第46話:進む者と堪える者(五)
それは予想外の指名だった。
しかし、烏輪にしてみれば幸いかもしれない。烏輪にとって一番は、兄が無事であることだ。ならば、その兄をランクBの那由多が守ってくれる方が心強い。
無論、本心を言えば、その役割が自分ではないことが悔しい。兄に追いつこうと頑張っているのに、兄の力に今ひとつ届かない。なにかが足らないのだ。だからこそランクCどまりなのであり、これには
しかし、力不足は事実である。だから、兄のことは那由多に頼み、具体的になにをするのかわからないが、自分は黒服の手伝いに行くべきなのだろう。穴を塞ぐことは、結果的に兄を救うことにもつながるはずだ。
それに九天のことは気に入らないが、それ以上に今は気に入らない相手がいる。目的のために多少のことを我慢できないほど子供ではない。
ところが、陽光から「いけません!」と声があがる。
さらに、那由多からも「そうよ」と後押しする声が続いた。
「そんなリスクの高そうなことに、烏輪を行かすわけにはいきません」
「そうそう。まだ子供の烏輪ちゃんに、何をさせる気なんよ」
子供じゃないと思っていた烏輪は、少し唇をとがらせ
だが、気がついてくれない。陽光も那由多も、副隊長の女性を睨むように見ている。
「この際、年齢は関係ありません。小娘でも問題ありません。戦えればいいのです」
その副隊長に、烏輪はまた小娘と言われてしまう。頬をかるくふくらませたまま、烏輪は副隊長に不服を表す……が、こちらも気がついてもらえない。
「ちなみに隊長の役割は、穴の中心に行って穴を開けた術を壊すことです」
副隊長はあくまで事務的だった。
仕方なく烏輪は、切り替えて疑問を口にする。
「穴の中心って、どこかにある【
烏輪の質問に、今度は九天が横で「ああ」と頷く。
それに対して烏輪は、小首をかしげる。
「【
「――ったく。小娘、話を聞いていたか?」
「小娘じゃないの。……で、話って?」
「さっきも言ったが、【
「……ほむ。じゃあ、どこなの?」
「どこにも何も、お前たちも通ってきている場所だ。この山の名前は?」
「……
「そうだ。
「つまり、僕たちがいる
合点がいったとばかり、柳の指が立つ。
「じゃあ、黄泉と実際につながっている場所は、この館の地下ではなく、この上にあるということかな?」
「ちょっと待つんよ。この建物は二階までしかないんよ。この上って……」
「さっきまで勘違いだったと思っていたんだけど、部屋の外に出た時、上りの階段があった記憶があるんです」
「え? じゃあ、ここは三階まであるってこと?」
「ちょっと違う気がしますね。これは僕の勘だけど『何階まであるかわからない』が正解じゃないかな……と。これが【
「ずいぶんと、オカルトな思考になれてきたな」
九天があからさまに揶揄するように、口元だけの微笑を那由多へ向ける。
「専門家の大娘より鋭いぞ」
「……ホント~~~に、むかつくんよ、あんたは……」
「まあまあ」
錫杖を振りあげる那由多を柳が慌てて抑える。
「落ちついてください、那由多さん。ほら。男性が女性をからかうのは、気があるからというじゃないですか。那由多さんがきれいだから、つい彼も憎まれ口を言うのですよ」
「そうそう」
「しらっとした顔で『そうそう』言うな! めっちゃ嘘くさいんよ!」
「と、ともかく、明らかに怪しい地下なんてトラップでしょう」
二人を取り持つように間に割ってはいった柳が、強ばった顔で笑顔を二人へ順番に向けていた。ずいぶんと苦労性らしい。
と烏輪が思っていると、急に柳がその笑顔を消す。
「……でも、まだ分からないことがあるんだよね」
その目は、九天に問うている。
「
一瞬、烏輪は聞き間違えかと思った。
それは陽光や那由多も同じようで「ん?」と首をひねる。
目的は、娘の魂を取りもどすために、黄泉への道をつなげることだと、九天がさっき説明したばかりだ。それは柳も聞いていたはずで、しっかりと理解もしているようだっだ。だから、なにを今さらと、三人が今にも口にしようとした。
しかし、それを九天の意外な返答が阻んでしまう。
「俺も、それは分からない」
「ほむ?」「え?」「なに?」
そのあまりにも意外な返答に、烏輪、そして陽光と那由多も鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「目的は、娘の魂を取り返すため、では?」
「そうんよ。さっきあんたが言ったじゃない」
「それは『今回』じゃないんだ。……ってか、大したものだな、刑事さん。それに気がつくとは」
九天の皮肉のない感嘆に、柳がどこか照れくさそうに肩を揺する。
「勘だけどね。そう思った。君こそ、気がついていたんだろう?」
「いいや。俺はジジイから、なんとなく聞いていただけだ。うちのジジイは大抵のことは知っているからな」
「……よくわからないが、怖いおじいさんなんだな」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
那由多が二人の間に錫杖を割りこませる。
「意味がわからんよ。ちゃんと説明して」
「ああ。すいません」
そう言いながら、柳はその錫杖を優しく押しやった。
そして、逆の手の指を一本だけまた立てる。
「ええっとですね。さっき僕は『山野博士の目的は、今回で達せられる。もしくは、すでに達したも同然の状態』と言いましたよね。覚えています?」
確かに、籠城をするか、特攻するかの相談の時、柳はそう言っていた。
「でもね。もっと言うと『山野博士は目的を達する準備がとっくにできていた。しかし、あえて実行せず、もう一回、今回の大会を開いた』と考えたんです」
「なんでよ?」
「なにしろ、特部にも今まで尻尾を掴まれないように、人選も気をつけて慎重に事を進めていたんですよ。それなのに、最後の最後でイレギュラーなメンバーが参加するような、ずさんな方法をとるわけがありません。失敗したら、今までの苦労が水の泡で、大切な娘を取り戻せなくなってしまうのですからね」
「た、確かにね……」
「つまり、山野博士……いや、山野は今回の参加者の霊力が奪えても奪えなくても、黄泉路を開くことはできたんじゃないかと推測できます。もっと言えば、山野にとって、今回の大会はどうでもいいのです。むしろ開催しなければ邪魔者も来ないで、山野には好都合だったはずです」
「なら、どうしてなんよ」
「だから、それが分からないと言っているんですよ。ただ、わざわざリスクを背負って大会を開いたのは、そのリスクに目的が隠れているのではないかと」
「え? リスク?」
「一見、山野にとってリスクとなるイレギュラーな人物が、実はイレギュラーではなかったとしたら?」
「……まさか!?」
全員の視線が、陽光に向く。
「ぼ、僕ですか?」
「【流弾】の彼らは、山野博士が招いたわけではない。本当の意味でイレギュラーです。また、本当のランクを隠していた那由多さんも、ばれていない限り本当にイレギュラーでしょう。それに対して、陽光君はランクCの中に一人だけいるランクB。そして、他の人たちは聞かされていなかった『代理人でもいい』というルールを考えれば、山野にとって予測できるイレギュラー。でも、山野とのつながりが見えない」
「……だな」
投げかけられた言葉を九天が引き継ぐ。
「それに多分、小娘も関係あるだろう」
烏輪は目を丸くする。
「ボクも? ……どうして?」
「今回だけだと思われる『パートナーを連れてきて良い』というルールだ。兄が目的なら、パートナーとして来るであろう小娘も狙うためのルールかもしれない。偶然とは思えないね」
「……偶然……じゃない……」
烏輪の心に、刺のように「偶然」という言葉が突き刺さる。
「でも、山野博士はなんのために僕たちを?」
兄の不安な問いに、烏輪も背筋を寒くする。もちろん、山野などという科学者など聞いたこともなかったし、今までの仕事を思い起こしても思い当たる節はない。それは兄も同じなのだろう。
「それがわからない。確か君たちは、人捜しに来たと言っていたよね。もう一度、その事情を教えてもらえるかな?」
柳に頷き、陽光がかいつまんで話す。
白夜の事、妹の夕子の事、小烏丸の名前こそ出さなかったが家宝が盗まれていたことまで、話の流れで説明した。
「……なるほど」
すべてのいきさつを聞いた柳が、何とも言えない複雑な顔をしている。その表情は、どこか怒っているようにも悲しんでいるようにも見える。そして、何かを堪えているようにも見えた。
一方で、九天は妙に合点がいったかのように、含み笑いを思わずこぼす。
「そういうことか」
「いや。すべて推測だ。確証はない!」
九天を戒めるように、柳が叫んだ。
烏輪には何が何だかわからない。
しかし、無能力者の二人が、まるでテレパシーのように言葉にしていない何かを共有している。
「俺には、確証に近い証拠があるんだ」
それを確認するかのように、九天が自分の
「俺とあんたは、同じ答えにたどりついた。そしてそれは、正しいはずだ」
「……なのに烏輪ちゃんを連れて行くのかい?」
「だからこそ……だと思うが?」
「…………」
そこで二人は無言になる。
那由多や陽光が、「どういうことなのか」と二人に尋ねるが、今度は二人とも答えない。
柳に関しては、聞かれることさえも苦痛のように顔を顰めている。
「このことは、まだ後でいいと思う。まずは脱出のことを考えよう」
柳の言葉に、九天も続く。
「そうだ。どうせ嫌でも後で判明することだろうし。今はともかく、術を止めることが大事だ。……小娘、行けるよな?」
烏輪は、まるで勝負を挑まれた時のように、気迫に満ちた瞳を九天に向けた。
細かい事情はわからなかったけど、なにが兄のためになるかはわかっている。
「小娘じゃない……けど、行けるの」
烏輪は持っていた模造刀の鍔を鳴らして肩に担いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます