第49話:壁を越える者たち(三)

 言うやいなや、九天はグロックを横なぎにふり、老婆へ引き金トリガーをしぼる。

 フルオートで横並びに放たれたのは、霊力のないBB弾・・・・・・・・

 代わりに気力が、そのままこめられていた。もちろん、それだけならばただの威力が強いBB弾である。

 しかし、またもや予想外のことが起こる。

 こともあろうか、横並びに連射されたそれは、すべて気力というエネルギーで一体化していたのだ。


「――なにっ!?」

 

 それはまるで、見えない一振りの刃。

 老婆は慌てて、受けるために小刀を斜めに振りおろす。

 小刀のしのぎで受けるも、しのぎきれず老婆は空中で押し返される。


「くっ!」


 老婆の体は、空中であおむけになるも軽やかに空転。

 そして見事に足から着地する。そしてすぐさま、こちらへ剣先を向けて睨んでくる。


 その動きは、老いた人間としては驚嘆する。しかし、烏輪にはそれよりも別のことに驚愕を隠せない。


「物理攻撃をも弾く濃密な気力……」


 見たことのない力に、烏輪は目を見張る。確かに目の前の小刀が吸いこむのは霊力。単純な気力は吸いとることはできないのだろう。しかし、そんな莫大な気力攻撃など見たことがない。中国拳法で言う発勁や遠当てなど目ではない。


「なにあれ、なの……」


「あれは、BBよ」


 思わずもれた呟きに答えたのは、やはり背後にいた副隊長の望だった。


「ほむ。BB?」


 彼女は銀縁のメガネを神経質そうに直しながら言葉を続ける。


「そう。【Blade of Bullets】、略してBB。隊長のいくつもある通り名にもなっています。ちなみに私が命名した正式な技名は、【九天技くてんぎ流弾刃りゅうだんじん】よ!」


「ほむ……。副隊長さんが命名したの?」


「ええ。隊長はそういうところに無頓着なので。名前があった方がカッコイイでしょう?」


「ほむ……まあ……うん」


 確かに伝承などする場合、名前は便利である。烏輪が身につけている【七刀神道流剣術しちとうしんとうりゅうけんじゅつ】にもすべて名前がついている。しかし、理由は決して「カッコイイ」からではない。


「ともかく、莫大な気力と緻密な気のコントロールができる隊長ならではの技です」


「技って……もうそのレベル超えているの。なんと言うか、異能力者と言っていいのでは、あの人……」


 烏輪の思わずこぼれた感想に、なぜか望が少し優しさを含んだ微笑を見せた。


「ええ、そうよね。確かに、隊長は凄い。でも、それでもやはり一般人なの。優れた道具がなければ、いくら隊長でもこんな真似はできやしない。……だから、頼みますよ、烏輪さん」


「ほむ……頼むと言われても……」


 本当にこの男に手助けはいるのだろうかと、烏輪は思ってしまう。

 さすがにあの気力攻撃は力を使ったのか、呼吸は少し乱れている。しかし九天は、【切】を使う者たちにとって禁忌と言われる村正らしき妖刀を相手に、まったく攻撃の手を緩めていない。


「ブレット・セット、速疾そくしつ!」


 今度は右手で金色まじりの【ハイキャパ・ホークアイ】を抜き、ゴーグルの横に銃のグリップをかざす。


――「HE:速疾そくしつ:0/9」


 九天が行った情報が、烏輪にも伝達される。

 それは、術の実行。

 そのまま彼は天井に向かって、横一列に連射する。



――オン ラ キシ ヤ ジ ハタ エイ ソハ カ



 見事に等間隔に配置される梵字のスタンプ。


――「HE:速疾そくしつ:9/9:アクティベーション」


 天井に刻まれたのは、羅刹天の真言。

 それは光刃となり、老婆に向かって振りおろされる。


 だが、老婆は小刀で受けとめる。

 そして見事、光の刃を両断して見せた。


 いつの間にか背筋がピンと延びきった老婆の口許が勝ち誇るように歪む。


「やるな、あの妖怪ババア。【速疾そくしつ羅刹斬】を斬りやがったぜ」


 黒服の一人の驚嘆に、九天が答える。


「呪が成立して神仏の力になったとしても、霊力が元だからか弱まるな。――ったく。やっかいだな」


 そう言うと九天は、銃を【ストライクホーク】に両手とも持ち替える。

 肩から力が抜けた姿勢で深呼吸。

 その自然体から、ふわっと加速。

 さながら風に吹き飛ばされたかのように、老婆へ向かって走りよる。


 迎え打つ老婆。

 振りおろされる小刀。


 九天は、それをストライクホークの銃口部分にあるスパイクで受けとめる。


 カンッと鳴り響く金属音。


 つむじ風で舞い狂う落ち葉のように、小刀が右へ左へと打ちこまれる。


 そのたびに、九天は両手に持った銃のスパイクで器用に受け止める。


 何打目かの打ちこみを2つのスパイクで受けとめる。


 刹那、絞られる引き金。


 弾かれる刃。


 頭上に上がる老婆の腕。


 横に転がる九天。


 その隙を見逃す、流弾ではなかった。


 無防備になった老婆に浴びせられる銃弾。


「――うぐっ!?」


 ところが、老婆を襲ったのはペイント弾。


 ローブにズボン、そして靴にまで大量のピンクの斑点ができあがる。


「――ちっ! なんのつもり!?」 


 苛立ちを隠そうともせず、彼女が怒鳴る。

 その声はもうつくられていない。ただの若い女性の声だ。


「邪魔なのよ!」


「邪魔はそっちだ」


 すぐさま言い返したのは、不敵に笑う九天だった。

 彼はすばやく両手の銃をホルスターに戻すと、背中のショットガンを手にする。


「こっちは仲間を外に逃がした後、この小娘と共に、黄泉戸を閉じに行かなきゃなんないんだ。つまり非常に忙しい。だから……」


 九天が腰でショットガンを構える。それを合図に、【流弾】の全メンバーが一斉に銃口を彼女に向ける。


「消えててくれ」


「くっ!」


 一斉掃射による弾雨。

 銃弾は、村正を盾にする彼女の目前で落ちていく。それは先ほどの流弾刃に対抗するためだろう。霊力を吸うだけではなく、彼女もまた正面に気力による障壁を張っている。

 しかし、弾雨は止まない。

 気力の障壁は、長くは保たせられない。


「……ウザイ!」


 彼女が一度、大きく村正を大きく振りあげた。


「――!!」


 同時に、烏輪も前にでて剣を大上段に構える。


(第四章二節……)


風振る領巾かぜふるひれ!」


 霊気をこめた太刀筋が、空気を巻きこみ風を起こす。いわゆる、剣圧、剣風と呼ばれるものだ。

 それはまるで塊のようになって太刀筋の先へ、獲物を喰らうように飛んでいく。

 そして、相手が作った同じもの・・・・・・・・・・と正面からぶつかり合う。


 破裂する風。


 転がっていたBB弾を巻きこむ突風に、視界が奪われる。


「…………」


 烏輪が伏せていた顔を上げた時、もうそこに彼女の姿はなかった。

 気配も一切しない。

 今の一瞬で逃げたのだろう。


 いや。本当に逃げたのだろうか。

 もしここに現れたのが自分を殺すためだというなら、目的を果たしていないことになる。

 それなのに、この場から逃げてしまったというのだろうか。


(ほむ……違う。戦略的撤退。この男が、ああ言ったからさがったの)


 九天は、わざわざ目的を話した。

 彼と共に烏輪が黄泉戸を閉じに行くと。

 きっと彼女は、それを信じたのだ。


 兄を置いて一人で外に逃げ、救援を呼ぶという手もあるが、それまで兄が無事でいられるかは分からない。ならば、元凶を止めに行った方がよいと、烏輪なら考えてもおかしくはない。

 烏輪の性格をよく知っている彼女・・・・・・・・・・・・・・・は、そう考えたのかもしれない。だから、今は撤退したのだろう。


 もし、烏輪が迷宮を抜けられず、黄泉戸を開いた術の施行場所に辿りつけなければ、それはそれでよし。また、辿りついた時は、そこで待ち受けていればいいわけだ。なにしろ、その時には鬱陶しい【流弾】も、九天以外はいなくなっている。


(信じられないけど……動機はあるの)


 もうダメだった。烏輪の中で、老婆の正体は確定的だった。

 先ほどの剣風を起こした技も、太刀筋も自分と同じだ。

 この時点で思い当たる人物は、一人しかいない。

 だが、それを口にすることはできない。


(……もしかして、気がついているの?)


 横目で九天をうかがう。

 彼は、弾丸を装填しながら副隊長の望と話をしていた。


「ここまでは、いい感じですね」


 望の言葉に、九天が首肯する。


「さすが。いつもながらいい作戦だ」


「褒めて頂くのはうれしいですが、追跡用のペイント弾の効果はすぐに切れてしまいます。急いでください」


「ほむ? 追跡用?」


 横から割りこんだ烏輪に、九天が「そうだ」と答える。


「さっき、あのグルコサミンが豊富そうな、元気過ぎる老婆につけたピンクのペイント液。あれは特殊な液で、その中には人には感知されない微弱な電波をだすナノマシンがが含まれている。そいつは空気に触れると活動を始め、一定時間急激に中継体を作り始める。服にも靴にもついているから、生まれた中継体は床にこぼれて、痕跡を残してくれる。それを俺たちのゴーグルで追うことができる」


「ほむ。つまり、追跡装置」


 広角の片方を一瞬だけつりあげて返事をする九天に、烏輪は呆れたようにため息を漏らす。


「なにその、未来の世界の猫型ロボットも、びっくりな便利アイテム」


「たとえが、それかよ……」


「あなたの世代に合わせたの」


「そこまで世代は違わないぞ」


「ボクを小娘呼ばわりするくせに、なの」


「小娘なんだから仕方ないだろう」


「ところで、おじさん」


「おい。俺はこれでも、まだ二一だ……」


 九天のひきつった顔を見て、烏輪はちょっとすっきりする。

 名前を呼ばず、ずっと小娘と呼ぶ九天に腹が立っていたのだ。


「おじさんに質問があるの」


「――ったく。なんだよ」


「さっき、逃がしたのはわざと? 追跡するぐらいなら、どうしてなの?」


「だからお前は小娘なんだ。俺たちの目的を忘れたのか?」


「……術をとめることなの」


「そうだ。しかし、どこで術が施行されている?」


「それは上の方、だと……あっ!」


「そうだ。それはどこだ?」


「ほむ。そうか……」


 烏輪は右拳で左手の平をポンと叩いた。

 「上の方」と九天に言われていたが、それがどこなのか聞いていない。そもそも「上の方」と言っても、この空間では上に登ったからといって、「上の方」とは限らない。


 それにだ。

 九天が知っていると思ってついてきたのだが、九天がたとえその場所を知っていても、辿りつけるはずがないのだ。

 【流弾】が位置を割り出すために配置した端末は、建物内にも配置されている。しかし、それはあくまで彼らが歩いて来た場所だけだ。つまり、九天たちが迷わず進める道は、玄関からスタート地点の部屋の間だけになる。


「敵の目的が、おまえたちだと推測できたから立てられた作戦だ。今、あの老婆もどきはどこにいると思う?」


「……術の施行場所」


 それは、ついさっき自分で推測した事だ。きっと自分なりの標をつけて、術の施工場所に戻れるようにしているはずだ。そして万が一に備えて、そこで待ち伏せしているだろう。

 つまり、彼女の痕跡をたどれば、術の施行場所に辿りつけるわけだ。


「だからボクを囮にして、術をとめに行くぞと宣言して、ペイントして、わざと逃がして……なんて、周到……」


「このぐらいしなきゃ、俺たちか弱き一般人は、生き残れないからな」


「か弱き一般人……それ、異議ありなの」


「か弱いぞ、俺たち」


「まったく似合わないの」


「まったくって、全否定かよ」


「全否定」


「――ったく」


「くっ……」


 烏輪は最後に我慢できず少し吹きだしてしまい、咳払いして慌ててとりつくろう。

 そしてそんな自分に今度は赤面してしまい、それを隠すように背中を向ける。


 家族以外の前で笑ってしまったのは、何年ぶりだろうか。

 感情をなるべく抑える。他人に気を許さない。

 鬼を斬るためにそうしてきたというのに、笑ってしまった今の心地よさはなんなんだろうか。


(ほむ。ボク、安心しているの?)


 彼らといても心配しなくて済む。

 それどころか、彼らに親近感さえ感じてきている。

 そこに高い壁の存在なんて感じられない。


 だけど、それは持ってはいけない感情。

 彼らは、やっぱり一般人なのだ。

 憑かれれば、簡単に鬼と化す可能性がある。

 その時、彼らを斬れなくなったら困ってしまう。

 近づきすぎてはいけないのだ。

 また、あんな辛い想いをしたくはない。

 早苗の時のように……。


(でも……本当はボクも、壁の向こうに……)


 彼女の中に、どうしても消せない想いが生まれはじめたのだった。

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