第六節
第23話:妖術師と童(一)
「どーなってんだぁ~」
まさか、こんな場所で迷子になるという予想外の展開に、妖術師【
一方的な暴力を受けた木製の扉は、勢いよく向こう側に開き、派手な音を立てると跳ね返ってくる。
それをめいらは手で受けとめて、中を覗いた。
はたして、今まで通りの景色だった。
「なんで、ドアの先に、また廊下があるんだよ!」
廊下を歩き、突き当たった扉を開けると、また同じような廊下が続いている。
それをもう、二〇回はくり返している。
直進しかしていないから、とっくに建物から飛びだしている距離のはずだ。
しかし、未だにここは館内で、ふり向けば開けてきた扉の数々と、一五〇メートル以上の廊下が伸びている。
「だいたい、ここは何階なんだよ!」
彼女も先に出ていった者達と同じように、地下へ向かうつもりだった。【地獄の扉】と聞いて思いつくのは、やはり下の方だ。しかも、ここには地下研究室があったらしい。怪しむのは当然だろう。
しかし、彼女は階段までたどりついて、その異常さに唖然としてしまう。
そこには、来た時にはなかったはずの三階への階段が延びていたのだ。
外から見たこの建物は、窓の位置から二階建てに見えていた。ところが、二階建てにしては、確かに建物自体の背が高い。実質的には、三階建て以上の高さがあった。
ただ、建物に入ってみて、めいらは各部屋の天井が高いことに気がついた。だから、建物自体も高くなったのであろうと思っていた。
しかし、この三階に延びる階段を見た時、彼女はすぐに隠し階層があるのではないかと考えた。何かの仕掛け、たとえば幻術や結界で階段が隠されていて、それが何かの拍子で見えてしまったのかもしれない。だとしたら、それはかなり怪しい。
だから彼女は下に行かず、三階への階段を登ってみたのだ。上手くいけば、他の異能力者たちを出し抜けるかもしれない。
その考えが、どうやらまちがいだったのだろう。
三階に着いたと思ったが、そこは二階の風景そのものだった。
階段の下を覗くと、なぜか踊り場の壁に、今さっき登った時にはなかったはずの少女が大きく描かれた絵画があった。
そして三階であるはずの壁に掛かっている案内板には、「↓ 一〇一会議室」という見覚えのある文字が書いてある。
とどめには、上に続く階段も延びている。
めいらは、念のためにもう一度、階段を登ってみた。
しかし、やはり到着するのは二階だ。
何度か挑戦してみたが、結果は変わらない。
(こりゃ、物理結界か?)
彼女はそこから上に登るのはあきらめて、他の道を探すことにした。下には行かず、二階の探索を始めたのだ。
しかし、その結果が永遠と続く廊下である。しかも、戻ってみても階段はどこにもなくなってしまっている。
それほど気の長くない彼女は、すでにうんざりとしていた。
「ちっ。しゃーない。少々手間だが結界破りでもしてみっか」
彼女がそう決断した直後だった。
――バタン!
突然、遥か後方で扉が勢いよく閉じる音がする。
「なんだ!?」
めいらが上半身だけでふりむくと、遠くで一つの
しかし、それだけではなかった。
――パタン!
――パタン! パタン!
――パタン! パタン! パタン!
彼女が今まで抜けてきた扉が、遠くから次々と閉じられていく。
しかも、その扉の閉まる間隔が加速していく。
――パタタタタンッ!
そして今さっき開けたばかりの扉も、眼前で勢いよく閉じられてしまう。
慌ててその扉を開けようとするが、取っ手をまわしても、蹴りをいれてもピクリともしない。
「捕まったか。まあ、いいや。ちょうどイライラしてたところだ」
めいらは太ももに巻いていた薄っぺらいプラスチックケースに手をかける。その横にあるスライドスイッチを上に引き上げると、ケースの上から紙が一枚、顔を出す。
「
それを引っ張りだすと、二〇センチほどの長細い紙――霊符であった。そこには、複雑な模様と呪文らしき文字が描かれている。
彼女は、それを左手首あたりに巻きつける。
「千の
代々、稲綱家が契約してきた神獣の名を彼女は、ありったけの霊力をこめて唱えた。
刹那、左手に巻いた霊符から、眩い金色の炎が発生する。
その炎が油でも注がれたように一気に燃え上がり、めいらの左腕すべてを包んでしまう。
そしてまた唐突に、拡散して一瞬で消える。
炎の後に現れたのは、燃えてしまった腕などではなかった。
そして、元通りのめいらの腕でもない。
それは、ふさふさとした体毛に包まれた、獣のような腕だった。
骨格こそ人間のものだが、輝く金色の毛は獣そのものである。
しかも、その毛並みは、多くの霊力を纏っている。
これこそが、妖術師【
代々、【
しかし同時に、彼女にとっては自分の弱さを思い知る苦々しい術でもあった。
(ちっ。やっぱり、これ以上はできそうにねーや)
彼女は左手を巡る痺れるような感覚を感じ、自分の限界を改めて認識する。霊力が安定していない。
本来、この術の完成形は、全身に仙狐の力を宿さなければならない。そして、完全に制御ができれば、変化しても大きく人の姿を失わない。だが、彼女は腕一本にしか宿すことができず、さらにそれさえもかなり獣化してしまっている。
使い切れば、ランクAの力を持てる術も宝の持ち腐れである。物心ついてから修行して、未だにこれだけしかできない事実が悔しくてたまらない。
一方で一〇も離れた妹の方は、自分よりよっぽとうまく術を操る。おかげで、家では肩身が狭い思いもしてきた。
「お狐様との相性だから」と言われ慰められても、どうしても自責はしてしまう。
だからこそ、たとえ怪しくとも高額の賞金が出る、このゲームに参加したのだ。これで賞金を手にすれば、たとえ片腕でも実力があるという証明になるだろう。また、それは自信につながるはずだ。
(ランクなんて関係ねぇ。要は勝ち残ればいいんだ……)
そうだ。
どんなに強い奴でも死ぬ時は死ぬし、弱い奴でも上手くやれば生き残れる。
先ほど、ランクEのテレパスに言った言葉は、そのまま自分への言葉だった。
「オレは勝ちぬいてやる!」
「おねぇちゃんが勝ちなの?」
突如、目の前に粗末な和服を着た、まだ四~五才に見える男の子が現れた。
紺の飾りっ気どころか、模様一つもない服を着た男の子は、そのボサボサの髪を揺らして顔を上げた。
だが、そこには目鼻など一切ない。
あるのは耳元まで口角がつり上がった異様に大きな口だけだった。
「じゃあ、おねぇちゃんからだね」
異様に紅色の強い唇が、不気味に歪んだ。
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