第三節

第18話:謀る者

「わかっているな! この実験が成功すれば、世界のエネルギー情勢は一気にひっくり返る!」


 意気揚々と、【山野やまの 直紀なおき】は部下たちを鼓舞するように語った。

 部下たちの高揚も、山野に負けてはいない。口々に「その通りです」と熱く語りはじめる。


 ここまでたどりつくのは、天才と呼ばれる山野でも一五年かかった。いや。山野だからこそ、一五年で済んだと言うべきだった。今日の実験に成功すれば、過去の常識を覆し、未来を大きく変える研究成果を得られる。それだけ革命的なことだったのだ。


「強制認識位相空間遷移システム、霊圧七〇パーセント。陰陽ベクトル正常。ノイズクリア。道反ちがえしシュヴァルツシルト面変動確認……常世の地平面が発生しました!」


 コンピューターモニターを凝視していた部下の言葉に、周りから歓声が上がる。

 目の前の巨大モニターに映る映像には、この建物の地下実験室の様子が映っていた。そこには無数のアンテナのようなものが、中心部に先端を向けて円を描いている。そのアンテナの先、円形の中央には靄のような闇が、形を刻一刻と変えながら動いていた。

 それをこのモニター室にいる一〇人ほどが、固唾を呑んで見守っている。

 すなわち、究極のエネルギーが生まれる瞬間を。


「安定率五〇パーセント」


「現世側の霊圧を上げろ。霊道の安定率を九〇パーセント以上にしなければ、向こうから霊力を吸いとれない!」


 山野は指示を次々と出していく。


 もう少しだ。もう少しで夢が叶う。

 科学的に認められていなかった霊力を電気的エネルギーに変えることで証明する。それを彼は実現できた。

 それには運の要素もあった。彼に提供された、【道反ちがえしの玉】という物質があったからこそできたことだ。


 しかし、それだけではスポンサーたる親会社は喜ばなかった。

 いや。電気的エネルギーに変換されるというこの現象が、あまりにも魅力的すぎた。発表する前に、うまく実用化できれば、会社は世界のエネルギー市場を牛耳ることも可能になるだろう。


 だが、それには大きな壁があった。


 そこらの霊力を集めても、ボタン電池ほどの電力も得られないのだ。これでは画期的なこの発見も、実用性が全くない。

 たとえ世紀の発見や発明でも、何とか利益に結びつけるまで発表しない。それどころか、下手に発表して、他の企業に利用アイデアを奪われたくない。奪われるぐらいなら、発表せずに研究成果ごと闇に葬るべきだ。

 そう考えるのも、企業としてはあり得る話なのかもしれない。


 そしてそれは、現実になろうとしている。

 現在まで多額の資金を投入し、これ以上の資本投資はできないと宣告されてしまったのだ。

 研究中止はしたくない。それには、成果を上げるしかない。だから、山野はなんとかして、この発明を実用的にしなくてはならなかった。

 それも、早急に。


 問題の原因は単純だった。

 霊力が足らないから、発生できる電力が少ないのだ。

 ならば、霊力の尽きぬ場所から霊力を供給してやればいい。そしてその場所・・・・の情報は、【道反の玉】を提供してくれた者からからもたらされた。そこへ道をつなぐヒントまでも一緒に。


「博士。すでに霊力コンバーターの稼働限界値の九〇パーセントですが、安定度が八〇%程度にしかなりません」


 しかし、届かない。

 トリガーとなるべき霊力の量が明らかに足らないのだ。一五年かけても届かないのかと、気持ちが急いた。


「稼働率を上げて霊圧を可能な限りあげろ。最大まであげるんだ!」


「しかし――」


「やれ!」


 山野の命令で限界まで働かされた実験器が、靄のようだった闇を球形にする。


「安定度九〇パーセントです!」


 部下の声に、山野がまた「よし!」と答えた――途端だった。

 闇が弾けるような映像と共に、目の前のモニターが真っ黒になった。


 そして、地下から爆発音が響く。

 さらに激震。


 強化壁で囲まれた実験室だから、外部に爆発の被害が出ることはまずないだろう。

 しかし、そこにあった実験器具は全滅しているはずだ。


(しっ……失敗……したのか……)


 がっくりと山野は肩を落とした。

 ここまで成功したのに。

 もう予算がないというのに。

 なんと運がないことなのか……。


 しかし、彼の本当の不幸は、この後に起こってしまった。


 そこからの記憶は、ほとんどなかった。


 わずかにある記憶は、多くの部下の悲鳴、血しぶきまみれの壁。


 その中で抱き上げた、全身の力が抜けてしまった愛娘の体。


「魂を抜かれてしまったようですな……」


 自分を救ってくれた、どこから現れたかわからない老坊主の言葉。


 そして、自分への怨嗟をこめた、血を吐くほどの叫び声だった。





「博士、博士……」


 自分を呼ぶ声に、山野は目を開けた。

 そこは、モニター室だった。薄暗い中で、いくつもある画面の光だけが煌々としている。

 だが、さっきまでのモニター室とは違う。もっと狭くて暗い。そしてその場に、多くの部下もいない。

 いるのは自分と、自分を起こした老婆の姿だけ。

 革張りのオフィスチェアから体を起こし、目の前のテーブルに両肘をつくと、両手で頭を抱え込む。

 そして、また夢で記憶をたどっていたことに気がつく。


「すまん。眠っていたようだ……」


 まったく手入れをしていない長い髪と髭、そしてやせ細った顔で、山野は自分を起こした老婆を見る。


「お疲れですから……」


 嗄れた声の老婆に、山野は苦笑する。


「なに。今日で望みは叶う。疲れなど……」


「はい。そのことですが、参加者は一時間ほど前に全員そろいました」


「そうか。君の招待客もきているのだね」


 老婆がゆっくりと、しかし深くうなずく。

 その口角だけをぐいっと釣りあげながら。


「ならば、ゲームを開始するとしよう」


 椅子に深く座りなおした山野は、晴れやかな顔を見せた。


「これで私の……そして、君の願いもかなうわけだな」


「はい、博士。ところで、さっきのあの者たちは、本当によいのですか?」


 不安そうな声色の老婆に、山野は不敵に笑って見せる。


「かまわんよ。すでに十分だが、生け贄が増えるのは、余裕ができていいことじゃないか」


「しかし、邪魔しに来た者とも……」


「だが、坂本村さかもとむらの者達が、雇った者達なのだろう?」


「はい。数日前、村人が噂しておりました。しかし、ちょうどこの時期に……」


「坂本村の者達が、我々のことに気がつくことなどないだろう。それにだ。霊能力系の異能者は、霊力の漏れを隠せない。だから、霊力反応が既定値以下だった奴らは、霊能系異能者じゃない」


「しかし、超能力者だったりしたら……」


「超能力者は、霊能力者よりも数が少ないのではないか。奴らが、そんなに簡単に見つかるなら、我々も苦労しなかった。霊能力系ばかり集めていると思われぬよう、ダミーの超能力者を捜すのに苦労したではないか」


「そうですが……」


「加えて、霊気に関与できる超能力者は、一〇パーセント以下しかいない。ならば、あいつらが全員、超能力者などありえんだろう。もちろん、半分が超能力者で半分が一般人などというパターンも考えられん。足手まといにしかならない一般人をそんなに連れてくるわけもない」


 そこまで言って、山野はリラックスするように首をかるく回した。

 ごりごりと首をならしながら、言葉を続ける。


「それにだ。試しに調べてみたら、そっち・・・では有名人らしいぞ」


「え?」


 山野がテーブルの上にあったリモコンを操作すると、壁に掛かっていた大きなモニターに、パソコンの画面が映り出される。

 そして中には、とあるウェブページが映し出されていた。

 その画面を見た老婆は、肩の力を抜いてかるく息を吐きだす。


「……なるほど、そのようで。万が一にも邪魔をされてはと、気にしすぎたようです」


 納得した老婆に、山野は深く頷いてみせる。


「いや。そのぐらい気にすべきだ。我々はこの二年間、この日のために手を組んだのだから」


 山野は、再び瞼を閉じて二年前の出会いのことを思いだす。


 そしてその時、改めて誓った、大事な宝である娘の事を。




 母親を早くになくしてから、男手一つで育ててきた。実験がどんなに忙しくても、彼は娘にかける時間を必ずとった。親の都合でこんな不便な場所に越してしまったが、少しでも娘のためにと毎日、通学は必ず自分が送っていった。

 そんな生活は確かに大変だったが、「ありがとう、パパ」と毎日、娘が言ってくれるだけで苦労などなんでもなかった。


 ある日。

 娘が「パパ、おつかれさま」との手紙と一緒に、夜食のおにぎりを作ってくれた。

 それは本当に形も悪く中身もない、塩辛いおにぎりだった。


 次の日。

 娘に同じく手紙で「おいしかった」と書いたら、また夜食におにぎりを握ってくれた。

 それからはよく作ってくれたのだが、だんだんと形がよくなり、具材も入って味もよくなった。

 そして、みそ汁やちょっとしたおかずまで添えてくれるようになった。

 それはまるで娘の成長そのもので、初めてみそ汁が出た時には、泣きながら呑んでしまったぐらいだ。


 ああ、これからどんな成長をしてくれるのだろう。

 娘は今度、もっと練習しておいしい料理を作ってくれると言った。

 そんな娘に何をしてやれるだろう。



――いいよ、パパ。研究を頑張ってね。



 一〇才の誕生日に、どこにも連れて行けずにすまないと謝った時のことだった。そんなしっかりとしたことを言ってくれる娘をどんなに誇りに思ったことか。



――ああ。もちろんだよ。パパは頑張る。お前のためにも。だから、またパパにおにぎりを作っておくれ。




 そうだ。失敗は許されない。

 これが最後のチャンスなのだ。

 手塩にかけて育てた愛娘の人生は、これからなのだ。

 それをなんとしても取り返す。


 山野は目の前のマウスを操作して、大きなモニターに映像を表示する。

 そこには、今回のゲームの参加者たちの姿がある。


 いや。生け贄の姿だ。


 もう、ほぼ霊力は足りている。

 今回のは霊力の予備を確保することと、目の前の契約した老婆の目的を達するための儀式だ。

 山野はヘッドセットを手に取り、そのマイクのスイッチを入れた。


「やあ、参加者諸君。待たせたね。ゲームを始めよう」

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