第57話:妖刀使い(三)

 九天の言葉に応じて、烏輪は床を思いっきり蹴るように走りだす。

 その最高速の走りを右後ろから、丸い弾丸が数発抜いていく。

 目の前で弾の間で風の刃が結ばれる。


天つ雲居あまつくもい!」


 夕子が村正を左下段から斬りあげるように、きっさきを天に向ける。

 巻き起こる霊気の刃が数メートル先の弾丸の刃を下から撥ねあげる。

 その隙を烏輪は狙う。


清風朗月せいふうろうげつ!)


 左横斬りから、返す刀の二段斬り技。


「――あまい!」


「――!?」


 しかし、返された村正の刃で、烏輪の一段目はとめられていた。

 普通なら間に合うタイミングではなかったはずだ。

 しかも、両手を添えての横斬りだというのに、夕子は左手のみで受けとめている。


 それだけではなかった。


 受けとめられた次の瞬間、動いていないはずの刃が激しい力で弾きかえされる。

 危うく鬼丸を手放しそうになるが、それはなんとか持ちこたえた。

 しかし彼女の体は、まるで鬼丸に引きずられるように背後に持っていかれる。


(これは、第三章三節・金剛不壊こんごうふえ……あんな一瞬で、次の術の霊力を……)


 刹那の思考も許さず、夕子が迫る。

 崩れた姿勢が戻せていない。


 だが、割りこむ横からの弾雨。


 気がついた夕子が村正を縦振りにすると、霊気を伴う風が巻き起こり、実弾なみの威力を持つBB弾も簡単にあしらわれてしまう。


(あれは【風振る領巾かぜふるひれ】……また連続して術を……しかも速いの)


 烏輪や夕子の使う【切】という術を含む【七刀神道流剣術しちとうしんとうりゅうけんじゅつ】は、基本の剣技の他に霊力利用する剣術が存在する。

 その技術を記した指南書には、第三章に霊的近接術があり、第四章に霊的遠当て術があった。

 基本的に第三章、第四章の術は、ある一定量の霊力を刃にこめる必要がある。従って、そうそう連発できるものではないのだ。さらに言えば、遠当ての四章の術は、近接の三章の術よりも必要な霊力が多い。

 ランクBの陽光でさえ、三章の術二つに四章の術一つの組み合わせまでしか連続で放てない。


 それなのに夕子は、四章、三章、四章と剣を振り、さらに今まさに四章の術を放とうとしている。


「――五月闇さつきやみ!」


 夕子の腕がまるでスプリングのように反復して動き、高速の七連突きが生まれる。

 狙いは、一〇メートル離れた九天。

 通常ならば当たらない距離だが、この技は第四章の遠当て技だ。

 村正から放たれた、鋭く尖った霊気の矢が次々と飛んでいく。


 だが、九天は退かなかった。

 むしろ向かって走り、次々と飛来する見えない矢を瞬息で身をそらし、横飛びし、数発の弾丸で撃ち落とす。

 未だかつてこの技をこのように避けたものなど、烏輪は見たことがない。


 そして間髪入れず距離を詰めると、今度はショットガンで横から斬りつける。


 突きから上段にふりかぶっていた夕子。

 だが、九天の方が速く、思わず一歩飛び退く。


 九天の攻撃範囲を見切り、間合いを開けすぎない距離をとった。

 そして夕子は、また踏み込んで反撃をする……つもりだったのだろう。


 しかし、九天が振り下ろしたショットガンは下までふりきられず、夕子の正面でとまる。


 九天の武器は、刃であり銃だ。


 慌てて夕子は、村正を眼前で構える。


 同時に放たれる、大量の弾丸。


 三発同時発射のショットガンながら、フルオートで撃てるのが強みらしい。

 確かに近距離で、ばらまかれた弾丸の効果はてきめんだった。

 上半身に向かった弾丸は村正に威力を吸われてしまい、夕子の半人鬼となった身にあたってもダメージにはならない。

 しかし、下半身に向かった弾丸は、威力を残していた。

 夕子の太ももや足首に、一〇発近くがヒットする。


「あっ! うぐっ!」


 夕子が低く悲鳴をあげながらも、上段から村正を振りおろす。


 その威力で霊気をまとった旋風が巻き起こる。


 裂けるために距離を取る九天。


 夕子が放った【五月闇】から、ここまでわずか数秒程度の攻防。

 本来ならば、九天は続けざま攻めたかったところだろう。

 しかし、村正の陰の霊気は、すでに妖気や邪気である。

 それに触れるだけでダメージとなる。

 今は深追いしないという判断は正しい。


「なるほど……」


 距離を取った九天が、夕子を警戒しながらも烏輪に一瞥を送る。


「前に戦ったときもそうだったが、村正の霊気を吸う力は常時発動ではない。しかも、吸いこむには、距離と時間がある程度は必要か」


「ほむ」


 それは烏輪も気がついた。


「それにから、霊力をこめた【気爆弾】の効果がこれだけあるってことは、確かに今は人よりも鬼に近いらしい」


 彼女から感じる鬼気、そして尋常ならざる力。それは、人外の域にある。それに今もつけているゴーグルにも、夕子を鬼と判断する表示がうっすらと出ていた。

 しかし、それでもまだ、彼女は人に戻れる位置にいる。ぎりぎり、彼女は彼女の意志で戦っている。だからこそ、鬼の力を使いながらも、剣術も使えている。


「じゃあ、ボクからも一つ。彼女の霊力はほぼ、無限」


「……どういうことだ?」


「彼女は多分、村正を通して、あの穴とつながっているの。つまり、霊気で満ちた世界である、黄泉から霊力を得ているの」


「――ったく。凄い反則技チートだな、それは」


 その九天の困惑で、夕子が嬉しそうに鍔を鳴らす。


「すごい、すごい。烏輪ちゃん、正解よ。……おかげでわたしは術を出し放題」


「まあ、当たらなければいい話だ」


 そう言いながら、九天はショットガンを背中に戻す。

 代わりに持ったのは、2丁のハンドガン。

 そして、挑発するように銃身を夕子に振ってみせる。

 もしかしたら彼は、ただの怖いもの知らずなのではないかと、少しだけ烏輪も思ってしまう。

 だが、彼はそんな無駄なことはしないはずだ。

 つまり……。


「……ただの人間が、生意気!」


 鬼の力を得た夕子は、一呼吸で九天との間合いをつめる。

 村正が踊るように、右へ左へと九天に襲いかかる。

 九天はそれを銃につけた刃で受け流し、銃口マズルのスパイクで受けとめ、時には蹴りを繰りだして刃の側面を弾く。それの戦い方は、銃というよりもトンファーでも持っているようだ。

 しかも、そのトンファーの射程は長い。

 突然の足下への斬りつけにも、まるで先読みしていたように銃弾を放ち、器用に刃の側面に当てて弾きかえす。


 だが、なかなか九天は、決定的な攻めに転じられていない。それは相手が悪かったのだろう。

 本来、九天の戦い方は、スパイクで刃を受けて、そのまま気力を込めたBB弾を撃ちこんで刃を破壊する戦い方のようだった。実際、彼は何度かそれを試している。

 しかし、今の妖刀として覚醒した村正は、霊力ばかりか、生命力ともいえる気力までも吸い始めている。そのために、弾丸の威力が殺されてしまって弾くのが精いっぱいなのだ。

 しかも、あまり長い間、近くにいると、気力を吸われたうえに、邪気を受けて力が入らなくなる。だからと言って距離を離すと、技を使われやすくなる上、九天に弾の威力が弱くなる。

 ダメ押しに、攻撃の力が尋常ではない。鬼の力を得たせいで、男の九天が完全に力負けするぐらいだ。


「しねぇ!」


 九天がバランスを崩した瞬間だった。夕子の勝ち誇った刃が振りかざされる。


「――はっ!」


 だが、それこそが狙っていた隙だった。

 夕子の死角から、烏輪は鬼丸を走らせる。

 一瞬、「卑怯」という言葉が脳裏に浮かぶが、これは尋常な勝負ではない。鬼退治なのだ。


「――くっ!」


 夕子が慌てて身をよじる。

 すんでのところで致命傷を避けられてしまうが、左上腕に刃がかする。


 さらにそこへ、九天の銃弾と刃が襲いかかる。

 辛くもそれを村正で受けるが、その隙にまた烏輪は斬りかかり夕子の横腹を浅く斬り裂く。


「――ちっ!」


 舞う血しぶきを残して、夕子が飛び退く。

 そして、片膝をつく。


 黒い服を濡らす液体は、致命傷ではない。しかし、もう普通ならまともに戦えないダメージだ。

 しかも、鬼丸には鬼を滅する力がこめられている。制御できる程度の鬼の力で回復しようとしても、それは上手く発動しやしない。


「……夕子さん。もう、降参してください、なの」


 烏輪は刃をさげて、夕子を見つめる。


「ボクは、夕子さんを斬りたくないの……」


 懸命に想いを伝えようとした。

 瞳に、言葉に、自分がどれだけあなたと戦いたくないかわかって欲しいとこめたつもりだった。

 いつもの淡々とした口調だったが、それでも精一杯がんばった。


 しかし、返ってきたのは嘲笑だった。


「多少、剣の腕は上がったけど、あなたはまだ子供ね……」


 夕子は立ちあがりながら、嘲笑から少しずつ発憤していく。

 眉がつり上がり、眉間には皺がよる。

 美しい顔が、怒りにまかせて歪んでいく。


「斬りたくない? 自分がやりたくないことをわたしに訴えて……そんなあまえたことが通ると思っているの?」


「…………」


「わたしはね、白夜お兄様の為に命をかけているの! どんなことでもやる覚悟ができているのよ!」


「か、覚悟……」


 烏輪はその迫力と、九天にも言われた「覚悟」という言葉に萎縮してしまう。


「そんなわたしに、あまえたことを言っているんじゃないわよ!」

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