第39話:流弾《Stray Bullets》(三)

 その柳の決心を聞いた別の黒服の男が、感心したようにピューと高い音色で口笛を吹く。

 そして、九天に一丁の拳銃を投げ渡した。


「予備のだが、その勇者様にちょうどいいだろう?」


「……なるほど」


 仲間に渡された銃を見て、九天は頷いてからその銃を掌の上で回転させ、グリップを柳に向けた。

 柳は黙って受けとる。

 そこで「ちょうどいい」の意味に気がつく。


「あんたの手持ちの実銃と同じ【SIG SAUERシグ・ザウエル P二二六】の気換銃アウラガンだ。予備弾倉はないが、あんたにはまだ必要ない・・・・・・


 おもちゃだと思って侮っていたが、意外な重量感に驚いた。本物とは重量バランスが異なるが、外観は良くできている。バレルを覆うスライドには本物と同じく「SIG SAUER」の文字があり、スライドロックやマガジンのリリースボタンなども違和感がない。

 ただ一つ、本体の右側面に「KIMAIRA CUSTOM」という見慣れない刻印が入っていた。「Chimera」ではなくローマ字表記で「KIMAIRA」とあるので名前だろうか。


「……どうやって撃つんだ?」


「気をこめる」


「気? おい、僕は一般人だぞ。そんな漫画みたいな……」


「大丈夫さ」


 銃を投げてきた黒服が、親しみのある顔で近寄ってくる。

 やせ形の優男風で、柳の肩をポンポンと軽く叩く。


「気力は誰でも自由に使えるんだ。コツは、気をつけることね」


「気を……つける?」


「いやいや。気を張るんだよ!」


 横から別の黒服が口を出した。

 それに続くように、他の黒服たちも口を挟みだす。


「気にすればいい」


「どっちかというと気配りのような」


「気づけば簡単だよ?」


「……わからん……」


 柳は片手で額を抑えた。

 黒服たちが言っていることは、「日常用語」だ。どう考えても、この異常事態で異常なことをやろうとしている自分へのアドバイスには思えない。

 そんな柳の戸惑いがおもしろかったのか、九天が含み笑いをこぼす。


「【気】とかいうと、妙に特別に感じる。しかし、普通に身の回りにある物だ。要するに集中しろってこと。慣れないうちは、弾が発射して当たるまで目で追うぐらい集中すればいい。あとは、勝手に銃が吸いだしてくれる・・・・・・・・・・・・・。……あれを狙え」


 まるで柳に撃たせるために残してあったように、一体だけ【人鬼】が部屋の中央に立っていた。

 両脚ともまともに機能していないようで、かなりゆっくりと歩みよってくる。


 透明のゴーグルも渡されたのでそれをかけると、柳は言われたままに構えた。

 サイトに【人鬼】の頭が乗る。

 銃に集中する。

 九天の助言通り、銃の中の弾を想像し、それが飛び出す瞬間までを思い描く。


「…………」


 だが、次の瞬間に、集中が途切れてしまう。


「僕は……彼らを助けに来たんだけどな……」


 思わずこぼした矛盾をすぐ理解したのか、九天が肩に手をのせる。


「だったら、よけい迷うな。迷っている・・・・・のは、あいつらなんだ。こいつは殺す・・弾じゃない。迷わずに逝かす・・・弾だ。呪いから解放してやれ!」


 九天の喝が、柳の背中を押す。


「……ああ」


 集中が戻り、柳は引き金トリガーにかかる人差し指に力をこめた。

 ダブルアクションならではの深いストロークを一気に絞る。

 小気味よい単発音が、空気を振るわす。


「うおっ!」


 柳は目を疑った。【人鬼】の頭に当たった刹那、何か光の模様が浮かびあがった気がした。

 後から考えれば、梵字による曼荼羅だったのかもしれない。


 が、その時は、それよりも威力に驚いた。


 すっ飛んだのだ。

 弾が当たった瞬間、破裂するように【人鬼】の首から上がなくなってしまった。


「おお。大したもんだ。最初から成功するとは才能あるな」


 横で九天がおもしろそうに手を叩くが、柳はそれどころではない。威力に驚いたのも束の間、全身が急激に重くなり、とても立っていられなくなってしまったのだ。

 どこにも力が入らない。その場にへたりこみ、それでも堪えられずひれ伏してしまう。


「な……な、んで……」


「言ったろ? 勝手に銃が吸いだしてくれる・・・・・・・・・・・・・って」


 頭上に見える九天の微笑が憎らしいのだが、それを怒る気力もない。

 全力疾走したあとのような脱力感……いや、そういうのじゃない。喩えるなら、長いドミノ倒しが後一歩で完成という所で、すべて倒してしまった時の絶望感……それも違う気がする。

 とにかく、精神的疲労感が酷く、何もやる気が起きない。全身に力が入らず、油断していたら眠ってしまいそうだ。


「気を失わなかっただけ、大したものだ。こいつは一般人でもなるべく撃てるように、集中すれば気力を無理矢理、引っこ抜けるだけ引っこ抜こうとする」


「そん……な……。だって……君たち……あんな、に……」


 一発でこんなに酷い疲労感を味わう諸刃の銃。もし黒服たちが同じ物を使っているとしたら、あんなに連射できるわけがない。


「もちろん、コントロールしているんだよ。慣れれば体外の気を取りこむこともできるようになる」


「なん、で……それ……先に……」


「――ったく。コントロールなんて、一朝一夕にできるわけがないだろう」


「隊長。いつまで遊んでいるつもりですか?」


 のぞみと呼ばれた女性が、九天の横にいつの間にか立っていた。

 腕を組んで、焦れていることを表しているのか、指で自分の腕をトントンと叩いて見せている。


「彼を放っておけない気持ちもわかりますが、いい加減にしてもらわないと。外の大鬼が侵入しようとしています」


 ひれ伏しながらも柳は、望の報告を確認しようとした。 本当は前半の「放っておけない」という部分も気になったが、それ以上に今は後半の方が気になる。

 首に何とか力を入れて、重たい頭を転がすように動かした。


「なっ……んだよ……あれ……」


 いったい今日、何度目の驚倒だろう。

 もう大抵のことが起こっても驚かないのではないかと思っていたが、それを見たとたんに、気力がなくなった体から、衝撃のあまり今度は魂まで消えるんじゃないかと思ったぐらいだ。


(ああ、これを魂消たまげるっていうのか……)


 頭の片隅でそんなどうでもいいことがよぎる。

 目の前の様子の現実感のなさに、思わず逃避したくなったのだ。


 それは喩えるなら、風船に描かれた顔だった。


 狭い部屋の入り口から、顔の描かれた巨大な風船が力尽くで押しこめられてきているのだ。おかげで目鼻が異様に伸びて、立体感がなくなっている。もしかしたら、最初から立体感のない顔なのかもしれない。その姿は生物どころか、今まで見てきた鬼ともかけ離れている異様さだ。


 はち切れんばかりに広がった黒目が、キョロキョロと動く。

 まるで3Dポリゴンの上に貼られたテクスチャーが動いているようだ。


「九天、やっちまうか?」


 小柄の黒服から、威勢のいい言葉があがった。その物言いは、あまりに安易だ。まるで「ちょっと荷物を片づけるか」というのりである。

 しかし、望が掌を彼へ向けて制止する。


「あれは実体があります。あの巨体、あそこで始末すると邪魔になります」


「ステータスは?」


 九天の問いに、望は胸元のポケットからスマートフォンのような物を取りだす。それを素早く操作すると、今度はゴーグルの側面レンズを指でなぞった。どうやら、ゴーグルも特殊で、側面がタッチパネルになっているようだ。


「……種別は悪魔。A級てい位。霊質はじゅどくを確認。どうします?」


「暴れられるとやっかいそうだな。誘いこんで、一気に始末。その後に結界……かな」


「それがよいかと」


「ま、待ってください!」


 黒服の隊長と副隊長の作戦に異議を唱えたのは、苦痛に顔を顰めた陽光だった。彼は烏輪に肩を借りながら、二人に歩みよる。


「もし、結界を張る手段を持っているなら、あれが入ってくる前に早く張ってしまうべきだ!」


 陽光が今までにないほど、強い口調で訴える。


「確かに貴方たちはある程度、戦えるのかもしれません。でも、あの鬼はランクAなのです」


「それが?」


「それが、じゃありません! 貴方たちは鬼の本当の怖ろしさを理解していない!」


 呑気そうな九天の返事に、陽光が激高した。心配顔の烏輪から離れ、よろめきながらも九天に詰め寄る。苦痛と憤りで、せっかくの美顔も歪んでいる。

 しかし、その明眸だけはしっかりと輝き、九天を貫くように見ていた。


「ランクAの鬼は、ランクBまでとは大きく違うんです。知能が高いものも多く、特に目の前のあれは術も使います」


「兄様の言うとおりなの」


 烏輪が陽光の言葉を後押しする。


「あの鬼は、力押しだけでは勝てないの。呪いでもかけられれば、霊的保護ができない者など、いい獲物」


 そう言いながら、烏輪が太刀の刃先をすっと九天の顔に向けた。

 九天の顔の数センチ前まで刃先がくる。

 だが、彼は微動だにせず、それを見つめる。


「貴方が、この刃先を向けられても恐れないのは、霊気が視えないから。どれだけの力があるかわからないの。霊力を計れない貴方は、呪いに対抗などできないの」


「なら心配ない。霊気なら視えているさ。呪いに対する対策もある」


「――えっ?」


 予想外の言葉に、烏輪は目を見開く。


「霊気を目に宿しているからこそ、霊視が可能。貴方は、霊気を操れないから、視ることは――」


「このゴーグルは、呪具なんだよ。その霊視を可能にし、数値化もできる」


 九天が自分が掛けている透明のゴーグルの横を叩く。確かによく見れば、そのゴーグルのレンズには何かいろいろな仕掛けがありそうだった。


「だから、恐れないのは、その必要性がないからだよ、小娘」


 しかし、それにしてもなんという不遜な態度なのだろうか。霊能力がない者が、霊能力者の霊力を「たいしたことない」と見下しているのだ。それも負け惜しみとかではなく、本気でそう思っているようにしか見えない。柳から見たら怖い物知らずにしか見えない。


「ボクは、小娘じゃないの」


 しかし、烏輪もさすがだった。

 普通なら色をなすところだが、表情も口調も静逸さを保っている。ただ、艶やかな唇から、小さなため息を一つもらす。


「とにかく、ボクを恐れなくとも、霊力を知ることができるなら、あの鬼は恐れるべきなの。……あれはボクがやるの」


 烏輪が刃先を風船のような鬼に向けた。もう頭が半分ぐらい入ってしまっている。


「僕もやるよ。烏輪だけでは荷が重い」


「兄様は、毒で脚が麻痺しているから、無理」


「そうだよ。あたしが手伝うんよ」


 那由多が錫杖を前に向ける。


「あたしが呪縛するから、その間に烏輪ちゃんが――」


「ちょっと待て、小娘と大娘」


「誰が大娘だ!」


「ボクも小娘じゃないの」


 二人の苦情など、どこ吹く風。

 九天は黒帽子の上から頭を掻いて、ため息を吐く。


「――ったく。勝手に話を進めるな。このゲームは、俺たちがもらったと言ったはずだ」


「ふざけないで、なの」


 烏輪が噛みしめるように声をだした。

 表情は大きく変わっていないものの、眼の端が少しつり上がっている。普段は猫や狐を思わす愛らしい顔だが、怒ればそれなりに迫力がある。まるで、獲物を狙う野生動物のようだった。


 その時、彼女は完全に、九天へ敵愾心てきがいしんを向けていた。


「いい大人が、ゲーム、ゲームと馬鹿みたいに。これはゲームじゃないの。人の命がかかっているの。……やはり、あなたたちは、殺し合いごっこを楽しんでいるだけなの」

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