第二章 ~承~

第一節

第12話:訪れる者(一)

 その近くに、駅などなかった。しかし、車でも大変である。烏輪の自宅から、三時間以上はかかるのだ。そのため昼食を早めに終わらせ、一三時ごろに出発した。


 最初は緑の山々を遠目に楽しみながら、高速道路を約一時間半。ここまでは快適で、烏輪はちょっとしたドライブ気分を味わっていた。

 ところが残りの下道。そこからが辛かった。国道から県道、さらに街並みが消えた道を越えて山道に入った。

 目的地は、海抜四〇〇メートル程度の山らしい。ただ、周りを囲むように、さらに小さな四つの山が連なっており、目的の中央の山に辿りつくには、一つだけある、山道を抜けなくてはならない。


 白夜の白いスポーツセダンは、つい先ほどその道に入った。

 二車線がぎりぎりある程度の幅で、所々にひび割れがあったり、ガードレールが壊れていたりと、整備の行き届いた道とはとても言えない。しかし、白夜は車を器用に操り、その走りにくそうな道を勢いよく走り抜けていく。

 景色が目まぐるしく流れていき、体は左右に大きく揺すられた。扉についていたアシストグリップに掴まっていたが、烏輪は自分の体が振り子になるのではないかと思ったぐらいだ。


 その揺れに我慢できなくなったのか、助手席の陽光ようこうが、バケットシートのヘリに捕まりながら、運転席に声をかけた。


「白夜さん。飛ばし過ぎじゃないですか」


「そうかな」


「そうですよ。初めての道なのに、よく飛ばせますね」


 運転している本人は、あまり怖くないのかもしれないが、慣れない同乗者は何倍も怖さを感じるものだ。

 特にバケットシートではない、体を固定できない後部座席の怖さは酷いものだ。


「……それほど、飛ばしているつもりはないんだけどね」


 車の速度が、すっと落ちる。

 やっと烏輪うりんもひと心地がついた。白夜の車に乗ったのは初めてだったが、まさかこんなに荒い運転だとは思わなかった。普段、物静かな雰囲気の白夜からは想像できない。

 酔わなくて幸いだと思いながらも、後部座席にいた烏輪は前座席に声をかける。


「こんな山奥にある会場って、誰かの別荘なの?」


「どうだろうね。だとしても、かなりの変わり者だろうね」


 白夜が一応は返事をするが、もちろん烏輪とて彼が知らないことはわかっていた。


 もう、周りに家一軒見えない。山の麓を回ると大回りになるために四方山よもざんを横切るように作られた山道は、本当に地元の人たちの通過地点でしかないのだろう。自然は見事に残っているが、山に囲まれた道筋だ。これといって絶景が見えるわけでもなく、名物らしいものもない。


 せっかくの休日に、なんでこんな場所にいるのだろうと、烏輪はかるくため息をもらす。本当なら兄と楽しく出かけるつもりだったのだ。しかし昨日、それは阻まれた。

 学校から帰ると、従兄の白夜がすでに自宅にいたのだ。そして烏輪は、兄の陽光と共に父親の【太陽やまと】に呼ばれて、早々に白夜からの話を聞くことになった。





「二人とも久しぶりだね」


 一年ぶりに再会した白夜の一言目はそれだった。人当たりの良さそうな笑みは、久々でも変わらない。白夜は陽光とどこか雰囲気が似て、やはり整った顔立ちをしている。ただ陽光に比べて、線が太く、肌の色もそこまで白くはない。そのため、陽光よりも男らしいイメージが強い。それに八つほど年齢が上であることもあって、烏輪から見れば大人の男という感じであった。


「実は【小烏丸こがらすまる】を探している途中で、妹の夕子を見たという情報を得たんだ」


 白夜の話に、烏輪は思わず陽光と顔を見合わせてしまう。

 一瞬、夕子が小烏丸の盗難に絡んでいるのではないかと思ってしまったのだ。


 しかし、それは杞憂ですんだ。情報収集中に、たまたま夕子を見たという話を聞いたのだそうだ。白夜が小烏丸を探すのと同時に、写真を持って妹捜しをしていることは知っていた。ならばありえる話だろうと、烏輪は納得する。


 ちなみに【小烏丸こがらすまる】とは、七藤家に伝わる神宝の太刀である。


 これは一般的に知られる、平家一門の家宝で、現在は皇室御物として国立文化財機構で保管されているものとは別物だった。ただ伝承的には似ており、霊獣・八咫烏やたがらすが七藤家に与えた物だと言われている。


 そして特段の決まりがあるわけではなかったが、慣例として七藤家では代々宗主が、それを受け継ぐことになっていた。


 しかし、約一年前。

 陽光が一六となり、太刀を受け継ぐ儀式の前に、それが盗難にあってしまったのだ。現宗主の【七藤 太陽】が、引き継ぎのために刀を清めの蔵へ預けた直後であった。厳重な結界が張られた清浄の地に、何者かが侵入したことになる。


 その盗まれた小烏丸の探索に、名乗りを上げたのが白夜であった。


 彼ならば、実力も問題なかった。厳重な結界を破り盗んでいったであろう術師を相手でも、やり遂げると思われた。同じ実力者でも、まさか現宗主や次期宗主に探索をさせるわけにもいかない。適任と言うことになり、長老会でも白夜が任につくことが簡単に承認された。


 そのことについて、烏輪は白夜に尋ねたことがあった。

 なぜ自ら受けたのか……と。

 なにしろ、小烏丸は宗主の証にも等しい。それを宗主になれなかった者が、宗主になる者のために探索役になるのは、どこか屈辱的ではないのかと思ったのだ。


 しかし、白夜の答えは意外だった。 曰く、「仕事があった方が気が紛れる」とのことだった。失踪から一年間捜しても、妹は見つかっていない。彼も疲れていたのかもしれない。


「除霊会というのが、あるらしいんだ」


 そんな白夜が、懸命な探索の中で拾った話は、これまた不可解なものだった。

 なんでも、異能力者の力を高額の賞金を餌に競い合わせる、趣味の悪い会が開かれているというのだ。たまたま小烏丸の情報を持っていた男が、その会に参加しており、その会場で夕子を見たと教えてくれたのだという。


 そして次回の除霊会にも招待されていたその男から、白夜は招待状を買い取った。前回を何とか生き残って賞金を得ていた男は、また危険な目に遭うよりも、確実な小金をもらうことを選んだらしい。


 もちろん、そのことは白夜にとっては朗報だったわけだが、一つだけ問題があった。

 その会の開催日が明日の土曜日だった。そして同日の夜に、小烏丸が船で海外に運び出されるという情報も同じく得ていたのだ。

 それは、一年間追ってきた小烏丸を取りもどす千載一遇のチャンスである。


 白夜にとって、妹は大事な存在だ。

 しかし、小烏丸探索は、自ら名乗りでた大事な勤めだ。

 そこで彼が小烏丸の確保に行くかわりに、陽光に夕子の手がかり探索をお願いしに来たのだという。


 無論、陽光は快諾し、父・太陽もそれを許した。ただ、太陽は武器の都合上、烏輪も同行して兄を手伝うようにとつけ加えた。また、現地へは車がないと行けないため、白夜が自分の車で自宅から送ってくれることになった。





 そして今――土曜日の夕方――に、力強いエンジン音を轟かせながら、白夜の車は針葉樹のトンネルをくぐっている。


 烏輪は、車に詳しくない。しかし、この車が【スカイライン】という車だと言うことは知っていた。なんでも非常に速い車で、陽光は「白夜さん、走り屋みたいだよ」と言っていたのは覚えている。

 ただ、烏輪はこの車の目が好きじゃなかった。それに今ひとつかわいくない。


 その白いスカイラインは、長かった木々のトンネルを抜け、一〇〇メートルほどの山麓と山麓をつなぐ橋を渡る。

 下には、清麗さがただよう水面に緑が映えた川が流れ、そこだけは景勝と言えた。

 その短い風光を過ぎると、すぐに分かれ道が現れる。

 白夜はそこで車を左折させる。


「白夜さん。この道でまちがいないんですか?」


 陽光の問いに、白夜が「うーん」と低く唸って見せる。

 白夜も確信があって曲がったわけじゃなかったようだ。そう思い、烏輪は呆れる。なにしろ、曲がってからすぐに舗装道路ではなくなったのだ。

 私道に入ったのか、砂利が少しだけ敷かれた道になる。街灯もない。こんなところに入りこんで、戻れなくなったらどうするのだろう。


「たぶん、ここだと思う」


 白夜の口調は、いつもどおり落ちついて……というより呑気そうな雰囲気だった。


「ナビも、このあたりの地図がないから、方向しかわからないけど……。あれ? あんなところに人がいるね」


 白夜に言われて、烏輪もフロントガラスの向こうを見つめる。

 すると道の左横。山側の側道というより、木々と草むらの中に一〇人近くの影が見えた。

 全員が全員、黒い服に黒い帽子を着けている。すでに日は傾きはじめている中で見ると、それは本当に影が立っているかのようだった。

 黒い作業服で黒いリュックを背負って、さらに長細い釣り竿か何かのケースを肩にかけていた。


「地元の人かな。ちょっと道を聞いてみようか」


 白夜がそう言って、手前で車を左に寄せて止まる。

 すると、それに気がついた黒服の一人が車に近づいてくる。

 最初、烏輪は木々の伐採でもしている、作業員の人たちかと思った。こんな所で作業服を着ているのだから、そうに決まっていると。


 しかし、どうも様子がおかしかったのだ。

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