第17話:刑事と異能力者(三)

 しばらくして入ってきた二人の異能力者は、やはりどう見てもただの少年と少女だった。見た目に変わったところはない。那由多によると、高校二年と一年らしい。


 陽光という男の子は、紺のジャケットにワイシャツというおとなしい雰囲気。

 それに対して烏輪という妹の方は、かわいらしい吊りズボンをはいたカジュアルな出で立ちだ。


(兄貴の方はまじめそうだな。妹のファッションは、普通にいいセンスだ。ファッション雑誌とか読んでいそうだな……。しかし、なんだ、あれは?)


 おしゃれな女子高生の持ち物としては、明らかにおかしい物を烏輪という少女は持っていた。いや、引きずっていた。それは、黒くでかい円筒形の金属ケースに見える。


「あれは、彼らの武器なんよ」


 那由多の説明はそれだけで、どんな武器なのかは教えてくれない。あとのお楽しみだと言うその態度は、まるで三村を思いだしイラッとする。


 ただ、それがなんの武器にしろ、彼らは武道を嗜んでいるはずだ。正しい姿勢と安定した重心、ときたま見せる足運びと、ふとした瞬間に浮かぶ筋肉のライン。

 それは、普通の高校生とは違う。


 神剣を呼ぶという術の【切】。ということは、二人は剣道でもやっているのだろう。ならば、あの中には刀でも入っているのかもしれない。

 本当に入っていたら銃刀法違反だが……。


 そんなことを考えながら、柳は那由多と二人の前に立った。


 明らかに、二人の顔に緊張が浮かんでいる。そして、身構えている。こんな場所で知らない大人が近づいてきたなら、普通の反応だろう。

 しかし、反応は普通としても、二人から感じる気迫はとても普通とは言い難い。


(な、なんだ……。そこらの組長よりも迫力あるぞ)


 柳が想像していたように、ちやほやと育てられたのではないようだ。それは少なからず修羅場を知っている者が放つ、独特の雰囲気でわかる。目の前にいるのが、とても高校生とは思えない。

 なるほど、那由多が強いと言っていた意味がわかる気がした。


「初めまして」


 敵意がないとわからせるように、那由多は漆黒の双眸を細く弓なりにし、やわらかく口角をあげて見せた。


「あたしは那由多。それにこちらは柳禅りゅうぜんって言うんよ」


「那由多……さん?」


 名前を復唱した陽光の緊張が少し弱まる。


「うん。先日、うちの恒河沙こうがしゃが世話になったね、陽光くん」


「あっ。じゃあ、やはりあなたも、と――」


 那由多の人差し指が、陽光の唇にかるく添えられる。

 すぐに察した陽光が、目配せで理解をしたことを示した。

 そして唇に当たった感触に気がついたのか、少しだけドギマギとした若者らしい態度を見せる。


「し、失礼しました」


「いいんよ、いいんよ。でも、噂はよく恒河沙こうがしゃ阿僧祇あそうぎから聞いていたけど、会うのは初めてやね」


「そうですね。お二方とはよく仕事をしましたが、三人衆の那由多さんだけとは、なぜか機会がありませんでしたから」


「そうそう。だから今、悔しい思いでいっぱいなんよ。実物もこんなにきれいな子やなんて……ああ……ああぁ~! たまらんよ!」


「えっ!?」


 突然、那由多の両手が、敵を捕らえるクワガタのハサミのように、瞬息で陽光を捕らえた。


「――うぷっ!」


 陽光の体が勢いよく引きよせられ、那由多の豊満な胸に顔から埋もれさせられてしまう。


「う~ん。めっちゃ好み! もっと早くから逢えていたら、もっと仲良くなれていたかもしれな――」


「な・に・し・て・る・ん・で・す・の」


 静かな怒声と共に、クワガタのハサミが力尽くで押し広げられる。


「お、およ?」


 妹の烏輪だった。彼女はクワガタから獲物を救出すると、その体を守るようにしがみつきながら距離をとる。

 そして真っ赤な顔をしながら、那由多を威嚇していた。今にも髪が逆立ちそうな勢いでフーフーと唸る姿は、まるで餌を守る猫のようだ。


「あらま。お兄ちゃんっ子なんねぇ」


「ボクは、悪い虫が兄様につかないようにしているの」


「烏輪。失礼だよ」


「でも、いきなり抱きつく……あっ。兄様、もしかして嬉しかったの?」


「……え?」


「まんざらじゃない、みたいな顔してるの」


「えっ。そ、そんなことはないよ。僕はただ……」


 怒っているはずなのに淡々とした口調と、くりっとした瞳の上目づかいの烏輪に責められ、陽光は顔をひきつらす。


「仕方ないんだよ、烏輪ちゃん」


 おもしろそうなので、柳も会話に割りこむ。


「男はみんな女性の胸が好きなんだ。本能的にね」


「い、いや。そんなことは……」


「……兄様?」


 烏輪に貫くように見つめられ、陽光がまた赤面して慌てだす。

 柳は、ここでだめ押しをする。


「男はみんなそうさ」


「ちょっ――」


「ほむ。やはりそうなの……」


 烏輪の視線が、自分の胸に行く。


「それならきっと、大きい方がいいの……」


「いやいや。そんなことはないよ。バランスや形も大事だよ。きっと君の兄さんもただ大きいのより形がいいのが好きさ」


「ほむ。兄様、ホント?」


「えっ、あ、それは、だからその……」


「それに烏輪ちゃんみたいな娘は、将来はスタイル抜群のかっこいい女性になるよ」


「ほむ。ボクがかっこいい女性に……って、なぜ、ボクの名前を?」


「ああ。挨拶はまだだったね。さっき紹介されたけど、ここでは【柳禅りゅうぜん】。那由多さんのお手伝いさんだよ」


「お手伝い……あっ」


 烏輪がその意味に気がついたのか、陽光と顔を見合わせた。


(……頭の回転もいいな)


 柳の人間観察は止まらない。今、彼の脳内観察日記には、どんどん赤字で修正が入れられている。いろいろと二人は予想外なのだ。


「ともかく、男のロマンの話はおいといて、そろそろ仕事の話でもしようか。変に注目もあびちゃっているしね」


「あ……」


 すっかり周囲の視線を集めていることに気がついて、兄と妹は身を小さくする。


「まあ。ただでさえ、陽光くんは注目の的なんよ」


「僕がですか?」


 那由多の言葉に、陽光が不思議そうにかしげる。


「うん。なにしろ、この会合に来ている中で、身分を偽っているあたしを除けば、唯一のランクBなんよ。他はみんなランクC」


「…………」


 陽光が少し考えこむ。

 そして、さっきまで動揺していた顔つきとは別人のような眼光を見せて開口する。


「僕たちは、どうやら情報交換した方がよさそうですね」


「さすがさすが。わかってくれてうれしいんよ」


 那由多と陽光はさらに壁際に身を寄せた。

 その様子を見て、柳は思わずしみじみと声をもらしてしまう。


「おもしろいなぁ」


「何が、なの?」


 その独り言を烏輪に拾われた。

 柳は彼女を一瞥してから、その兄の方にも視線を向ける。

 そして人差し指を立てる。思考が巡り、指が揺れる。


 妹はくりくりとした双眸だが、兄の方は切れ長の二重。

 二人は性格も見た目もかなり違うが、普通とは違う空気を同じようにまとっている。

 しかし、話してみると普通の子供にも見える。

 これらの事実は自分の予想と、ことごとく違う。


「君たちがさ。いろいろと違っていて」


「違う?」


「そう。なんか確かに変わっているんだけど……普通だったりもしてね」


「…………」


「……ん?」


 柳の言葉に、烏輪が静かに俯く。

 その横顔には、どこか寂しさが浮かんでいた。

 柳は自分の言葉をふりかえる。失言したのかと慌てるが、何も思い当たらない。


「どうかした?」


「――じゃ、ないの」


「え?」


「普通じゃないの。普通になんてなれないの、ボクたちは……」


 そう言い捨てて離れる彼女の背中が、なにか続きを語っている。

 なにかを訴えている。

 なにかを拒絶している。


(……なるほど。僕にはまだ見えていないものがあるってことか)


 きっと、それを見なければならない。

 柳はなぜか、そう思った。

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