第6話:契約者と協力者(二)

「秋山が失踪したと思われるのが、今年の二月四日付近だ。さらに、日付がはっきりしないが、同時期に失踪したのが、五人」


「なるほど。その五人とも、この除霊会とかいうのに参加したかもしれない……というわけですね。しかし、マインドマップとはね」


「マインドマップ?」


「この図ですよ。トニー・ブザンという人が提唱した、アイデアをまとめるときなんかに使われる図解表現技法ですよ」


 A四サイズのノートは、罫線さえ入っていない物だった。あるページ中央に、「除霊会」と書かれて円で囲まれている。そこから、放射状に線が波をうちながら延びていた。そして線には、いろいろな単語が書かれていたり、さらにそこから分岐したり、はたまたイラストにつながっていたりしていた。


「このノートは、インスピレーションノートみたいだね。もしかしたら、彼女が占いの結果を整理するのに使っていたのかもしれない」


「占い……ねぇ。確かに抽象的な単語が多いですね」



――【闇への坂】・【開かれる戸】・【鍵たる三つ足】

――【科学】・【無限のエネルギー】・【娘】・【魂の帰還】

――【嫉妬】・【雷の影】

――【四方しほうの鬼】・【罠】

――【七の主】・【招かざれる道化師】

――【吹雪、月見ず】・【真に悪しきこと起こる月の節目】



 それらの多くの単語には、「?」マークが添えられている。

 さらに、いくつかの絵も描いてある。大きな家、地蔵らしきもの、鴉らしき鳥など、どれを見ても、すぐに意味が理解できるようなものではなかった。


「内容はよくわからないけど、除霊会が罠だと感じてはいるみたいですね」


「おやおや。柳君は占いを信じないんじゃなかったのかね?」


「信じていませんよ。単にこのマインドマップと、秋山良子という女性のことを考えてみただけです」


 柳は、また一本指を立てる。


「この部屋、服、その他から、この秋山という女性を知ることができます。たとえば服から、身長一七〇センチぐらい。足が長く、スタイルがいい。写真を見る限り、顔もまあまあ美人でした」


「俺は好みだなぁ」


「僕もです。ただ、裏表がやたらある性格で、外面をよく見せたがる。占い師という職業柄なのかもしれないが、派手な物が好きで、自分の威厳や美しさというものを非常に気にするタイプです。一方で、虚栄心もあるが、彼女は計算高い。外面をよくするのも、計算の上そうした方がよいと判断したんでしょう」


「衣装持ちなのも、そのためか」


「ええ。しかも、努力家で新しい物にも抵抗がなく、いろいろと自分の中に柔軟に取り入れることができます。占い師という、うさんくさい商売をしていたわりに、実はしっかりとした思考の持ち主だと思います。だから、占いも『当たる』と言われていたのでしょう。反面、人目がないとずぼらなところがあったり、心を許した人には開けっぴろげになったり、甘えたがるタイプです」


「プロファイリングも板についてきたね」


「そんな立派なもんじゃないですよ。何度も言いましたが、誰でもわかる推測ですからね」


 三村は「そうだったね」と呟いた後、目で話をうながす。


「先ほども言ったとおり、彼女は計算高く、自己啓発もできるタイプです。だからたぶん、この除霊会というのについても、冷静に考えていたのではないでしょうか。普通に考えたって、五〇〇〇万円という賞金には裏があるとしか思えません」


「だから、何かの罠がある……と考えたと?」


「ええ。このマインドマップは、自分の立場などをいろいろ考えた時のものじゃないですかね。全部はわかりませんが、【闇への坂】というのは、そうはなりたくないのに、このままだと落ちていく自分だとか」


「【開かれた戸】は?」


「戸は境界であり、外とつなぐものを示します。もしくは自分を守るものです。それを開くということは、つまり未知へのチャレンジとか」


「おもしろいね」


「彼女はたぶん、今の自分の状態に満足していなかったんです。なんとか抜けだしたい。今の状態からもっとよくなりたい。いや。自分なら良くなるべきなのだと思っていた。しかし、なかなか大きなチャンスがなかった」


「だから、罠かもしれないが、大金のために賭けにでた……と」


「まあ、彼女がどうしてこの除霊会に参加する気になったかは、この際どうでもいいですね」


「そうだな。参加したかどうかが問題だ。そして参加したであろう、四日の彼女の行動を探る必要がある」


「はい」


「ただ、気になるのが、【真に悪しきこと起こる月の節目】という言葉だな」


「え?」


「この単語の羅列、ほとんど意味がわからない。しかし、彼女が行方不明になったのは、二月四日付近だ」


「そうですね。なら、悪しきこと起こる月は、二月?」


 三村はゆっくりと首をふる。


「いや、違うな。【真に悪しきこと起こる月】と関連して書いてあるのは、【吹雪、月見ず】だ」


「吹雪で月が見えない……なら、やっぱり二月でもおかしくないのでは?」


「『月が見えない』じゃない。『月見ず』なんだよ」


「……?」


「もう少し、日本の情緒も勉強するべきだよ……なんて、私も趣味の俳句を勉強した時に知ったんだけどね。【吹雪月】、【月見ず月】という言葉があって、これは陰暦で五月を表す言葉だ」


「五月……今だと六月ぐらいですか?」


「それに【悪しきこと起こる月】で【悪月】としても、これも五月を表す。わからないのは【節目】だが……」


「六月の節目……なんのことだろう」


 二人が一瞬、黙りこんだのを見計らったように、一つの声が割りこんでくる。


「それは、新暦の五月を考えればよいんよ」


 その声にビクッと体を震わせながらも、二人は身構えて玄関を睨んだ。

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