第二節
第37話:流弾《Stray Bullets》(一)
柳はもとより、その場にいた異能者の誰もが理解できない
――パスッ! パスッ! パスッ!
少し間が抜けたような、圧縮した空気を放つ音が続けざまに三つ。
しかし、音の迫力に相反するように、それは驚くべき結果を生んでいた。
「ほむっ!? ……な……に?」
烏輪が唖然として呟いた。
歯ぎしりのような悲鳴と共に、
「……う、そ……」
柳も目を疑う。
それら――陽光たちを囲んでいた三匹のムカデ――は、頭を勢いよく弾かれ、その巨体を横たえてピクリとも動かなくなっていたのだ。
あのムカデは、本物の銃から発射された対化け物用の九ミリ弾を跳ね返したのだ。そんな硬い甲羅を撃ち抜き、一撃で化け物を斃せる霊力がこめられた武器とはなんなのか?
「まさ……か……」
柳の脳裏では、あの発射音と状況、そして横に立つ影から、すぐにその武器の予想がついていた。だが、それを即座に否定していた。そんなわけがない、信じられるわけがない。
しかし……と、ゆっくりと横に立つ姿に、柳は目をやる。
そこには、はたして黒服のリーダーが銃を構えている。
ただし、それはおもちゃのはずだ。でも、まちがいない。その
しかも、一撃必殺で。
「なん、だ……それ……」
「いいから、刑事さんは銃をしまってさがってろ」
先ほどまでとは別人のような態度の黒服のリーダーに、柳は肩をつかまれて後ろに追いやられる。
「そんな
そう言いながら、彼は右手に持った銃をまるで正面を横一文字で斬るように左から右へ振る。
その間、また軽い音が響く。
刹那、正面にいた【人鬼】が二体、頭を弾かれて崩れ落ちるように斃れる。
(やっぱり、一発で斃している……)
一体斃すのに、特部が用意してくれた特殊な弾丸でも、四~五発必要だったのだ。それがなぜ、プラスチックのBB弾だと一発で済むのか。そもそも、あんな変な撃ち方で当てられるのもおかしい。とにかく目の前の黒服は、超常現象の中でもとびっきりの超常現象だ。
だが、その摩訶不思議な人物は、平常的そのものだった。
「――ったく。予定が狂った」
「なにが『予定が狂った』ですか」
妙に平坦なリーダーの愚痴に応えたのは、
二十歳そこそこだろう。細長い眼鏡を掛けて少しインテリっぽく見える。柳の記憶にまちがいがなければ、先ほどまでヒステリックに泣き叫んでいた女性だ。
しかし、今の彼女に涙を流した跡も見られない。
彼女は静かな物腰で、短いボブカットの上に黒いキャップをのせた。そして、首に掛けていた射撃訓練に使われるような透明のゴーグルを眼鏡の上からかぶせると、おもむろに
「隊長がその刑事を励まさなければ、予定通りになったのです。あんな三文芝居までさせておいて。おかげで異能力者どころか、特部にまで我々の存在が知られてしまいましたよ」
そう言いながら、彼女もトリガーを引く。
パラパラと小気味よい音が響く。
と、こちらに向かっていたムカデ二匹がはじけ飛ぶ。
やはり、これもおもちゃの威力じゃない。
「まあ、そう責めないでやれよ、副隊長」
今度は、小柄な黒服の男だった。いつのまにか彼は、もう一人の黒服男と一緒に、陽光と田中のそばにまで近寄っていた。
「
そう言いながら、彼ら二人もそれぞれの銃で、近くの【人鬼】も【ムカデ】もいとも簡単に一掃する。
「だけど、こうも命がけで助けてくれようとされちゃったらさ、助けるしかないじゃん。なあ、【
小柄の男が、黒服のリーダーに笑いかける。
【九天】と呼ばれたリーダーは、両肩を軽く上下に揺すった。
「ま、『出番になったら呼んでくれ』と言ってしまったからな」
九天の表情に、憎たらしくなるような不敵な笑みが浮かぶ。
かと思うと、すぐにその口が一度、キュッと結ばれる。そこに現れた表情は、今まで見せたことのない命ずる者の顔。
そのイメージ通り、九天は部屋中に響き渡る圧力のある声を放つ。
「流れ弾に当たりたくなかったら、超能力者も霊能力者も、異能力者どもはみんなさがっていろ! このゲーム、俺たち一般人がもらい受けた! ……【
先ほどまで泣き喚いたり、パニック寸前だったはずの他の黒服たちも、いっせいに透明のゴーグルをかけた。
そして恐怖の欠片も見せずに、銃を構えて撃ち始める。
パラパラ、バラバラとかるい音とは対照的に、【人鬼】もムカデも凄い勢いで駆逐されていく。
中には、あたったとたんに何か光のようなものを放ち、とてもプラスチックの弾が当たっているとは思えないほどの衝撃で後ろにとばされる鬼までいる。
「そんな……」
柳は呆気にとられる。
突然、現れた謎の伏兵は強い上に味方だったが、あまりにも謎が多すぎる。どう対応していいのかわからない。
そんな中、怪我をした陽光が、先ほどの小柄な男に軽々と肩に担がれ、部屋の奥まで連れてこられていた。田中もそれについてきている。
そして、あまりのことに呆気にとられていた烏輪と那由多も、黒服のもう一人の女性に導かれてさがっていた。
結果、異能力者たちは、九天の言うとおり、全員がさがらされていた。そして見事にこの場を制しているのは、守られていたはずの一般人たちだった。
「あんたたち、何者なんよ?」
部屋の真ん中に堂々と立つ九天に、背後から那由多が噛みつきそうな勢いで訊ねる。
柳は、那由多の言葉の裏にプライドを感じ取った。多分、一瞬呆気にとられ、結界を維持できなくなってしまった自分に対する怒り、そして自分たちが苦労していた相手を次々と斃す九天たちに対する意地のような感情が入り交じっているのだろう。
だが、それをわかっているのか、わかっていないのか、九天は飄々とした態度で答える。
「……たまたま霧に迷った、ただの一般人だよ」
「そ、そんなわけあるかい!」
「それは、ないの」
那由多だけではなく、兄の怪我を診ていた烏輪までもが横から突っこみを入れる。
「でも、確かに霊能力者じゃないの」
烏輪の眼光が鋭く九天を睨む。
「
「それなんよ、変なのは。一般人が使ってこれだけの威力。特部でも、そんな強力な呪具は見たことがないんよ」
那由多が訝しむのも当然だろう。なにしろ、特部は【株式会社エスソルヴァ】の形態をとっているが、中身は国家組織だ。そんな組織が研究を重ねて、やっと作り出したのが、柳の持っている銃弾である。
しかし、彼らのおもちゃは、その貴重な銃弾の方がおもちゃに見えるほどの威力を持っている。
「助けてもらっておいて勝手だけど」
那由多が、錫杖の先を九天に向けた。
「あんたたちの正体と目的を教えてもらうよ」
「――ったく。……そんな場合じゃないと思うが」
そう言いながら、彼は見てもいない方に銃を振った。
するとガスガン独特の音と共に、這い寄ってきたムカデが弾かれ、もがいたあと動きをとめた。
やはり、その威力は凄まじい。
「正体……か。俺たちは、ゲームをやる場所を借りる代わりに仕事を請け負っている、流れのサバイバルゲームチーム【
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