第24話:妖術師と童(二)

「……何がだよ!」


 めいらは、【狐憑き】となった左手で、その口しかない顔を思いっきり殴った。

 とたん、彼女の手から青白い炎――【狐火きつねび】――が燃え上がり、子供の顔から全身を刹那に呑みこんだ。

 それはすべてを焼き尽くすように、子供の姿を消し去ってしまう。


「あの子が消えた♪」


「あの子じゃわからん♪」


 また、幼い子供の声が聞こえる。

 聞き方によっては男の子にも女の子にも聞こえるような声だ。


「か~って、うれしい、花いちもんめ♪」


 複数の子供の声で、どこかで聞いたメロディが奏でられる。


「まけ~て、くやしい、花いちもんめ♪」


「あの子が欲し~い♪」


「あの子じゃわからん♪」


 気がつけば、目の前に男女四人の子供が横並びになり、さらにめいらの左右にも同じように子供が一人ずつ並んでいる。当然のように、全員が口だけだ。

 そして廊下がなぜか広がり、まるでホールのようになっている。そこはまるで別の空間だった。


「ちっ!」


 めいらは、左にいた女の子の姿をした悪霊に裏拳を入れる。

 いとも簡単に、悪霊は彼女の左手に宿る狐火で浄化される。


「か~って、うれしい、花いちもんめ♪」


 突然、歌が戻って正面の子供たちが嬉しそうに口だけで笑う。


「まけ~て、くやしい、花いちもんめ♪」


 今度は自分の横に1人残った子供がそう応じた。


(……あっ。やばい!)


 そこで「花いちもんめ」のルールを思いだし、めいらは青ざめる。これは奪い合いのゲームで、チームがいなくなったら負けなのだ。

 もちろん、本来ならば子供の遊びだ。負けたからと言って、どうと言うことはない。しかし、これは悪霊が仕掛けてきたことだ。となれば、【呪い】である。


 もし、自分がゲームに参加させられているとすれば、そのルールに縛られる。そしてゲームに負けたなら、凶事が起こるのがお約束だ。

 それならば、何が起こるかわからないが、なんとしても勝たなければならない。


(要するに、あっちの悪霊たちを先に消せばいいんだろう)


「隣のおばさん、ちょっと来ておくれ♪」


「だ、れ、が、おばさんだ!」


 子供の歌に怒声をあげながら、めいらは正面の子供たちに駆けよろうとする。


「オニ~が怖くて、行かれない♪」


「――!!」


 首筋に寒気を感じ、彼女は間一髪で飛び退いた。

 その彼女の目の前に、いきなり黒い塊が振り落とされる。風を巻き起こして、轟音と共に床のタイルを粉砕する。

 周りに突起物がある黒い塊。それはまさしく、昔話の絵本に出てきた金棒だった。


 そして金棒を握っているのは、はたして【鬼】だ。


 異様なまで群青の肌に、血走ったまなこ。豚のように上向きの鼻。大きく裂けた角口つのぐちが、憤怒の表情でめいらを睨んでいる。

 人間の数倍の太さのある腕と、毛深い巨躯、短いが象のような太い足。牛のように頭の横から生える角があり、股間の一物が丸出しで、虎のパンツこそ履いていないが、まちがいなく昔話に出てくる【鬼】を連想させた。


(なんなんだ……)


 突如、現れた鬼は、ふりおろしていた金棒を担いだ。

 しかし、硬直するめいらをぎょろりと睨むだけで、襲ってくる様子はない。


(こいつ、ヤベェ……)


 その鬼を見ていると、全身の毛穴が広がり、冷気が背中を走り抜ける。

 戦慄。

 この鬼は危険だ。今の自分では勝てない。それを本能的に感じてしまう。


 唯一の救いは、鬼もゲームのルールに縛られていることだった。要するに、歌の通りあっち側に無理に行こうとさえしなければ襲ってこないのだろう。それならば、このルールの中で何か手立てを考えればいいのだ。


「か~って、うれしい、花いちもんめ♪」


「――えっ!?」


 そんなに長く戦慄と思考の中にいたつもりはなかった。しかし気がつけば、自分の横に一人だけ残っていた子供の悪霊は、目の前の列に加わってしまっている。

 しかも、すでに次のターンが始まっていた。


「あの子が欲しい♪」


「あの子じゃわからん♪」


「相談しよう、そうしよう♪」


 まるで本当に相談するように、子供の悪霊が円陣を組み、頭を寄せ合う。


(ヤベェ、ヤベェよ……。どうする!?)


 彼女の力は、左手に宿る狐火で、敵に霊的なダメージを与えることだ。それは「目の前の敵を斃す」ということにおいては、即時性がある有効な力だった。

 しかし、【呪い】のような形のない力に対する術はない。【狐憑き】の術を完全な物にしていれば、神通力も使うことができたのだが……。


「き~まった~♪」


 目の前の子供たちが、声をそろえて告げた。

 とまどう彼女を嘲るように、そのすべての唇が悪意に満ちた三日月を象る。

 おぞましさに背筋から震え、彼女は思考をとばしてしまう。

 目鼻のない子供たちが、それをおもしろがるように、そろって嗤い、そろって続きを開口する。


「左腕が欲しい~♪」


「――なっ!?」


 予想外の言葉に、めいらは思わず左腕を右手で抱えてしまう。

 が、その瞬間に我を取りもどす。【狐憑き】となった毛の感触が、彼女を力づけた。


 冗談ではない。こうなれば、この左腕ですべて焼き尽くすまでだ。


 そう決めて、彼女は左腕を大きくふりあげた。

 近づいて来るであろう子供の姿をした悪霊を一気に焼き祓えばいい。

 だが、近づいてきたのは、彼らではなかった。

 不意に、左腕がつぶされそうな力で握りしめられる。


 鬼だ。


 彼女の頭さえ包みこんでしまえるような大きな手が、しっかりと【狐憑き】の腕を掴んでいる。彼女は慌てて振りはらおうとするが、びくともしない。


「燃えろや!」


 気合いと共に【狐火】を左腕全体に灯す。

 これで全身は無理だとしても、鬼の手を焼くことぐらいはできるはずだ。

 それぐらいの力は自分にある。そう信じていた。


 しかし、現実は無情だった。


 鬼の手は燃えるどころか、彼女の腕を放すこともなかったのだ。

 それは怒りの表れなのか、鬼が血走った眼をより赤くし、食いしばっていたような大口から雄叫びをあげる。


「そんな……」


 その威圧感に、彼女はすっかり萎縮してしまう。

 もう彼女の心には、絶望しかなかった。

 この鬼は、やはり自分の力では斃せない。


 絶望感にうちひしがれている彼女の胴体を鬼のもう一つの手が掴んだ。


 彼女は最後の抵抗とばかり、罵詈雑言を吐きながら必死にもがくが、すでに体が宙に浮いているためうまく力も入れられない。


 そして、彼女の左腕が外側に引っぱられる。

 肩の部分でミシッと嫌な音が鳴り、彼女は苦悶の呻きをあげた。


「左腕が欲しい~♪」


 足下で子供たちがまた楽しそうに歌う。


「お、おい。ちょっと待てよ……。や、やめろよてめぇ!」


 彼女の叫びは届かない。

 鬼の腕が、左右いっぱいに広げられた。


「すべてが欲しい~♪」


 その後も、「花いちもんめ」は何度かくり返された。

 彼女のすべてがなくなるまで……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る