第三章 ~転~

第一節

第31話:生者と死者(一)

 超能力者の田中、牧師の森村、そして烏輪と柳が元の部屋に走って戻った時、その後ろには多くの死者の群れがついてきていた。

 おかげで今では、死者たちが山のようになり、入り口でたむろしている。ウーウーと唸り、ズリズリと体をすりあわせる姿は、恐怖感と嫌悪感をこれ以上ないぐらい刺激する。次から次へとわいて重なり、下の方の体は潰れて形を崩し、動くこともできないでいた。


「あの魔術師に言われてってわけじゃないけど、物理結界を強化しておいて本当によかったんよ」


 先ほど那由多が、そう独り言を言っていたことを柳は思いだす。

 そのおかげなのだろう。死者たちは我先に部屋へ入ろうとするが、見えない壁に張りつくようになるだけで中には入れない。


 椅子で前屈みに座っていた柳は、その様子をぼーっと眺めていた。恐怖感はあるのに、不思議とそのシーンに現実感がなかった。まるで、ゾンビ映画でも見ているようだ。


 ふと、妙なことを思いだす。

 学生時代につきあった三番目の彼女が、この手の映画が大好きで、いろいろなオカルト映画を一緒に見るはめになった。この状況、その中の映画の一つにあったシーンにそっくりだ。あの話では、恐怖で震えていた主人公が、「脳を破壊すれば動きが止まる」と気がつき反撃に出るシーンがあった。


(映画、役に立たないよな。頭を撃っても斃せないんだからさ……)


 やはり映画の主人公は、ご都合主義の中に生きているんだと思う。

 さっきだって、そうだ。


 死者――【人鬼】が入り口に押し寄せてきた時、黒服たちは大騒ぎした。「もうやだ」「何とかしろ」「ここを出て行く」と、半ばパニックになりながら、身勝手なことを叫んでいた。

 そんな時、映画の主人公ならかっこよく、パニックを沈めることができたのだろう。だが、柳ができたことと言えば、自分も半ばパニック気味に「静かにしろ!」と叫んで、黒服たちに銃を向けて脅して黙らせることだった。

 いっぱいいっぱいで、一般人に銃を向けて脅すことしかできないとは本当に情けない。しかもだ。「この銃は、お前たちのおもちゃと違うんだぞ」と凄んでみるが、鬼に対する烏輪の模造刀を見てしまえば、おもちゃみたいなものだと思う。自分で何を偉そうに言っているのだろうと、ますます情けなくなる。


(八つ当たりか……)


 異能力者たちに守ってもらっている癖に、勝手なことを言う黒服たちに苛立ちを感じた。

 それは、確かにそうだった。

 しかし、自分の立場は結局、彼らと同じ「守ってもらう者」なのだ。その自分に対する怒りを黒服たちに投影したからこそ、よけいに苛立ちを感じたのだろう。


(……なんでこんな時にまで、自己分析してるんだろうな、僕は)


 自分が冷静なのか混乱しているのかよくわからなくなる。とにかくわかっていることは、自分は役立たずだと言うことだ。


 ふと視線を動かすと、那由多と陽光、そして田中、森村が熱く何かを言い交わしていた。それを烏輪が、一歩ひいて様子をうかがっている。


 柳は、それよりさらに数歩ひいた所にいた。つまり、蚊帳の外にいるということだ。

 那由多に呼ばれたが、近寄ろうとはしなかった。必要なのは、名ばかりの【協力者パートナー】より、戦う力がある異能力者のはずだ。


 幸いにも、協調性がなさそうだった田中と森村も、進んで那由多たちの話に参加した。多すぎる敵の数、そして二人も死者が出たことで、勝つことではなく生き残ることを考え始めたのだろう。

 当然と言えば当然の選択だ。


 だが、そこで柳はなにかが引っかかる。


(……早いな)


 疑問が脳裏に浮かんだとたん、黒服姿が視界の横に入る。

 柳は顔を上げて、その顔を横目でちらっと確認する。はたして、黒服のリーダーだった。

 なら、要件はだいたい想像がつく。すぐに視線を落として、床を見つめながら開口する。


「悪かったな。銃なんて向けて」


 多分、文句を言いに来たのだろうと思い、うんざり気味に先手を打つ。

 しかし、黒服の声に刺はなかった。


「とんでもない。パニックを納めてくれて助かりましたよ。パニックが一番怖いですからね」


「そうか……」


「ええ。ところで、いいんですか?」


「なにが?」


 質問の意味がわからず、柳はまた顔を上げた。

 すると黒服が顎で那由多たちを指す。


「あれ、参加しなくても?」


「……ああ。まあ」


 濁してまた視線を落とす。

 そして、なんとなく口をそのまま動かす。


「僕は、哀れな村人・・・・・だったからね」


「え?」


 不可解そうな視線を感じながら、柳は自嘲を返す。


「ほら。テレビのヒーローや、ゲームの英雄伝とかで、最初の方で怪物に襲われる村人とか雑魚兵士とかいるだろう? あれだよ、あれ。ヒーローを盛り上げるための生け贄」


「…………」


「本当は、助ける立場になりたかったんだけどな……」


 出会ったばかりで、名前さえも知らない相手。そんな彼に愚痴ってどうするんだと自問しながらも、柳は口が止まらなかった。


「こんな馬鹿げた戦い、一般人の僕では、なにもできない。守ると言いながら、すまないな……」


 弱さを吐露することで自虐し、それで鬱憤を晴らそうとしている。

 それは同時に、相手へ不安と不快を抱かせるだけだというのに。

 なんと、最低な男なのだろう。


「…………」


 だが、そんな不安をぶつけた相手は、何も言ってくれない。

 責めてでもくれれば楽になるのに、無言のままでいる。


 下を向いて話していた柳は、そんな彼がどんな顔をしているのか気になった。単に不安になっているだけか、無責任さに怒っているのか、または情けなさに呆れているのか。


 柳は、横目で黒服をうかがう。しかし気になる反面、その表情を見るのが怖く、視線を合わせるほど顔を上げることができない。だから、彼の黒い軍服とそれを飾る装備に目が行った。

 両脇と両腰にはホルスターがあり、ハンドガンが刺さっている。片方はガバメント系、片方はグロック系だろう。

 さらに背中には特殊なホルダーがつけてあり、そこに少しノッペリとしたデザインの銃がまるで刀でも背負うようにつけられていた。全長八〇センチぐらいで、AA・一二というショットガンに似ている。しかし、それにしてはマズルにスパイクらしいものがつけてあり、さらに他のオプションもついているようだった。

 両上腕には太いベルトが走り、多くの弾倉マガジン、そしてまるで忍者の持つ苦無のようなグリップをしたナイフまでがケースに入ってつけられている。その上、両太ももの横にも大きな苦無型のナイフが装備されていた。


 もちろん、銃はプラスチックの弾しかでないし、ナイフの刃はサバイバルゲーム用のゴムなのだろう。それはすべて偽物おもちゃだ。それなのに、どうしてこの状況でフル装備しているのだろうか。

 特部が用意した本物の銃弾でさえ、あの程度の効果しかないのだ。おもちゃの銃など、もとより戦えるはずがない。


 ふと気になり、他の黒服の様子もうかがう。

 そして驚く。

 先ほどまで泣きわめいたりパニックになりかけたりしている者達なのに、誰一人欠けることなくきちんと装備を身につけている。一体、いつの間に整えたのだろうか。まるで、今すぐにでも戦いに行けそうな勢いだ。まさかこの状況で、ゲームをやりに行くことを考えているとは思えない。


「おもちゃを装備しているのが滑稽ですか?」


 まるで心を読んだような一言だった。

 反射的に柳は顔を上げてしまう。


 見ると、黒服のリーダーがどこかおもしろそうに笑っていた。

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