第48話:壁を越える者たち(二)

「無理……ってのは、どこからなんだ?」


 九天の質問返しに烏輪は小首をかしげる。


「ほむ? どこからとは?」


「俺たちは今の力を得るために、命がけで戦ってきた。それは言い方を変えれば、無理をしてきたということかもしれない」


「ほむ」


「でも、今のおれたちは、それなりに戦えている。つまり、無理ではなかったということだ。俺たちにとって、命がけでやればできることは無理じゃない。無理ってのは、どんなにがんばってもできないことだ。……まあ、こいつがあったおかげだけどな」


 九天が手にしたショットガンを前に掲げた。

 それに対して、烏輪は意を得たとうなずく。


「ほむ。なるほど」


 しかし それは烏輪が知りたい答えではない。

 そうだ。烏輪は知りたいのだ。

 烏輪は背筋を伸ばし正座したままで、九天にまっすぐと尋ねる。


「なら、質問変更。どうして命がけでこちらの世界に踏みこんだの?」


「それは――!?」


 九天が反応してふりむくのと、ほぼ同時だった。

 烏輪も冷たく突きささるようなそれを感じて、瞬間的に手にしていた模造刀を下から斬りあげるように閃かせる。



――キンッ!



 高い金属音と共に、刃に手応えと嫌悪感を残す。

 経験が警告をならす。


「我、切に求める力の名、其は【鬼丸おにまる】!」


 【切】により変化した刃に強い神力が宿る。

 すぐさま、宿って残っていた嫌悪感たる邪気を振りはらわれる。

 神々しいまでに光を返す刃に、一点の曇りもない。


(…………)


 それを確認してから、床に転がった飛翔物に目を移した。

 それはレストランどころか家庭でもよく見かける、ただのカトラリーのナイフ。

 もちろん、人を殺すための道具ではない。

 戦闘用のアーミーナイフなどに比べれば、殺傷力はかなり弱いだろう。

 つまりこれは、刺殺のための攻撃ではない。


(呪殺の刃……)


 わざわざ邪気を纏わせて、物陰から投げてくる。そんな攻撃をそこらの鬼が仕掛けてくるとは思えない。しかも、殺意は確実に自分に向いていた。すなわち、自分を狙っている人間がそこにはいるはずだ。

 だから、烏輪は飛んできた方に向かって問うた。


「誰、なの?」


「あなたが今のを避けられるとは、思いもしなかったよ」


 まず、嗄れた声が届いた。

 そしてそれに続くように、ホールを覗ける二階に続く階段の踊り場に紫のフードをかぶったシルエットが階段の影から、ゆらりと揺れるように現れる。

 目元は隠れているので見えない。だが、皺だらけの口が妙につり上がって笑っている。

 それは、館に入ったときに案内してくれた老婆だった。


「釣れてくれたか……。この小娘が、逃げると思って慌てたか?」


 九天が挑むように前にでる。

 それで悟る。【流弾】はこの老婆をおびき寄せたかったのだ。


「……【流弾ストレイ・ブリット】……あなたたちも、本当に予想外だった」


 嗄れた声は、九天に問いは答えなかった。

 しかし、響く舌打ちは返事に等しい。


「ウェブで見たけど、あなたたち戦争ゲームで有名人なんでしょう? なんでも九人で四九人もの敵を倒して伝説になっているそうじゃない。しかも、一人も倒されず。……だからと言って、まさか鬼の相手まで、できるとは思わなかったね。なんでそんな有名人が、こんな所に頭を突っこんで……いるの!」


 言い終わると同時に、老婆の腕が疾風のように振られる。

 またもや飛翔するナイフ。

 今度は、四本。

 ターゲットは、烏輪と九天。

 が、いくつかの聞き慣れた発射音が、それを素早く阻む。

 弾かれたナイフを見て、老婆が舌打ちする。


「……ふざけた一般人がいたものね」


 その老婆の感想には、烏輪も同意する。

 ナイフを迎撃したのは、もちろん【流弾】のメンバーだった。

 悠然と不敵に笑っている九天以外、全員が銃を構えている。

 霊力により強化されたプラスチックの弾が、金属のナイフを弾き落としたのだ。


 さらに【流弾】の弾幕が老婆を襲う。


 だが、こちらの弾幕も老婆に届くことはなかった。

 勢いよく飛びだしたプラスチックの弾は、すべて途中で突然失速し、そして老婆の前ですべてがボタボタと落ちていった。


「――なんだ、あれ?」


「吸ったぞ……」


 これにはさすがの【流弾】にも、動揺が走る。

 いつの間にやら、老婆は小刀を左手で縦にかざしていた。

 その刃が、まるで吸引口になっているかのように、プラスチックの弾から霊気を一瞬で吸い上げてしまったのだ。


 しかも、それだけではない。

 猛々しく放たれる陰の気が、近寄ろうとするものを拒むように放たれている。

 その意志は、いわば命の否定。

 その存在は、いわば一匹の妖怪。


(妖怪と化した刀……まさ、か……)


 異様さに圧倒されていた烏輪だったが、性質からある名前が一つ浮きあがった。まさか、まさかと思いながらも、しかしそれしか思い当たらない。


「ほむ。……まちがい、ないの。あれ、【千子村正せんじむらまさ】」


「……それって、ゲームなんかにも良く出てくる、妖刀と呼ばれる、あの村正のことか?」


「ほむ。それ」


 九天が短く「げっ」ともらす。


「なるほど強そうだな……。おい、ゴーグルつけとけ」


「ほむ。了解」


 言われて先ほど受けとったゴーグルを烏輪もつける。

 すると瞳に映るいくつかの情報。もちろん、敵の霊力の強さも見られるが、烏輪にとってはむしろピンと来ない。むしろ必要なのは、共闘し慣れていない仲間の情報だ。

 横でやっと九天が銃を左手で抜く。それを注視すると、すぐに説明が出る。


――G18C:グロック18C/気爆


 だいたいの使い方も、BB弾の概要も事前にざっと説明は聞いていた。これで彼らがどんな攻撃をするのか予想がつく。


「しかし、村正とはなぁ……」


「ボクも、現物を見たのは初めてなの。でも、見ての通り、とんでもない霊力」


「――ってか、あれ本物なのか?」


「え?」


 九天の質問に、烏輪は気を張りながらも視線を投げる。

 対して九天は、グロックのマガジンを変更しながら答える。


「確か……真偽は定かではないが、一般的に村正って徳川家に仇をなしたことに使われたから、妖刀と呼ばれただけで、こんな特殊能力はもっていなかったんじゃないのか? 妖刀村正伝説みたいなものは、後世で語り継がれてできあがったものだろう?」


「あっ……」


 そうだ。その通りだ。

 九天の言うとおり、【千子村正】ではなく【妖刀村正】は、後世の伝説や今で言うゲーム等、人々の想いが創りあげた形だ。実際、たとえば東京国立博物館が所蔵している【勢州桑名住村正】が、霊気を吸いとったり、妖気とも言うべき陰の気を発したりしているわけではない。


 もちろん、今まで表舞台に出なかっただけで、本当に妖刀と化した村正もあるのは確かだ。しかし、そんな可能性が低いことを考えるより、烏輪は「伝説の村正」を実現する方法をよく知っているのだ。


(だとしたら、誰が……。まさか……そういえばさっき……もし、そうなら……)


 烏輪の頭の中で、突然一人の名前が浮かぶ。

 その仮定がスイッチだった。

 それを当てはめることで、いろいろなことの辻褄が合っていく。

 今までぼんやりと疑問に思っていたこと、違和感の答えが瞬間的に埋まっていく。


 だが、同時に強く否定する。

 そんなわけがない。

 あるわけがないんだ。

 あってほしくない。


「本物の妖刀の前では、オモチャはオモチャ。あなたたちに私を撃ち抜くことはできないよ」


 老婆の声が、気のせいか若返って聞こえた。いや。それどころか、音吐朗々おうとろうろうとしてきている。


「しょせん、無能力者など敵ではない!」


 老婆が軽々と階段から、異常なほどの跳躍でホールの上空に躍りでる。

 その頭上に振りあげた村正の軌道は、まっすぐに九天の脳天を狙っている。


(――まずいの!)


 霊気を吸う村正相手に、彼らの弾丸に霊気をこめる【気換銃アウルガン】では対抗できない。

 もし少しでも斬られれば、そこから邪気が入りこみ、耐性のない一般人などすぐに呪殺されてしまうだろう。

 あれに有効なのは、邪を打ち祓う神剣。

 だから、烏輪は九天の前に出て、鬼丸を半身で構えようとした。


 しかし、烏輪は足をとめてしまう。

 烏輪が踏みこむより速く、九天が銃を構えていたのだ。


「撃ち抜けないなら、撃ち斬る・・・・までさ」

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