第56話:妖刀使い(二)
夕子のやわらかい言葉に、烏輪はさらに「これなら」と希望を持つ。
話し合いでなんとかなるかもしれない。
自分も夕子の事は、好きなのだ。
斬りたくなんてない。
だが、そこで夕子の表情が変わる。
「でもね、それ以上に白夜お兄様が好き。お兄様には長年の希望を叶えて、なんとしても宗主になってもらいたいの!」
「夕子さん……」
「だから、小烏丸を使った。抜刀しなければ本来の力は発揮できないけど、山野の作った装置を安定させるぐらいの力なら、鞘に入ったままでも効果があるとわかったのよ」
「ほむ。……もう退けない、の?」
「退けないし、退くつもりもない!」
言霊に、夕子の意志を感じる。
強く結んだ唇、まっすぐに貫く視線、そして向けられた村正の剣先が、彼女の覚悟がとうに決まっていたことを示していた。
ならば、烏輪も覚悟を決めなくてはならない。九天が言った通り【切】の極意が「覚悟」ならば、夕子はその部分においては悟りを開いていることになる。ならば烏輪とて、同じように覚悟を完了させなければならない。
「悪いけど、この結界内にいる人間を誰も生かして帰せない。烏輪ちゃん、あなたも。そして――」
村正の剣先が、部屋に入ってからずっと無言だった九天に向く。
「――予定外の来訪者であるあなたと、そのお仲間たちも!」
刃からだけではなく、夕子の全身から無数の刺を思わす気が、九天に向けられる。
いわゆる殺気と呼ばれるものだ。
こめられた「殺す」というメッセージが、魂に届きそうなぐらい鋭く強い。
「――ったく。存在を忘れられたのかと思ったよ」
だが、九天は不敵な笑みで、その殺気を受け流す。
その態度は、烏輪の予想通り。とは言え、ここまでのれんに腕押しだと、単に鈍いだけではないかと思ってしまう。
「つもる話もあるみたいだから、終わるまで待ってやったけど、俺にとって理由はどうでもいい。ただ、仕事を片づけさせてもらうだけだ」
「強気ね。でも、それは無理よ。あなたは、ここで私に殺されるし、あなたのお仲間も少々やるようだけど、魑魅魍魎が跋扈するあの森を抜けて逃げることは不可能よ」
「おめでたいな。逃げるつもりなら、最初からここに来ないだろう。それにあいつらは強いし、俺もここで死ぬつもりはない。一般人、舐めてると痛い目に遭うぞ」
そう言って、九天は手にしていたショットガン【BB・一二】の銃口を夕子に向けた。
いつの間にか、その銃のバレル上下部には、まるで忍者の使う
九天はそれを夕子を向けながら、挑戦的にかるく揺する。
もちろん、その相手を睨む明眸に迷いをまったく感じない。
引き金にかかった指が、ほんの少しでも動けば、その銃口から火……ではなく、霊気が吹くだろう。
しかし、九天はまだ指を動かさない。
いや。動かさないでやる……と、九天の一瞥が語っていたのだ。
烏輪の覚悟を待っていてくれていると。
「夕子さん、ラストチャンスなの。降参してください、なの。二対一。夕子さんに勝ち目はないの……」
「二対一って言っても、そっちの一人は一般人じゃない」
「その一般人の実力は、夕子さんもわかっているはず、なの」
そう。先ほど一戦交えた夕子にはわかっているはずだ。
九天の技術は、夕子を圧すことができる。それに加えて、烏輪も戦う。
この状況下の判断ができない夕子ではない。
「確かに。本当にいろいろと想定外の一般人よね。でも、こちらもまだ本気を出していないのよ!」
右手で斜めに構えた村正の棟に、夕子は左手を添える。
そして、叫ぶ。
「我、切に求める力の名、其は【村正】! 持ち手を狂わせ、血肉をすすり、霊気を呑みこみ、天上を地に落とす。汝、伝説の妖刀よ、目覚めよ!」
夕子の願いは、周囲の気を震わせた。
それに呼応するように彼女に握られた小刀は、赤黒い光を放って飴細工のように伸びていく。
柄頭から下地の鮫肌、柄巻まで柄はすべて黒。鍔までも黒で飾り気はなく実用本位。
そこに映りこむ
実際、そこまで烏輪には、村正の様子など見えてはいない。夕子との距離は、七~八メートル離れているのだ。刃文まで確認できるわけがない。
しかし、夕子と村正から放たれる【切】のイメージが、烏輪にまでひしひしとその姿を伝えてくるのだ。
目で見るよりも鮮明に。
(本物を使うとは、こういうこと、なの……)
通常と違い、夕子の唱えた呪文は細部を表さずに伝承的イメージだけを語っていた。
それなのに、できあがった【切】の顕現化度は非常に高い。
烏輪の持つ【七鞘】の一本である鬼丸の模造刀も、【切】を発動したときに、ただの模造刀と比べればまったく別物の強さを見せる。姿形を似せただけでも、これだけ顕現化率を上げられるのだ。
逆に形は違えど、本物の魂が宿る刀となれば、その効果は比類ないものとなるということなのだろう。
「こいつは、驚きだ……」
そう言った九天の言葉から、出会ってから初めて緊張を感じた。横目で様子をうかがうと、ゴーグルの横に手を当ててなにやら操作をしている。
「村正……ってより、あの女と村正の霊力が一つになって、とんでもない数値になってやがる」
「彼女は、村正に操られ始めているの。それはすなわち、彼女自身が村正という鬼となるということなの」
「……なるほど、納得だ。人間の癖に、あのランクAでも下っ端だった、風船頭の鬼以上に霊力が高いぜ」
「それでも……斬る!」
烏輪は、噛みしめるように言葉を吐いた。
また親しいものを斬らなければならない。
家族、親族ならば、よほどのことがなければ鬼に憑依されることもないはず。だから、斬ることはないと思っていた。
だが、自ら望んで鬼になるのではどうしようもない。
「我、切に求める力の名、其は【
すでに練っていた霊気をキーワードと共に模造刀に叩きこむ。
瞬間的に反応し、【
いつもと同じ輝きと、いつもと同じ霊力……納得のいかない出来。
それは、つまり心の底から覚悟ができていない現れなのか。
だが、それでも刃を交えるしかない。
「行くぞ!」
「ほむ!」
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