使い(五)
ねっとりした声音に合わせるように、夕子の額からは黒い三〇センチぐらいの角が二本、メキメキという音を立てながら生え始める。それは九天に兜の鍬形
「あなたたちを殺して、陽光君を殺して……それでやっと願いが叶う。お兄様は宗主になるの。わたしのものになるの」
「誰が宗主になろうが、どうでもいい」
九天は両手のそれぞれの銃の
「俺は仕事を終わらせて……生き残るだけだ」
背中からBB・一二を抜いて、こちらも
放つのは、ただの【気爆弾】。どうせアイツに生半可な術など効かないのだ。しばらく動きをとめれば良い。
「――いくぞ! 振りむくなよ!」
同時に、烏輪が迷わず走りだす。
「……こりないわね」
平然と村正を片手で前につきだし、夕子がすべての弾幕を殺した。その吸いこむ威力は、先ほどまでとは比べものにならない。もう遠距離から撃っても、夕子に当てることはできないだろう。
「あら。それは、お兄様の物よ」
そして烏輪の目的を咄嗟に悟り、小烏丸の方に走りだそうとする。
それがベストタイミングだった。
すばやく胸のストライクホークを抜いて、とどめの一文字を烏輪と夕子の間にスタンプする。
――【日天:7/7】
別に九天は、無為に戦っていたわけではない。激しく接近戦をもつれさながらも、気がつかれないように六箇所にスタンプを撃っていた。
――オン ア ニ ジヤ ヤ ソワ カ
「――なっ!?」
太陽の陽射しを曼荼羅から放射する【日天照】。本来は陽射しに弱い魔物退治用だが、その光明真言よりも強力な光は激しい目潰しになる。
九天は間合いをつめる。
同時にストライクホークの代わりに、グロック一八Cを握る。
「G18、ウェイト2セカンド、オートショット」
グロックに命じると、それは無線通信で受信される。網膜照射型ディスプレイに「G18:W2s:ASmode:Ready」の表示が出る。
だが、まだ弾丸は発射されない。
ディスプレイのカウントが「G18C:W1s:ASmode:Ready」から「G18C:W0s:ASmode:Fire」に切り替わる。
グロックから発射される大量の弾丸。
それは蓄積されていたわずかな霊力をまといながら、狙い通り夕子の上から襲いかかる。
「――そこかぁ!」
夕子は見事にグロックを村正で両断する。
内心、九天は専任のガンスミスにまた文句を言われるなと思うが仕方ない。
その犠牲のおかげで、彼は夕子の懐に入り込めたのだから。
そして勢いを殺さないまま、夕子の腹にBB・一二の銃剣を真っ直ぐに突き刺す。
「BB12、オートショット!」
その指示がBB・一二に届いたことを確認し、
「――うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」
腹に
「きぢゃまー!!」
絶叫と共に、夕子の巨大化した右拳が横殴りに襲ってくる。
ぎりぎりでしゃがみ、同時に抜いたストライクホークで下から叩きあげ、同時に数発撃ちこむ。
弾きあがる極太の右腕。
すぐさま迫るのは、左の手。
爪は刃と化し、九天に迫る。
腹に突き刺したままのBB・一二から手を離し、両手でストライクホークを放つ。
迫り来る爪を狙撃。
軌道を反らし、さらにこちらも身を反らす。
さらにまた左手。
九天は宙に舞い、同時に空になった
襲ってきた左手を踏み台に、またジャンプ。
そのまま身をひるがえし、腰の
小気味よい音で、
すぐさま落下しながら、夕子の顔面を銃撃。
角が生えた顔をグシュグシュと潰していく。
だが、そこで気がつく。
(――村正はどこだ!?)
その気づきは、ほんの数ミリ秒遅かった。
叩きつぶそうとしていた夕子の口が、すべての歯牙を覗けるほど大きく開いている。
その咽喉から、閃光のように飛びだしてくる刃。
「――ちっ!」
九天の体は上半身を背後に反らしながら、勢いよく背後に向かって飛んでいく。
そのまま一〇メートル以上、虚空を進んだかと思うと、今度は地面で五メートル近く転がされる。
口から血をまといながら飛びだした刃は、九天の胸を狙っていた。
九天はぎりぎり反応し、ストライクホークのスパイクで刃を挟んだ。
が、威力を大きくは殺せなかった。
呼吸が詰まる。喘いでも喘いでも空気が入ってこない。
血の味が口内を支配する。
胸を貫かれたか。
そう思ったが、胸から血は出ていない。
どうやら、防弾防刃チョッキが食い止めてくれた。
それでも、衝撃までは殺し切れていない。
たぶん、肋骨がやられている。
ダメージがでかい。
なんとか視界を保つ。
幸い、村正の呪いは対策が効いていた。
ゴーグルの網膜照射型ディスプレイには、右脚のポケットの中で九天の代わりにスマートフォンが一台、お釈迦になっていることを告げている。
だが、このまま動けなければ同じ事だ。
夕子は歯ぎしりしながら、腹に突き刺さったBB・一二を抜くと、その巨大な手で握りつぶして放り捨てた。
そして左掌を天上へ向ける。
すると口から突きでた村正の刃が体の中に呑みこまれ、代わりに左掌から血しぶきと共に柄頭が姿を現す。
「ただの人間が……忌々しい!」
自由になった口で毒を吐くものの、顔の上半分がズタズタで朱く染まり、右目はすでに潰れている。
彼女のダメージかなりのものだった。
それでも彼女は、ゆっくりと九天に歩み寄れている。
あと一歩、及ばなかったのだ。
「無能力者の脇役がいつまでもでしゃばるんじゃないわよ! 切り刻んで喰ってやるわ!」
右手で村正の柄を握り、夕子はゆっくりと左掌から引き抜く。
グシュグシュと肉を裂くような音を立てながら、血の滴る刀身がすべて現れると、彼女はそのまま上段に構える。
(――ったく。これはまずいな……)
身動きが取れない九天は、その邪気をまとう刃をじっと見つめていることしかできなかった。
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