第38話:流弾《Stray Bullets》(二)
「仕事?」
「ああ。今回は、この研究所の親会社からの依頼で、この馬鹿騒ぎを片づけに来た。とりあえず、お前たちの敵じゃない」
「……なんで一般人の貴方たちに、そんな依頼がいくんよ? だいたい、その銃は何よ?」
「ん? こいつは、俺専用のカスタム銃【ストライクホーク】。ガバメント系を元に作られたストライクガンだ。このマズル部分についたスパイクと強化されたフレームが特徴で――」
「そ、そんなことは訊いてないんよ!」
「おや。そうか」
「ふざけないでおくれよ。どうして、そんなものを持って、一般人の癖に戦えているのよ!?」
「……まるで、一般人が戦っちゃいけないみたいな言い方だな」
「あっ。いや……。そ、そういうことじゃ……」
那由多が目線をそらして気まずそうにする。
那由多にもあったのだ。自分ではないと思っていた、異能力者としての自負と差別意識が。それに気がついたためか、彼女は下唇を軽く噛んでいる。
そんな那由多に、九天があからさまに「やれやれ」という顔を見せる。まるで子供の悪戯を
柳は、自分と同じぐらいの年齢にしか見えない彼の落ちついた様子に舌を巻く。
「――ったく。仕方ねーな。……こいつは、【気力変換霊気銃】。略して【
「アウラガン……聞いたことないんよ、そんなすごい武器……」
「そりゃそうだろう。うちのジジィが作って、持っているのは俺たちだけだからな」
「あなたの祖父って……?」
「【
「――なっ、なんですって!」
那由多が息を吸いこみ、そのまま絶句してしまう。目を見開き九天を凝視する。そのまま数秒経っても二の句が継げない。
「納得……したみたいだな。じゃあ、俺は仕事に戻る。……あらかた片付いたな。
九天は、副隊長と呼ばれていた女性に声を掛け、すでにこっちのことなど見ていない。
(どういうことだ?)
柳は完全に置いてきぼりを喰らった気分だった。話がまったくわからない。
それに気がつけば、多くの【人鬼】もムカデも、もうほとんどが斃されていた。さっきまで懸命に戦っていたのが嘘のようだ。
これでは、話にも戦いにもついて行けていない。
柳はふと、自分の足下に転がっている弾を見つけた。
丸く白い五~六ミリしかない真円を描く弾。
それを拾ってみるが、どう見てもやはりプラスチックのBB弾と言われるおもちゃの弾だ。
唯一、変わったところと言えば、その表面に梵字や不思議な文様が細かく書き込まれていることぐらいだろう。
(こんなもので……)
柳はそれを握りしめる。
これに力があるなら、それを自分も得たい。
そんな熱願が突如、生まれる。
諦めなくてはいけないと思っていたことに、希望を感じてしまう。
「那由多さん、先ほどの『くがみ』というのはいったい?」
那由多の顔を覗きこむように、柳は訊ねた。
その問いに、那由多が強ばった顔のまま答える。
「あたしも会ったことはないけど、一言で言えば、伝説級の異能力者なんよ。阿闍梨と言っても、本当は仏門にいるわけじゃない。多くの流派の術を使い、話によると錬金術や超能力まで操るという……噂だけどね」
那由多の声は、強ばっていた。見たこともない相手に、彼女は強い畏怖を抱いている。
「とにかく、うちら特部でも
「…………」
国家機関である特部が、関わってはいけないという人物。それはきっと、とんでもないことなのだろう。
そして、そんな人物が作った武器ならば、元がおもちゃでも本物を超えるのかもしれない。
柳は自分の銃をホルスターからとりだして、じっと見つめた。
重く冷たい銃。人の命ならば簡単に取れる武器。
しかし、これではダメだ。
今、自分に必要なのは、人を殺せる銃ではない。
「おい、刑事さん」
九天が首だけでふりむきながら、柳を睨んだ。
その声色に、最初の頃の人当たり良さは、まったく感じられない。
「さっきも言ったが、俺の後ろでそんなものを出すな。とち狂って撃たれたら困る」
「……さっきとは、ずいぶんと態度が違うもんだね。かぶっていた羊の皮をどこに捨てた?」
「羊? ――ったく。俺たちは【
「はは。なるほどね。言ってくれる。じゃあ、この羊の牧者は、ここにいるのかな?」
「……牧者を望むのか?」
九天の双眸が柳に突きささる。きりっと引きしまった口元が挑戦的に歪む。
柳は、その威圧感に絶句する。陽光からも強い威圧感を感じたが、九天のはまた異質だ。
陽光の威圧感は、相手を正面から制しようとする。まるで迫り来る高い壁のようなイメージだ。
それに対して目の前の威圧感は、一歩高いところから降りかかるような重圧がある。まるでそこにいる者を強い重力でひれ伏せさせる。言い換えれば、王者の風格だ。近い年齢だというのに、立つ位置の違いを明確に感じさせる。
だが、柳は引きたくなかった。
思った通りの者になれなくとも、なりたかった自分に少しでも近づきたい。
それには、守れる力が欲しかった。
後悔しない力が欲しかった。
だから、押しつぶされそうになりながらも、強ばった口を懸命に動かす。
「……望むね」
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