第40話:流弾《Stray Bullets》(四)
静かに、しかし強い意志と嫌悪がこもった言葉を烏輪が放つ。
「人の命でゲームなんて許せないの」
「……いいや。こいつはゲームだ」
だが退くことなく、平然と九天は答える。
「さっき、俺たちの
「…………」
烏輪を始め、そろって言葉が出なくなってしまう。
その挑発的な目の色には、どこまでも自分を信じる強い意志がうかがえる。だが、それを裏付ける根拠――ランクAの鬼を斃せるほどの実力――を彼らはまだ見せていない。
いや。そんな実力があるわけない。烏輪たちは、そう考えているはずだ。
「ならば、なおさら、ここはボクと那由多さんが……」
「だから、犠牲者は増やしたくないんだよ。わかるか、小娘」
「……それはボクたちの力が及ばない、と言いたいの?」
「そうだ。お前らは邪魔だから、ひっこんでいろ」
「それって、死亡フラグって奴だぞ」
気力が少し回復し、何とか起きあがれるようになった柳は、ここでやっと口を挟めた。
「ほら。似たようなシーンが漫画やアニメで、よくあるじゃないか。偉そうに割りこんできた軍隊とか警察が、異能力者を見下しながら『俺たちはプロだ。胡散臭い奴らはさがってろ』とか言ってさ。最初のうちは好調に戦っているけど、中ボスみたいなのが出てきたら、いとも簡単にやられちゃって、異能力者に『ほらみろ』みたいに言われるシーン……あるだろう?」
「……はあ~?」
九天に脱力され、少し例えが悪かったかと柳は焦る。だが、あまりにもこのシチュエーションは、彼が好きな漫画にあったシーンを思い浮かばせるものだった。
もちろん、反対する理由は、それだけではない。
陽光たちがこれほど警戒する敵に、まったく未知数の彼らを戦わせるのはリスクが高すぎると考えたのだ。鬼退治という意味では、代々能力者の家系に生まれている真のプロである陽光たちのが信用度が高い。いくら強力な武器を持っていようと、黒服たちは一般人にすぎない。
「要するにさ、僕も嫌な予感がするんだよ。ここは、陽光君の言うとおりに……」
――スッボンッ!
それはかなり大きな音だった。まるでシャンパンのコルクを景気よく抜いた瞬間を思わせた。
非常に間の抜けた音だったが、最悪の状態を示す合図である。
鬼の頭が、室内に入っていた。
大きな風船のような頭を左右に、ぶらんぶらんと揺らしている。
その揺れを支える体は、頭に比べてかなり小さい。
つるつるとした真っ黒い表面で、四肢こそあるものの先端に向けて細くなり、手先や足先は存在しない。まるで
揺れが収まると、その巨大な頭を支えられないのか、傾げたままでこちらを向く。まん丸い黒目が、ぎょろぎょろと白目の中を泳ぐように動く。
鬼と言っても、その顔はまるでピエロを思い浮かばせる。白粉をかぶったような風船に、イラストのような楕円形の大きな両目と、丸く黒い鼻、そして大きく弓なりになった黒い線だけの口が立体感なく存在する。
その表情は笑顔のはずなのだが、見ていて穏やかな雰囲気は欠片もない。不気味さだけが、その顔貌から醸しだされている。
しかし、不気味なことは、それだけではなかった。
鬼の体は頭に比べて確かに小さいのだが、それは相対的な話だ。
実際には、
つまり、本当なら三メートル程度の高さしかないこの部屋に立てるわけがない。
頭だけでも、天井にぶつかってしまうはずだ。
(そのはずなのに……どういうことだ?)
いい加減、非常識にも慣れたし、驚くのも疲れた柳だった。
だが、これにはまさしく
なにしろ、部屋に天井がなくなっていたのだ。
つい数秒前まで、LEDライトが埋め込まれたクリーム色の天井が存在していたはずの位置には、新たに虚無の空間が数十メートルの高さに渡って広がり、その上を深い霧が蓋をしていた。
しかも、その霧は不気味にも発光している。
部屋の中は薄暗くなったが、その明かりが視界を困らないぐらいには確保していた。
さらに不気味なのは、なぜか部屋の周辺の壁が、その深い霧まで伸びていることだった。霧の中は見えないので、いったいどこまで伸びているのか見当もつかない。しかし、それはまるで最初からそういう壁だったかのように、当たり前に存在していた。
「
九天の問いに、黒服メンバーの女性の一人が反応する。
「ちょい待ち!」
【
その画面には、何やら魔法陣のようなものが映し出されている。柳が見てもそれがなんなのかよくわからなかったが、二つは洋風、そしてもう一つは仏教の曼荼羅に似ていた。
さらに彼女は、一台の一〇インチはあるタブレット型コンピュータを手にしていた。それをまるで周囲の写真でも撮るかのように操る。
そして、彼女は烏輪と似たショートヘアを揺らしてふりむいた。
「うん。違う!」
得た結論を口にするまで、問われてから数秒しかかからなかった。
「映像整合確認。空間の歪み確認。やっぱ幻術じゃない。これ、【
「思ったより進んでいるな。早めに片づけるか。全員戦闘準備」
そう言うと九天は、周囲の変化に戸惑っている烏輪たちを無視して、鬼に正面から歩みよっていく。
「さて……と。流れ弾に、気をつけろよ」
最後の言葉は誰に言ったのか、異常な威圧感を放った。
柳でさえわかる。
彼を包む空気が、急激に重くなった。
それは先ほど柳が受けた、思わず跪きたくなる威圧感とは桁違いだ。
敵対する者、すべてを押しつぶしてしまわんばかりの力だ。
そのあまりの威圧感に、烏輪どころか那由多や陽光たちまで筋肉が緊張したように微動だもできずにいる。
柳などは口を開くどころか、呼吸することさえままならない。
そして、その威圧感は、巨大な頭の鬼にも影響していた。
鬼が笑顔を崩し、顔の半分ぐらい口を開けた。大小乱れたのこぎりのような歯を見せながら、咽喉の奥から「オウオウ」という轟然とした声音を吐きだす。
その白目が、急激に赤く染まっていく。
血が体内から染みだしてくるかのようで、あっという間に黒目の周りが真っ赤に染まる。
それは、「怒り」だと柳は感じた。人間のような小さな者が、自分を威圧することなど許さない……そんな感情を感じる。
さらに変化は続く。
膨らんでいた顔が急激にすぼみ始める。
それに呼応するように四肢が膨らみはじめ、形を変える。
黒い表面がまるでゴムのように伸縮する。
まず、脚ができあがった。
肉づきが良く、巨体をしっかりと支えるのに適した太さとなり、足先も生まれている。
どのように立っていたのかわからなかった先ほどまでとは違い、特大の足先は、底上げされていた床を踏み抜き、二階だというのにまるで地に足をつけているようだ。
次に腕ができあがる。
相撲取りの胴回りよりもありそうな上膊、筋肉のように黒い表面が盛りあがった下膊、そして大人を一人を包みこんでかるく握りつぶせそうな掌がついている。
人型に近くなったと言えるが、その四肢と頭は胴体に比べて異様なほど魁偉だ。黒いスーツで包まれたような四肢で仁王立ちし、こちらを威嚇する。
その不気味な巨躯を見ていると、確かに人間、ましてや無能力な自分など、卑小な存在に思えてくる。
とても敵うとは思えない。
だが、同じ無能力のはずの九天とその仲間――【
「狙いは?」
「首」
九天の短い返答に、望が首肯する。
そして副隊長らしく、彼女は声を張りあげる。
「アサルトチーム、弾倉を対魔BB弾に換装。標的をお座り! スナイパーチーム、弾倉は封呪BB弾に換装。詠唱開始直後にお黙り! ちゃんとしつけておやりなさい!」
【流弾】の動きは迅速だった。まるで事前にそう決めていたように、九天を中心に左右に展開する。
すぐさま弾倉交換を行って、小銃やライフルをそれぞれ構える。
中にはテーブルの上にライフルを寝て構える者もいる。
そのすべての
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