第14話:訪れる者(三)

「ふう。……じゃあ、我々も行こうか。なんか天気も怪しくなってきたしね」


 黒服が仲間の元に戻っていったあと、白夜が空を見上げた。

 確かに、雲が出てきた。さっきまでは晴れていたと思ったのだが、これが噂に聞く「山の天気は変わりやすい」というやつなのだろうと、烏輪は一人で納得する。


 黒服の集団を追い越して、車が螺旋状の道を進んでいくと、烏輪は左手の山頂側に他にも道祖神を三つほど見かけた。黒服たちを見つけたところから、最後の道祖神まではけっこう距離がある。確かに、これを掃除するのは大変だろう。

 ちなみに、道をはさんだ道祖神と反対側には、空の祠のようなものもあった。サイズ的に見ても、もともとあれに道祖神が入っていたのじゃないかと思う。


(まあ、どうでもいいの……)


 最後の道祖神を過ぎてから少し走ったところで、道がなくなり広い視野が開ける。

 路面はかなり荒れており、ボコボコと車が揺れる。とりあえず問題なく悪路を進むものの手入れなどされていないことは明白だった。


 そして、大きな建物が現れた。

 無機質な感じのコンクリート二階建て。間口はけっこう広い。四〇メートルぐらいはあるのかもしれない。しかし、飾り気は一切ない。


 よくホラー映画だと、こういう場合はおしゃれさがありながら、どこかおどろおどろしい洋館がつきものだ。だから烏輪も、そういういかにもな建物を想像していた。別にどうでもいいことなのだが、心のどこかでがっかりしてしまう。


 車を降りて改めて見てみると、よくあるオフィスビルのような、大きなガラスの両引き自動ドアが中央に構えられていた。その入り口の向こうは大きなロビーがあるようで、そこだけは開放感がある。

 しかし、その他は格子の付いた小さめの窓があるぐらいで、非常に閉鎖的だ。しかも、銀のアルミ枠の窓ガラスには、針金が埋めこまれている。その姿は、まるで牢獄を想像させる。

 おしゃれな洋館ではないが、不気味さで言えばいい勝負の建物だった。


「もう先客がいるみたいだね」


 陽光の視線は、建物横の駐車場に向けられていた。

 そこには、四台ほど車が止まっている。他に車はなさそうだ。ナンバーを見ると、ほとんどが都内や少なくとも都市部に近いところの車だった。そして一台だけ、大きめのワゴンが止まっていた。後方に六人ぐらいは乗せられそうな大きさがある。ナンバーから察すれば、たぶんこの家の持ち主の物なのだろう。


 烏輪は陽光と一緒に、車から荷物をおろし始めた。荷物といっても医薬品と非常食など少しだ。小さなリュック一つに入ってしまうぐらいの量である。


 問題は、ゴルフバックより一回り大きい黒い金属製の筒だった。

 ゴルフバックと同じように、大きな肩掛け紐がついている。だが、重量があるため下には小さな車輪が付いていて、転がせるようになっていた。さらに自立して立てられるように、折りたたみの脚などが付属している。


 その名を【七鞘ブレード・リボルバー】という。


 制作者たちが「ブレードリボルバー」と呼んでいたのでそれが本来の名前だが、長老会が「横文字などおかしい」というので、正式には「ななさや」と呼ばれている。

 これは、七藤家が勤めを果たすために重要な武器なのだが、いかんせん一人で扱うには大きすぎる。なるべく軽量化して作ってあると言う話だが、それでも一五キログラムほどあるのでかなり重い。


 陽光が持つのを手伝うと言ってくれるが、烏輪はそれを断った。車のトランクに積むのも、降ろすのも、彼女は一人で行っている。今日は、これを管理するのが烏輪の仕事である。


 もちろん、本当はすごく嫌だ。普通の女子高校生では、おいそれと持てるものではない。それをこれから一日、運ばなければならないのだ。

 ずっしりとくる重量は、下手に持ったら若くても腰を痛めそうなぐらいである。いくら鍛えている烏輪でも、疲れることはまちがいない。

 しかし、その疲れを七鞘を振るう陽光に負わせるわけにはいかない。陽光を全力で戦えるよう、すべてにおいて支えるのが烏輪の本当の役目なのだ。


 短く「頼む」と言って去った白夜は、スカイラインで元の道に戻っていった。彼はこれから急いで戻り、小烏丸の取引場所の港に向かわなければならない。

 烏輪は自分たちのこともあるが、白夜の活躍も祈った。

 小烏丸がもどれば、儀式が再開されて、兄はやっと正式な後継者となれるのである。大好きな兄が、一族の名誉ある立場となる。それは烏輪にとっても、本当に嬉しいことだ。


 ただし、それもここを無事に帰れたらの話だ。


「異常だね……」


 陽光が眉を顰めながら呟いた。

 白夜を見送った後、二人は屋敷の扉の前に立っていた。


「ほむ。異常」


 烏輪も感じていた。山に登ったあたりから陰の気が強くなっていたが、ここに来てそれは強まる……というより、どこか異質なものになっている。それはまるで真夏に感じる、ねっとりとした空気。暑くはないが、あの包みこまれる嫌な感じがそっくりだ。

 いや。ここのは、その数倍は嫌な感じがする。重くのしかかり、それでいて無数の刺に肌を突っつかれているような、苛々とした気分にされる。

 よく陰の気は「寒い」と感じることがあるが、これは「寒い」というよりも「痛い」とさえ感じる。こんな異質の空気は初めてだった。

 たぶん、陽光も初めて感じたのだろう。珍しく彼が身震いを見せた。


 ドアに近づくと、見た目通りの自動ドアが開いていく。


「…………」


 少しだけためらったあと、陽光が足を踏み入れる。

 烏輪もそれに従う。


 中は、三〇畳ほどある正方形のロビーとなっている。天井に埋め込まれている照明は、非常に明るい。壁は飾り気のない白いパネル。床はブロック絨毯が敷きつめてある。

 正面奥にはカウンターがあり、その両サイドには登る階段が見えた。

 ロビーの左右には廊下が伸びている。


「ほむ。なんか、オフィスみたいな、感じ」


「こんな場所だから、オフィスと言うより研究所かなんかじゃないかな。……ほら、あれ」


 陽光に言われて改めてみると、廊下の入り口あたりに案内板があった。

 そこには「第一研究室」「地下実験室」等の文字もあった。

 しかし、この研究所の名前はどこにもない。入り口のところにもなかったし、このロビーの中にもそれらしい看板がない。いくつか、はがされた跡が見られるので、わざとわからないようにしているのだろう。


「――ようこそ」


 その声は、唐突にかけられた。

 烏輪は体をビクンッと震わせ、思わず【七鞘】に手をかけた。

 そして突き刺すような視線で、受付横の階段に現れた影を見据える。

 その影の主は、老婆……らしかった。

 紫のフードを頭からかぶり、目元を隠す黒いレースがかけられている。おかげで、容姿はよくわからない。皺だらけの頬と嗄れた声で、かろうじて老婆だろうと思った。


「招待状を」


 老婆にうながされ、陽光がジャケットの内側から招待状をとりだして広げて見せた。


「……こちらへ」


 老婆は問答を許さないように、こちらの返事を待たず、もと来た階段を上りはじめる。

 名は問われない。

 確かに、白夜の得た情報では、招待状さえ持っていれば、参加者は誰でもよいとのことだった。しかし、あまりにもあっさりとした反応に、烏輪も陽光も肩すかしを食らう。


 重い【七鞘】を背負いながら、烏輪は陽光とともに、老婆が消えた階段に足をかけた。

 ロビーと違って、ダウンライトで照らされた薄暗い足場を一歩一歩、確かめるように歩みを進める。そのせいか、自分たちの足音が妙に気になる。


 いつもなら【七鞘】を持つのを手伝おうとする陽光も、今に限っては口にしない。彼の心は構えている。なにかあった時、すぐに動けるように。

 ここは陰の気が強すぎて、気配が読みにくいのだ。さっきも老婆の気配に気がつかなかったぐらいである。油断していたら、咄嗟に攻撃されても反応が遅れてしまう。


 妙に段数が多い階段を苦労して上り、烏輪は踊り場で一度、【七鞘】を置いた。

 横には大きな窓があり、斜陽が容赦なく入りこんでいた。

 そしてその朱色の光の先には、大きな絵画が飾ってあった。

 赤く照らしだされた中で、幼い少女があどけない顔で笑っている。

 愛らしい笑顔の絵画も、こういうシチュエーションで見ると不気味に感じてしまう。


 やっと烏輪たちが二階につくと、廊下の先に老婆が立って待っていた。横から見ると、老婆はかなり背筋が曲がっているようだった。若い頃は、けっこう長身だったのかもしれない。そんなことを烏輪は考える。


「こちらの部屋で、おくつろぎください」


 そう言った老婆の前には、鉄製の親子扉があった。

 だが、老婆はその扉を開けることもせずに、すぐ奥へ去ってしまう。とりつく島もない。


(夕子さんのこと、聞きたかったの……)


 陽光も同じ事を考えていたのか、烏輪と目が合い苦笑する。

 とはいえ、到着したばかりだ。あわてることはない。まずは休憩したい。そして体調を万全にして、この「除霊会」という集まりの内容も確認し、場合によっては特部に報告しなければならない。


 烏輪も陽光も、常に特部の命令で動く社員として「専任契約」したわけではない。人手が足らない時に手伝うという「補助契約」と、自らの仕事の後始末を依頼できる「支援契約」をしただけである。しかし、問題行為を見つけた時の報告義務は負っている。


 逆に言えば、報告さえすればいいことになる。仕事として請け負わないかぎり、危険を冒してまで、その問題行為の解決に勤める必要はないのだ。

 だから、本当ならばそれほど頑張ることはないのだが、今回は少し事情が違う。もしかしたら、賞金を得られるかもしれない。


 今回の招待状を譲ってくれた相手は、その賞金で裕福な生活をしているのだという。

 陽光という強い味方がいる以上、自分たちにも望みがあるはずだ。家に半額を入れたとしても、大変な金額が自分たちの手元に残る。


(まずは、兄様と服でも買いに行くの……)


 今、着ているのは、白い花柄の入ったピンクシャツに、前当てがなく胸元が大きく開いた肩紐のあるダークブルーのサロペット。膝の下までの丈で、少し膨らんだズボンには大きめのポケットが付いている。

 このサロペット、兄が「かわいい」と言ってくれたので気に入っているのだが、これ一本しか持っていない。色違いで、あと何本か欲しかったのだ。

 それに兄とペアの鞄も欲しいし、兄と同じモデルのスマートフォンも欲しい。それに次の休みに二人で旅行も……。


「烏輪?」


「――ほむ!?」


 兄の声に、烏輪は我に返る。

 老婆に案内された扉の前に立ってから、しばらく妄想の中にいたらしい。

 兄に心配そうな顔をされて、烏輪は赤面しそうになりながらも「なんでもない」とごまかす。

 訝しげにしながらも、陽光が扉に手をかける。

 冷たそうな扉の向こうには、人の気配。


「じゃあ、開けるよ」


 深く頷いた烏輪は、扉の横で身構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る