第20話:異能力者と無能力者(二)

「ほむ。兄様、今のは……」


「うん。すごく嫌な感じだった。烏輪、とりあえず【数珠丸じゅずまる】を」


 兄の言葉に烏輪は頷き、すぐさま【七鞘ブレードリボルバー】に手をかける。横についている二脚キックスタンドをだし、円筒を斜めにする。そして、天板についているパネルを操作した。

 かるい音と共に、円筒の横が一部だけ開く。そこには、刀の柄が二本だけ入っていた。柄と言っても鍔までついており、刃がないだけである。


 陽光がそのうちの一つを取りだすと、それを天板にあったスロットに差し込んだ。

 すぐさま、烏輪がまたパネルを操作する。

 すると、カチッと音がして挿された柄から目釘が飛びだし、一刻もおかずにけたたましい蒸気の吹きだすような音が鳴り響く。

 白い煙がスロットのすき間から噴き出し、そして柄が少し浮きあがった。


「ありがとう」


 陽光がそれをまっすぐに抜きだす。すると、そこには先ほどまでなかった刀身が姿を見せた。


「お、おい! それ、まさか日本刀……」


「模造刀ですよ」


 柳の言うことがわかっていたのか、陽光が笑って答える。


 刃渡り八一・〇八センチ、反り三センチの細身の太刀、天下五剣の一本である名物【数珠丸恒次じゅずまるつねつぐ】――その模造刀であった。

 模造刀と言っても、見た目はよくできており、丁子刃ちょうじばが混ざった直刃すぐは刃文はもんや、反りの角度なども本物そっくりに造られていた。しかも、素材は亜鉛合金のようなまがい物ではない。つまり、刃引きされた本物である。


 【切】という力は、棒状の物を媒体として召喚する術だ。棒状ならば、それは何でもよく、柔らかかろうが硬かろうが、長かろうが短かろうがかまわない。それどころか、極めれば媒体がなくとも召喚することができる。


 しかし、この術を使うのに大切なのは、イメージ力である。イメージして心を刀の霊力と同期する。そのため、ただの竹刀を媒体にするより、よりイメージしやすい模造刀を媒体にした方が召喚はしやすく強くできる。


 また、特殊な素材を利用して造られた柄には、【切】の力を増幅する呪がかけられている。

 あまりにも特殊で二本しか存在しない柄は、呪を唱えなくとも、【切】を行使できるぐらいの力をもつ。逆に言えば、呪を唱えることで普段よりも強い力を発揮できる。


 そんな七鞘を手にした陽光は、鬼に金棒状態だ。今まで七鞘を使った陽光が、ピンチになったことは一度もない。だから、今も烏輪に愁いなどなかった。

 兄の頼りがいのある姿を確認してから、烏輪は残りの柄も取りだし、同じように七鞘にセットした。そしてあらかじめ陽光と相談していたとおりの刃をけたたましい音と共にセットする。


「そんだけ大袈裟な物で、出てくるのが模造刀って……。それで幽霊退治をすると?」


 半分困惑、半分呆れ顔の柳がいろいろと言ってくるが、さすがの陽光も説明しない。しても意味がないと思ったのだろう。

 それは、那由多さえも同じだった。彼女も柳を無視して、すでに壁に立てかけていた錫杖を手に取って、周りを警戒している。


「おいおい。みんなして、もう心霊ごっこの……」



――ドンッ!



 窓ガラスをたたく音が、部屋に鳴り響いた。

 部屋にいた全員の視線が、ある小さな窓に集まる。



――ドンッ、ドンッ、ドンッ!



「――うわっ!」


 その窓を見た柳が、ひきつった顔で無様にたじろいだ。

 全員の視線を集めた窓ガラスには、髪の短い女の上半身が、張りつくように存在していたのだ。それは茶髪の女性だった。年の頃は、二十歳ぐらいだろうか。目尻が垂れさがった泣き顔は紫の唇を歪ませ、助けを求めるように窓ガラスを叩いている。その薄汚れた額からはわずかに血を流し、崩れたマスカラのまま必死な形相を見せて叫んでいる。

 いや。叫んでいるように見えるのに、声は届いてきていない。


「あ……あれ? いっ、今、窓を――!」


 と、駆けだしそうになる柳の腕を那由多が掴む。


「忘れた? ここは二階なんよ」


「――あっ! いや、でも助けを……」


 納得いかない柳が、また窓の外の女性を見た時だった。


 彼女はもう窓ガラスを叩いていなかった。泣き顔も見せていなかった。

 目尻を下げたまま、口角だけうっすらとつりあげている。


「――!」


 唐突に、左耳の下あたりがパックリと裂ける。


 ゆっくりと、ゆっくりと。

 まるで、包丁が差しこまれているように、切れ目が横に走っていく。それは鼻の下まで届き、右耳の方までスムーズに進んでいく。

 言葉にならずに見ていた柳の目の前で、女性の頭は輪切りになった。

 その断面には、確かに肉や骨、そして切られた脳幹らしき物まで見えている。

 しかし、不思議なことに血は流れていない。


「アハハハハハハハハハハハハハハ……」


 顔に唯一、残っていた口がこちら嘲嗤あざわらう。紫の唇がこれでもかという大口を開けて、腹の中の空気をすべて吐きだしているのではないかというほど爆笑している。


「きゃああぁぁ〜〜っぁ!」


「うわー、ななな、なんだよあれ!」


 軍服たちから、悲鳴が上がる。泣きじゃくる女性や、おびえて頭を抱える男もいた。

 烏輪は妙な話だが、言葉も出ないまま思考が固まってしまった柳よりは、まだマシかも知れないと思ってしまう。


「悪霊に動揺させられたらあかんよ」


 那由多が柳の前に進みでると、床をかるく錫杖で叩いた。



――シャン!



 身がひきしまる音が響いた。

 と思うと、嗤っていた口だけの悪霊は叫喚をあげて一瞬で窓から消えてしまう。


「今のは、なに――うわっうわっ!」


 柳が今度は無様に尻もちをつく。


(信じない人に限って怖がる不思議)


 などと思いながら、柳の百面相をうかがっていた烏輪は、やれやれと肩を落としてみせる。

 振りむいた柳が驚いたものに、烏輪はとっくに気がついていた。そこには、二十歳ぐらいに見える男が座りこんでいるのだ。血みどろの脚を抱きかかえるようにして、ボロボロのシャツの背を丸めて壁近くでボソボソとずっと話している。むろん、先ほどまでいなかった見知らぬ男だった。


「たす……け……て。タスケテ……」


 うっすらと見えているその姿は霊体だった。今はまだ悪霊に化しておらず害はないのだが、これは時間の問題だろう。もちろん成仏させればよいだけなので、そのこと自体は大した問題ではなかった。

 それよりも烏輪たちだけではなく、霊能力のない柳や黒服たちにも見えてしまったことの方が問題だった。それは、この霊体がかなり力が強いと言うことだ。


「う、うそだ……幻覚だろう……」


「おい、君」


 未だに立つことさえもできない柳の横に、黒いマントの男が立つ。

 烏輪は記憶をたどり、【元木】という名前を思いだす。確か魔術師のはずだ。


「君は素人かね? 霊能力はないようだな。すると、超能力者か? ん?」


 どこか気取った口調で高圧的。

 その口元には、嘲笑が浮かんでいる。


「えっ? あ、その……ランクEの超能力者です」


 柳は、座りこむ霊と元木を交互に見ながら答えた。

 もちろん、彼は超能力者ではない。ただ、周りに怪しまれないようにするため、予めそう言うと決めてあったと、烏輪は聞いている。

 ただ、答えを決めてあったとしても、あれだけ動揺していたら、まともに話すことさえできないかと思っていた。普通は、もっとパニックを起こしてもおかしくない。きちんと対応できたことに、烏輪は感心する。


 しかし、そんな事情を元木は知らない。


「わっははは。ランクEだと! 一般人に毛が生えた程度の奴がなぜ、このような場にきているのかね」


 タキシードのポケットに親指を引っかけながら嗤い、尻もちをついている柳を完全に見下している。


「ランクEなど、能力の発動も安定しない者ばかり。死にに来たのかね、君は?」


 そう言うと、また嘲笑を響かせる。


 ランクは、エスソルヴァが勝手に設定したものだ。

 しかし、それなりに適正のためか、下のランクの者を見下す者が多い。もっと言えば、異能力者は大抵、一般人を「無能力者」と言ってバカにしている。自分たちを選ばれた人間だと、多くの異能力者は優越感を抱いている。


 中にはこの元木のように、度が過ぎるぐらいランクをふりかざす者もいる。


 烏輪はこういう者たちが大嫌いだった。父親に驕るなと言われているというのもあるが、それだけではない。一般人と異能力者の違いなんて立場だけなのだ。間には大きな壁があり、一般人が異能力者のようになれないように、異能力者も一般人のようにはなれない。


 その想いで、無意識に彼女は口をだしてしまう。


「バカみたいなの。どっちが偉いなんてないの」


「……なんだ、小娘。このランクEの男と、Cである私が同じだといいたいのかね?」


「ランク自慢なんて、ケンカが強くて威張っている子供」


「――なっ! 【5=6アダプタス・マイナー】の内陣インナーまでなった私に、マイナーな術者の小娘風情が……」


「その辺でやめませんか、【アゼル・元木】さん」


 かばうためか、はやることを止めるためか、陽光の手でスッと烏輪は後ろにまわされる。

 それだけで言い過ぎたかと反省し、烏輪は黙って従った。


「……ふん。君が【七藤 陽光】か」


 明らかに元木の態度が変わる。

 ランクという威光をかざすだけに、ランク上の者を前にすると同じにはふるまえないのだろう。


「はい。お初にお目にかかります」


「慇懃無礼な態度は、ランクBの余裕かね?」


「我らに失礼なところがあったのでしたら謝ります。しかし、今はそれどころではないのではありませんか」


「……ふん。とにかくだな、私は――」


「糖尿病なんでしょう?」


 妙な割りこみをしてきたのは、尻もちをついていた柳だった。

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