第41話:流弾《Stray Bullets》(五)

 リーダーとして余裕のある態度を見せるようにしていたが、だからと言って九天は油断など絶対にしない。

 鬼か悪魔か知らないが、この手の形を変えられるタイプはなおさらである。今まで九天が戦ってきた中でも、動きが読みにくい相手であることはまちがいない。

 だからメンバーが準備している間に、彼も抜かりなく急いで準備する。


「ブレット・セット、光明」


 九天の呟きをゴーグルにつけられたマイクが拾い、同じくゴーグルにつけられた網膜照射型ディスプレイに「光明:0/24」という表示が出る。

 確認後、左胸からガバメントベースのカスタムハンドガン【ハイキャパ・ホークアイ】を取りだす。黒のボディに金色のトリガーとバレルをもち、真っ赤な照星フロントサイトを装備する少し派手なモデルだ。しかし、命中精度は非常に高い。

 そのグリップをゴーグルの横に近づける。すると、銃のグリップ内とゴーグルが近距離無線通信NFCを行い、一秒ほどでディスプレイの表示が、「HE:光明:0/24」に切り替わる。


 さらに斜めに背負っていたショットガンを抜き取る。真っ黒なストックからバレルカバーまで一体成形のノッペリとしたデザインで、長いマガジンとハンドガードがつけられている。元は、米国のMPSミリタリー・ポリス・システム社が作った【AA・一二】というフルオートショットガンで、それを元にした電動空気銃だった。


 九天は、それを極端な近接戦闘CQB用にカスタムしてある。

 マズル部分は、そこを覆うように先がギザギザとなったスパイクが付けてある。さらに上部についていた、照準器サイトを取り外し、その代わりバレルカバーの上下にはオプションアクセサリー取りつけ用のスモールレールが装備されていた。

 そしてその上下のレールにつけられているのは、クナイのような形をした銃剣。それはスパイクを挟むように飛びでている。

 そのカスタム名は【BB・一二】。その全長850ミリ、重量にして5キロ以上はある。それを右手だけでしっかりと握る。


「ブレット・ベリファイ、BB・一二」


 彼の音声入力に従い、網膜照射型ディスプレイに「オン バ ヤ ベイ ソワ カ」と六文字の梵字が浮かぶ。

 それを確認直後、ちょうど副隊長の望が合図をよこす。


「――レディ!」


 その声を聞いた途端、九天は振りむきもせず走りだす。彼女が「レディ」と言ったなら、なにも疑う必要はない。あとの支援は、彼女と仲間を信じればいい。


 他の空間と繋がることを拒絶する、世界の保持機能が生んだ歪みである【迷宮化遷移ラビリントス・フェーズ】によって空間が歪み、気がつけば部屋は拡大されていた。すでに鬼との距離が一〇〇メートル近くも離れてしまっている。

 だからこそ準備する余裕もあったと言えるが、間合いをつめるのは一苦労だ。


 真っ直ぐに走り込み、距離を半分につめる。


 当たらない距離ながら、鬼が腕を横殴りに構える。

 ゴムのように伸びる鬼の腕は、まるで鞭。

 その先端についた巨大な手が、左方から九天を弾きとばそうと迫ってくる。


 慌てず引きつけて、九天はショットガンを放つ。

 ショットガンと言っても本物とは違う。

 このBB・一二から同時に獲物を襲うのは、たった三つのBB弾。

 しかし、その三つのBB弾にそれぞれ描かれた二つの梵字が霊力を放つ。


 できあがるのは、ひとつの真言。

 生じるのは、真空の刃【風天刃】。


 BB弾の間に生まれた不可視の刃は、鞭となった手首を見事に斬り裂いていく。

 切断された断面から、勢いよくコールタールのような液体が吹き出る。それはまるでホースの先から勢いよく出る水を思わす。

 さらに生ごみのような悪臭が、鼻孔から入りこみ嘔吐感を呼びおこす。

 だが、攻撃が有効なことは確認できた。


(――やはり!)


 通常は気爆系というBB弾をセットしている。こめられた霊力や気力が対象物に当たると爆発するように拡がるタイプだ。先の人鬼などは、そのタイプで基本的に撃ち斃した。

 しかし、目の前のはゴムのような体。衝撃には強そうだと判断し、広範囲を切断できるBB弾をセットしたのだが正解だった。


 だが、鬼もただやられてはいなかった。

 まき散らすコールタールの中から蠢き跳ねる、斬られた鬼の巨大な手。

 本体から切れても動くらしい。

 子供の胴ぐらいありそうな指についた、鏃のような爪がギラリと光り、あっという間に九天に追いつく。


 後方からあがる不安の声は、刑事か大女か。


 心配しすぎだと九天は苦笑しながら、ぎりぎりで身を捌き避ける。


 すれ違い様、ショットガンの先に付けられた苦無で斬りつける。

 無機質なウエットスーツのような肌が、すっぱりと裂けて赤黒い肉を見せる。

 さらに、飛び下がりながらトリガーを長めに引く。


 複数の風天刃が、手を細かく斬り裂いていく。


 目の前で飛び散る黒い飛沫を避けるように身を回し、今度は左手のホークアイで一発放つ。


(――スタンプ)


 当たったのは、鬼の足下の床。そこに梵字が浮かびあがる。ただし、それは普通の人間には見えない。九天もゴーグルがなければ、見ることができない霊気の文字標。

 網膜照射型ディスプレイに、その梵字が一二時の方向になるよう、薄い色で円が表示される。さらに円周上に二三個のポイントが追加。同時に「HE:光明:1/24」と表示が変わる。


 さらに距離をつめながら、ホークアイを二発放つ。


――「HE:光明:2/24」「HE:光明:3/24」


 その度に、網膜照射型ディスプレイの円周上にうっすらと梵字が並んでいく。


 唐突に鬼の口が何かを刻みだす。


 間髪を入れず、それを狙っていた後方のスナイパーチームから、霊力のこめられた弾が何発も飛び出す。

 こめられた気力で、ただのおもちゃでは届かない距離を高速飛翔し、その口を撃ち抜く。


 鬼の口から、呪文ではなく呻きがもれる。

 使用されたBB弾は、封呪弾。これでしばらく、鬼は呪文が使えない。

 その間にも、隙を見てはホークアイを放っていく。


――「HE:光明:4/24」「HE:光明:5/24」


 鬼が怒りの形相で踏み出そうとする。


 そこにパラパラという軽い音を響かせて、大量の銃弾の嵐が鬼の両膝を襲う。

 それは、九天の少し後ろから走りよってきていたアサルトチームの五名。

 彼らの放つ気爆弾は、音の軽さとは正反対に圧倒的な威力を見せる。

 次々と、激しく鬼の黒い肌を強圧。


――「HE:光明:9/24」


 堪えきれなくなったように折れる、鬼の両膝。

 バランスを崩し、鬼の体が前のめりに倒れる。


――「HE:光明:12/24」


 四つん這いには一本足らないが、残った片腕で体を押さえる。


――「HE:光明:15/24」


 無防備に晒された小さい風船頭。

 これで障害はない。

 九天は、そのまま走りよる。

 あとは、あの頭を蜂の巣にすれば――


「――!!」


 鬼の口角がわずかに動くのを見て、九天は直感する。


 刹那、巨躯が矮躯と化し、代わりに巨大になった鬼の顔が一気に前へ伸びる。

 正面には、九天を一呑みできるほど開かれた鮫のような口。



 ――閉じる。



「――うわああっ!」


 背後から聞こえる、刑事の悲鳴。

 喰われたとでも思ったのだろう。

 だが、すでに九天の体は中空にある。

 体を横ひねりさせながら、背中にBB・一二を戻す。

 鬼の頭上に宙づりのような状態。

 瞬時にホルスターから、グロッグ一八Cを右手で抜く。

 その引き金を思いっきり引き、フルオートで首を横なぎにする。

 同時にホークアイも放つ。


――「HE:光明:23/24」


 その衝撃で細かくブルブルと震える鬼の頭。

 大量のBB弾が、首を引き裂いていく。

 苦しむウェウェという奇声が、仕返しのように浴びせられる。



 斬首――。



 巨大な頭は呻きと一緒にポロッと落ちて、小さくなった体の方に転がっていく。

 と同時に、九天もその横に降り立った。

 そしてそのまま踵を返し、メンバーの方に歩みだす。


「いけない!」


「まだ終わっていない!」


 九天が鬼の頭に背中を見せた瞬間、陽光と烏輪の兄妹が叫んだ。

 まるでそれが合図だったかのように、落とされた頭が高く跳ね上がる。


「――いや、終わりだ」


 地道に保険は積んである。

 九天は、落ちついて背後の足下へホークアイを放った。


――「HE:光明:24/24:アクティベーション」


 そのBB弾は床にスタンプ後、勢いよく跳弾して頭上の鬼面を強打する。

 呻いて仰向けになる、風船頭。


「だから、流れ弾に気をつけろと言ったろ?」


 まるでその言葉を合図にしたように、九天の背後に突如、霊的光柱がそそり立つ。

 それは霊的ながらも、一般人にも見えるほどの強い輝きを放ち、空中から落下中の鬼の頭を包みこむ。



――オン ア ボ キャ ベイ ロ シャ ナウ マ カ ボ ダラ マ ニ ハム ドマ ジムバ ラ ハラ バ リタ ヤ ウン



 それはホークアイにより床にスタンプされた二三文字からなる呪文と、最後に放った休止符の梵字により作られし【光明真言】――不空大灌頂光真言ふくうだいかんぢょうこうしんごん――という法術。一種の簡易曼荼羅だ。

 それは、光柱の中にいる悪しき者を浄化・除滅させる。

 阿鼻叫喚を思わす声をともない、風船のような鬼の頭が消しゴムで消えるように光柱の中で薄れていく。

 そして、一〇秒と立たないうちに、その姿は光柱と共に消え失せていた。


「呆れた……。本当に斃しちゃったんよ、ランクA。しかも、あの武器で術まで使えるなんて……霊能力ないのに」


 那由多が困惑の色を隠せずに苦笑する。

 その横では、烏輪が「ありえないの」と首をしきりに横にふっている。

 声もなく見守っていた田中に関しては、今になってやっと声が戻ったのか、「どーなってんだよ」とキレ気味に誰ともなく怒鳴り始めていた。


 だが、九天にしてみれば当たり前の結果だった。

 霊能力が使えない為、道具で面倒な手順を踏まなければ術は使えない。それでもまったく使えないよりはマシだと、九天はこの武器を使いこなせるように己を鍛えぬいていた。死ぬ思いをして戦い続けてきたのだ。仲間たちと共に。


「あんた……いったいなんなんだ?」


 柳の声は、どこか責めるような視線をともなっていた。

 その態度がどこかおかしく、思わず九天は揶揄する色を見せてしまう。


「そんなことより、刑事さん」


「……な、なんだよ」


「なにが死亡フラグだって?」


「うっ……」


「あんた、アニメの見過ぎだぞ。もっと現実的になれよ」


「背後に向けてきめ台詞……あんなアニメのヒーローみたいな戦い方する君にだけは、絶対に言われたくないよ!」


 柳の狼狽が面白く、九天は思わず鼻から息を抜いてかるく笑ってしまうのだった。




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■参考資料

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※これは興味がある人用の銃(玩具)関連の説明です。



気換銃アウラガン

 流弾の持つ気換銃アウラガンには、すべてNFCやBluetooth通信などの機能があります。

 スマートフォンやゴーグルの通信機能、または決まったNFCチップから、データを転送して呪術用BB弾に梵字を書き込むこともできます。たとえば、話中で光明真言を読ませていますが、23文字の梵字がBB弾に1つずつ霊的に刻まれていきます。これを正しく配置スタンプすることで術が発動します。ミスしても音声入力でアンドゥすることができます。

 ただし、この呪術用BB弾は扱いが難しいため、他の流弾のメンバーは最初からBB弾に呪文が刻まれているタイプを使用しています(呪術用BB弾を扱えるのは、流弾でも数名だけです)。

 また、発射時は呪文が刻みこまれた特殊バレルで霊気や気の力で威力を増してあるので、通常の状態よりもかなり威力が上がっています。

 銃刀法違反かも知れません(笑)。



●ストライクウォーリア

http://www.tokyo-marui.co.jp/products/gas/blowback/259


 これはコルト・ガバメントベースの東京マルイオリジナルガンです。

 特徴はスパイク。これが九天の格闘戦のイメージに合ったので、これをベースにしたカスタムモデルとしてオリジナルの「ストライクホーク」というのを設定しました。

 基本的にはフレームの強化に、スライドガードして丈夫にレールパーツをつけている設定にしています。

 もともとこのスパイクは、相手の体に密着させたときに滑らないようにするのがメインのようですが、話中では剣を受けとめたりします(笑)。



●ハイキャパ5.1 ゴールドマッチ

http://www.tokyo-marui.co.jp/products/gas/blowback/405


 こちらも上記のストライクイーグルと同じシリーズで、競技用に命中精度を高めたモデルです。

 話中ではこれをベースとして、「ハイキャパ・ホークアイ」というのを登場させています。

 精密射撃をするのに使っています。



●グロッグ18C

http://www.tokyo-marui.co.jp/products/electric/handgun/192


 これは特に見た目をカスタムしていませんが、ロングマガジンやカービンパーツなどを将来的にはつける場合があると思います。

 ちなみに話中でもこれは電動ガンを利用することにしています。



●AA-12

http://www.tokyo-marui.co.jp/products/electric/shotgun/411


 話中で九天は、これをベースにカスタムした、BB-12というオリジナルガンを使っています。九天は銃で格闘戦を行うので、この銃口部分にはスパイクがつけられ、さらに銃剣のようなパーツが付けられるようになっています。

 本物はフルオートショットガンですが、電動ガンでは同時に3発のBB弾が発射する仕組みになっていますが、その特性を活かして話中ではBB弾に梵字を2文字ずつ刻んで6文字の「風天」の真言を生みだしています。

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