第一章 ~起~
第一節
第5話:契約者と協力者(一)
「三村さんは、どう睨んでいるんです?」
自分の身長ほどある本棚を探りながら、【
「どう睨むって?」
「やっぱり連続誘拐事件……ですよね、このヤマ」
「これを単なる失踪だなんて言うなら、刑事を辞めた方がいいな」
そう応じて笑うと、【
その様子をうかがってから、柳もまた本棚をあさりだす。しかし、並んでいる本のタイトルを見ているだけで疲れてきてしまう。この部屋の住人の職業を考えれば致し方ないのかもしれない。しかし、特にオカルト関係の本は、タイトルを見るだけで頭が痛くなる。
幽霊が写っているという写真は光の悪戯だったし、占いも根拠のない戯言だったし、超能力も手品まがいのイカサマだった。そんな不思議ではない不思議体験ばかり見てきた柳にしてみれば、オカルトなんてかけらも信じる価値などない。
ふうとため息を漏らし、柳は部屋の中を見回した。
二人がいるのは、とあるマンションの一室だった。
都心にある高級住宅街。十畳ほどの部屋とキッチン、風呂とトイレがある。このサイズでも、場所的に家賃はいい値段がするはずだ。
だが、中の家具はそれほど高そうではない。鉄パイプ製シングルベッド、小さなテレビ、一面だけのドレッサー、木製の本棚とデスクが壁際に並べられていた。
洋服ダンスはなく、部屋のコーナーに透明の衣装ケースが積んである。いくつかの衣装ケースは蓋が開けっ放しで、閉じられなくなるほど衣類が積んであった。それとは別にクローゼットにも、大量の服が並んでいる。
さらに限界までひろげられた室内干し用の折りたたみ竿には、いつ干したのかわからない服類がそのまま吊されていた。そこには下着までうかがえる。横には、もう永遠に来ないかもしれない順番を待つ洗濯物が、丸まってカゴにつめられていた。
消えたこの部屋の住人の【
それを確認して、柳はさっきの話題を続ける。
「まあ僕だって、ただの失踪だなんて思いませんよ。……失踪する奴が、部屋に下着を干しっぱなしにするわけないですしね」
「だったら、おしゃべりしていないで、手がかりを探してくれないかな」
五〇代半ばの三村は、三〇以上も年下の後輩である自分に対してでも、やんわりと丸い口調で命令する。おかげで柳でも、声だけでは本気度が図れずに困るときがある。
ちなみに丸いのは性格だけではない。丸い目に丸い眼鏡をかけ、顔の輪郭も丸い。おまけに体型も少々丸い。裏では「まるさん」と呼ばれている事を知った時、柳は「わかりすぎる」としばらく腹を抱えて笑ったほどだ。
よく言えば愛嬌のある容姿で、多少怒られてもあまり怖くないイメージがある。さらに柔らかい物腰。そのせいか、ついつい先輩である彼に対して軽口を叩いてしまう。
「しかし、三村さん。なんか今回に限って、ずいぶんと自信ありげですよね。今まで手がかりらしい手がかりが一つもでていないってのに」
「うーん。まあ、被害者で
「え? 占い師なら他にもいたじゃないですか」
奇妙なことを言う三村に、柳は警察手帳など頼らずに記憶をたどる。彼は一度覚えたことは忘れない。
「水晶占いの吉田とか、タロット占いの水谷とか。それに占い師って言ったって、どう考えても偽物ですよ、こいつも。……ほら」
そう言って探っていた本棚から一冊の本を無造作にとり、苦笑いを浮かべながらその表紙を三村に向けた。
タイトルは、【潜在意識と欲求】。
「他にも【行動主義心理学入門】に【よくわかる生理心理学】……心理学関係の本がたくさん。占いの本よりも多いぐらいだ」
そしてやれやれと、あからさまなため息を漏らす。これでは占い師ではなく、詐欺師のラインナップだ。
「俺は占い師じゃないからよくわからんが、占いって言ったって、はっきりと未来が見えるわけじゃないかもしれない。よく抽象的なビジョンが見えるとか、言っているじゃないか。なら、そこからより正確に連想するのに、心理学を学ぶのは正しいかもしれないぞ」
「確かに、占いが本当ならそうかもしれません。そう言えば【ディーバ・秋山】は、良く当たると評判でしたね。雑誌だけでなく、たまにテレビでも見かけましたし。でも、あれはたぶん【コールド・リーディング】ですよ」
柳は、壁にもたれて脚と腕を組んだ。
彼は、このポーズが好きだった。自分に似合うと自負している。ポージングも学生のころにモデルのバイトをしていたおかげで慣れたものだ。
もちろんセンスも磨いたので、今も千草色のブランドものスーツ、生成り色のスーツズボン、そして流行の腕時計から靴下まで見事に着こなしている……と思っている。
そんな自分の姿に少し酔いながら、柳はオカルトなど馬鹿らしいと薄く笑ってみせる。
「当たると言われる占い師は、だいたい会話術のプロですよ」
「ほうほう」
対して、三村はシワシワの灰色のスーツ姿。疲れたようにどっしりと椅子に腰かけ、柳の講釈を聞いていた。一見、警部である三村よりも、柳の方が偉そうに見える。
それをいいことに、柳は調子にのる。
「たとえば、三村さん。お会いしたことはありませんが、奥様は最近、何か悩みや不満を持っている様子があるんじゃないですか? もともとどこか控え目というか、遠慮しているようなところがある性格ですよね。……それと少し、寂しさも感じているみたいです」
「……確かに、何か悩みは感じているような気もするな。結構、よく喋って控え目ってほどじゃないけど、子供が独立したから寂しいという話はしたな」
三村の回答が、仕掛けた釣り針にひっかかり柳はニヤリとする。
「悩みは、三村さんに関することですよ。だから、悩みを打ち明けられないのです。三村さんの負担にならないように。十分、
「……なるほど。本当に占い師のようだね。それが話術?」
もともと丸い目をさらに丸くする三村に、柳は満足して首肯する。
「ええ。これは【ショットガンニング】ってやつです。警官の奥さんならありそうなことを適当に並べて何個か当たっていれば、後は全部当たっているように巧みにもっていく。本当は控え目じゃなくても、こういうと控え目な性格に聞こえるでしょう?」
「確かにな……」
「そうすると【バーナム効果】ってやつで、言われた方は自分のことを言い当てられたと思ってしまう。さらにその会話の情報や三村さんの表情から、情報を読み取っていく。これが【コールドリーディング】。もちろん、僕の場合は、三村さんの普段の性格も観察しているのでヒット率は高くなりますけどね。ちなみに三村さん、奥様の悩みに思い当たるところがあるのでしょう? 悩みがあるといった時、眼が左下から上に泳いでいましたからね」
「いやはや、本物の占い師じゃなくても怖いな」
引きつった三村に、柳は勝ち誇った乾いた笑いを返す。
「でしょ? この程度なら、本物かどうかなんて無意味なんですよ。本物でも、優れた偽物でも、きっと似たような結果になります。占い以外でも、そうですよ。スプーンを曲げる超能力者は、人を消せない手品師だし、『あなたは呪われている』と言い寄る霊能者は、【ホット・リーディング】――つまり事前調査をしているマメな詐欺師だ。世の中にある、人が起こす不思議現象は、特殊技術かもしれないけど超常現象じゃない」
まるで大学の講義でもしているような口調で、柳は白い手袋の指を一本立ててかるくふりながら話していた。
そして調子に乗ったまま、さらに口角をあげて三村を指す。
「まさか三村さん……占いとか超能力とか、そういうの信じる方なんですか?」
「……俺は刑事だよ。
柳は「ですよね」と満足してから、「しかし」とつなげて体を起こした。
そしてまた、指をゆっくりと振ってしまう。これは彼の癖だった。考えこむとき、顎に手を当てたり腕を組む人がいるが、柳は眼の横でリズミカルに揺れる指を見ていると思考がはかどる気がするのだ。
「……やはり変ですよね。ここ半年で二六人も行方不明になっているのに、手がかりらしい手がかりがなかった。今わかっているのは、全員が占い師とか霊媒師とか、うさんくさい生業の奴らであること。そして身代金の要求は一切ないから、怨恨くさいこと。でも、数人は顔見知りだったりしましたが、全員に直接的つながりはないときている。だいたい、つながりどころか、独り者や変わり者が多かったせいで、しばらく連続誘拐だとはわからなかった……」
すでに調べ物を再開している三村に、柳は一人でなにかに駆りたてられるように話し続ける。すでに柳も、三村を見てもいなかった。ただ、横で揺れる指をぶれた視点で見ながら、記憶と思考の渦に潜り込んでいく。
「そして最近、失踪者は失踪前に何かの会合に参加したらしい、もしくは大金を稼ぎに行ったらしいという話が判明。ただし、その話も八人程度で、共通事項と言えるかどうか……」
「いや。九人だな」
「……え?」
意識を引き戻された柳に、三村がデスクの書類の山の中から見つけたらしいノートを開いて指さしてきた。
柳は少し首をかしげてから、その指先を覗きに行く。
そして、息をのむ。
「……除霊会? 賞金五〇〇〇万円……四日……これは……」
そこには、柳にも予想外のことが記載されていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます