第45話:進む者と堪える者(四)
期待と異なる九天の解答に、那由多が声も出せずに息を呑む。
驚いたのは、那由多だけではない。陽光も、そして烏輪も予想外の答えに驚いた。
唯一、驚きよりも腑に落ちない表情を見せているのは、やはり柳だった。
「黄泉って日本神話に出てくる死者の国だろう? 地獄みたいなもんじゃないのか?」
疲れたのか、柳はすっかり床に胡座をかき、まるで講義に参加している生徒のように手を上げていた。
それにつきあったのか、九天が教師よろしく柳を指さして「ある意味、正解」と回答する。
「地獄は、黄泉の中の一部だ。黄泉の中央には黄泉路――日本神話で言うところの【
「そんな話、初めて聞いたの」
柳よりも、烏輪のが先に反応してしまう。
地獄という考え方は、宗教によって違う。
特に烏輪の学ぶ古流剣術【
ただ烏輪たちとて、本当の黄泉や地獄を見たわけではない。知識というより、言い伝えのレベルで知っているというだけだ。
しかし、九天はまるで見てきたみたいに、それを語っている。
「でも、あの山野という博士は、黄泉ではなく【地獄の扉】を開いたと言っていたぞ」
「山野が【地獄の扉】と言ったのは脅し文句として箔をつけるためだろう。まあ、実際に開いてしまえば、地獄状態だしな。それに、自分のかわいい娘が、『地獄に落ちた』なんて思う親はいないだろう。最初からいわゆる天国にいるであろう娘の魂を連れ戻すため【
「娘の魂?」
「そうだ。山野は二〇年前にも、今回と同じように黄泉路を開こうとしたんだ。奴は霊力を変換し電気エネルギーにすることに成功した。しかし、その効率はあまりに悪く、実用的な電力を得るには、大量の霊力が必要だった。そこで無限の霊気であふれる霊界と呼ばれる世界から霊力を取得する方法を思いついた」
「なんて、とんでもないことを……」
那由多の呟きに、九天は頷いて同意する。
「どうも、バックに入れ知恵をした奴らがいるみたいだけどな。ともかく、山野は黄泉への穴を開けることができた。だが制御できず、惨劇を生んだ。この研究所で働いていたほとんどが、穴から現れた鬼に殺され、山野の娘も魂を鬼に抜かれて死んだ。鬼に殺されたものは、鬼に引きずられて地獄に行く」
「…………」
烏輪はその惨劇を想像し、かるく下唇を噛む。
感じるのは、哀しみではなく怒りだった。しかも、その怒りは鬼ではなく、馬鹿なことをした同じ人間に向いている。
「……どうして、そのようなことを知っているのです?」
陽光の質問に、九天は待っていましたと言わんばかりに即答する。
「二〇年前の事件を納めたのが、うちのジジイだったからだ」
陽光が「なるほど」と質問を続ける。
「しかし、娘さんの魂を見つけても、蘇るわけではありませんよ」
「山野はそうは思っていないのだろう。蘇ると信じているんじゃないか。そもそも、もう精神状態は正常じゃないだろう。霊能者の生け贄をこれだけ作っているんだからな」
「……え?」
「山野は前回の失敗の原因が、黄泉とつなぐためのシステムで利用する起動霊力が足らなかったからと考え、今回は霊能力者たちを集めて、なんらかの方法でそれを大量に吸いあげることにしたんだ」
「だから、浮遊する霊さえもいなかったの」
烏輪は、周囲に無念で死んだ浮遊霊がいなかったことを思いだす。
しかし山野というのは、なんという男なのだろう。自分の娘のために、無関係な霊能力者たちを集めて殺し、その死骸でまた新たな霊能力者たちを殺す。確かに九天の言うとおり、まともな精神とは思えない。
「それに、今は娘の魂がどうなったかは、どうでもいい。問題は、山野が娘の魂さえ取り返せれば、後のことはどうでも良くなっているっぽいということだ」
「どういうことだ?」
相変わらず床に座ったままの柳に、九天が答える。
「だいたい【
「神の世界?」
「【
「……ほむ。最初の話に戻ったの」
「ああ、やっとな。……ともかく、このまま放置すると、この世があの世になっちまう。つまり、山野は戻る場所のことなんか考えちゃいない。それどころか、もしかしたら蘇らないことは承知の上で、この世界を黄泉とつなげれば、娘とずっと暮らせるとか考えているのかもしれない」
「じゃあ、急いで穴を塞がなきゃ!」
「だから、そう最初に言っただろうが、大娘」
「むぐっ……」
那由多が唇をとがらした。その艶やかな口元から、ぼそっと「むかつく」と刺のある言葉がこぼれる。
「そこで、我々は作戦行動に入ります」
朗々とした声で話を引き継いだのは、黒服の女副隊長だった。途中から九天の横にひっそりと控えていたのだ。
三角フレームの眼鏡をくいっとなおすと、彼女は周囲を見まわす。そして、全員が自分を見ていることを確認して頷くと言葉を続けた。
「このミッション・プランGは、四人、四人、一人の三チームにわかれて行動します。一人で行動する隊長の負担が大きく、できるならば避けたい最終プランですが、現状のリスクを考えるとそうも言っていられません。そこで御願いがあります。お一人に隊長のサポートをお願いしたいのです」
「……質問」
座ったまま、柳がまた手を上げた。
「三チームに分かれて何をするんだい?」
「それを説明するのは手間なので、省かせて頂きます」
「えー!? そんな手抜きな……」
「とにかく、隊長が目的地に着くまでの支援戦闘要員が必要なのです」
「……まあ、いいんよ。この結界は、陽光君でも保持できそうだしね」
那由多が錫杖を杖のようにして腰をあげる。その顔は、漫画なら「フフン」と吹き出しがつきそうな表情だ。鼻の穴がかるく開いて、豊満な胸を突きだすように張っている。
「要するに、あたしについてきて欲しい、守って欲しいってことなんよね? まあ、いろいろ言いたいことはあるんよ。でも、民間人を守るのは、あたしたちエスソルヴァの……」
「いえ。大娘さんではありません」
「ちょっ! あんたまで大娘……え? あたしじゃないんの?」
烏輪もなんとなく、那由多が指名されるものだとばかり思っていた。なにしろ敵陣に乗りこむようなものである。ランクBの実力を考えれば、当然のことだろう。
しかし、副隊長はきっぱりともう一回、「違います」と言い切る。
「大娘さんには、万が一のために、ここで動けない二人と刑事さんを守って頂きます」
「じゃあ……」
そこで全員の視線が自分に向き、烏輪はわずかにのけぞった。
「ボク?」
「はい。そこの小娘さんに、隊長のサポートをして頂きます」
「……ほむ」
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