第13話:訪れる者(二)
その集団には、男性が七人。そして、女性が二人混ざっている。年齢は、ほとんどが二〇才前後だろうか。もしかしたら、一〇代後半もいるのかもしれない。こう言ってはなんだが、こんな田舎の山で作業しているなら、烏輪はもっと熟年層を想像していた。
さらによく見ると、作業着だと思っていた黒い服は、どうやら軍服のようだった。帽子と胸には、濃い赤の弾丸模様が入ったワッペンをおそろいでつけている。
(ほむ。となると背負っているのは、まさかライフルケース?)
「ああ。えーっと……あれだね。サバイバルゲームだったかな?」
「ほむ?」
陽光の言葉に、烏輪は小首をかしげる。
「
「……戦争ごっこ?」
烏輪は目を丸くして、改めて近づいてくる黒服を見た。
やはり、どうみても烏輪より年上の男だ。二十歳前後だろうか。鋭い目つきに、やや鋭角的な輪郭をしている。帽子から不規則にもれる髪がどこか都会的ではない。
クラスメイトの男の子たちが、はまっている遊びと言えば、普段ならカラオケ、定番のスキーやサーフィンなどのシーズンスポーツ、スマートフォンのゲーム、それにパソコンのオンラインゲームなどだ。
パソコンで銃撃戦のゲームをしているというのは聞いたことがあるが、実際にサバイバルゲームをやっている、身近な人間を彼女は知らなかった。
「戦争……殺し合いごっこ……」
「烏輪。別にそういうわけでは……」
陽光がそういったのと同時に、近づいてきた黒服が運転席を覗きこんだ。
白夜はすぐに窓ガラスを開けて、「こんにちは」と声をかける。
すると、気さくな感じで「こんにちは」と黒服も返してきた。
「いい車ですね」
そして黒服は、運転席のメーターの方を一瞥した。
「いろいろいじってあるようで」
「いや。暇つぶし程度の趣味だよ」
白夜と黒服の会話を聞いていた烏輪は、どこか肩すかしを食らう。戦争ごっこをしている大人なんて、きっと変人に違いないと思っていたのだ。いきなり銃を向けてきたりするのではないかとまで、妄想していたぐらいである。
「ところで、こんなところで止まって……どうしましたか?」
「ああ。このあたりに、何か大きな建物はないかな?」
「それは、あれ……かな?」
黒服が、山頂付近を指さすので、全員で車を降りてみた。
すると、彼の指さす先の木々のすき間から、コンクリート色をした建物の片鱗がうかがえた。
「ああ。たぶん、あれかな。ありがとう」
「いいえ。……それだけですか?」
「え? ……ああ。そう言えばあなたたちは、そこで何をやっていたんです?」
白夜がちらりと残りの黒服たちの方を見る。
よく見ると、彼らの中心には強い霊力を発する小さい灰色の像が立っていた。それを囲むようにして、黒服たちは集まっていたのだ。
「あれは、
「道祖神?」
思わず烏輪は聞きかえす。
すると、黒服が烏輪に視線を合わせて愛想良く笑った。烏輪はどこかで見たことがある笑顔だと思うが、それがどこでだか咄嗟に思いだせない。
「道祖神ってのは、道中の安全祈願の像でね。実は地元の人たちに、『道祖神様を掃除してくれるなら、この山で少し遊んでいい』と言われてるんだ。俺たちは、サバイバルゲームをやっているんだけど、ホームグランド……要するに決まった遊び場所をもっていなくてね。その上、なかなか遊びを理解してもらえないから、貸してくれる人も少ない。そこで掃除とかする代わりに、場所を借りているんだ」
「……ほむ。それは場所を貸してくれる人なんているはずないの」
平坦な口調ながらも、烏輪は嫌悪を口にする。
「殺し合いごっこなんてして楽しいの? ごっこでも友達を殺して、楽しいの?」
烏輪は、黒服の話を聞いているうちに思いだしたのだ。
その笑顔が、あの日――早苗を斬った日――のエスソルヴァの試験官が見せた、作られた笑顔と似ていたことに。
……違う。
似ていたのは自分だ。
早苗を刺すために作った笑顔。
そして、その後に兄に見せた笑顔。
偽物の笑顔……。
烏輪は、なぜか無性に苛立ってしまう。
横で陽光が止めてくれるが、感情のざわめきが落ち着かない。
いつも冷静でいられるようにしているはずなのに。
見ず知らずの人に当たっても仕方ないはずなのに。
理屈よりも、感情が動く。
出会ったばかりの子供から、こんな嫌味を言われても崩れない偽の笑顔。そんな目の前の二枚目面が、よけいに苛立たしくて仕方がないのだ。
「サバイバルゲームが、人殺しゲームだと言いたいのかな?」
「銃を持って人を撃つ戦争ごっこ……なの」
「じゃあ、剣道をやる人たちは、みんな人斬り殺人鬼だね」
「……剣道はスポーツ」
「だって、もともと剣術は、真剣で人を殺す術でしょう?」
黒服の態度は、あくまで冷静だった。
もしかしたら、こういうことを言われなれているのかもしれない。
「屁理屈。剣道はルールもちゃんと合って、目的も健全な――」
「サバイバルゲームにだってルールはあるよ。それに目的だって他のスポーツと同じように健全だ。君が不健全だと決めつけているだけだ」
「でも、銃は……」
「人を斬る真剣が形を変えて竹刀となり、ルールの中で競い合うスポーツになった。じゃあ、人を撃つ実銃が形を変えて
言葉を烏輪が失っていると、横から陽光が「烏輪の負けだよ」と肩を叩いてくる。
わかっている。言われたことは、その通りだ。筋は通っているし、こちらが言っていることは一方的な偏見だ。
いや。そもそも八つ当たりなのだ。
「……失礼なことを言って、すいませんでしたなの」
やっと冷静になった烏輪は、深々と頭をさげた。
横で陽光も一緒になって頭をさげる。大好きな兄にまで頭をさげさせて、自分は何をやっているのだろうと、激しく烏輪は自責する。落ちついて考えれば、こんなことでむきになることはないはずだ。
「いや。気にしないでください」
頭をさげる二人に、笑顔を崩さず黒服が応じる。その態度のどこにも、怒りや憎しみなど感じない。本当に言われたことを気にしている様子がない。
(ああ、そうか……)
この作られた笑顔は、理解されない自分たちに少しでも好意を抱いてもらおうとする努力なのかもしれない。
烏輪は、そう思い直す。
「マイナーなスポーツだから、理解されにくいのです。だから、こうやって地味な努力もしているわけで。ただ、今日の掃除は大変そうだ……」
「あはは。そりゃあ、掃除をしながら歩いて登るんじゃ、大変だろうね」
場を和ますように明るく言う白夜の同情に、「ああ、そうか。確かに大変ですね」と陽光もできるだけ明るく同意する。
それに応じるように黒服も「でも、いい訓練になりますよ」と、ただ笑って答えたのだった。
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