BBゲーム~黒き刃と切なる願い(完結済み)

芳賀 概夢@コミカライズ連載中

第〇章 ~序~

第一節

第1話:ただ切る少女(一)

烏輪うりん。今だから言うけど、一年生の時に早苗のこと、助けてくれたよね」


「……ほむ?」


「惚けなくていいんだよぉ。三浦君と仲良くしていたからって、中川さんたちからいじめられていた時のこと。しばらくしたら止まったけど、あれ……烏輪が中川さんたちに怒ってくれたんでしょう?」


「……別に大したことしてないの」


「そんなことないよ! 早苗、おかげで嫌な思いもしなくなったし、三浦君ともつきあえるようになったし……烏輪と友達になれて、本当によかったと思ってるんだよ」


「……それはボクの台詞なの。早苗が声をかけてくれなかったら、ボクはきっと中学生活はずっと1人だったの。ありがとうなの……早苗」


「うん、お互い様だね! なら、この話はおーしまい。……さあ、烏輪うりん。今日もいつもどおり、一緒にランチね!」


 昼休みは、必ず【村松 早苗】と一緒に過ごす日常。

 それは確かにいつもどおりのことだった。


 この会話だけならば・・・・・・・・・……。


 無愛想で友達らしい友達もいなかった烏輪に、中学一年の頃からなにかと声をかけて、気にとめてくれたのが早苗だった。最初はとまどっていた烏輪だったが、いつの間にかその声を聞くたびに温かい気持ちに包まれるようになっていた。

 兄さえいればいいと思っていた烏輪が、初めて得た親友。だから、無口で表情をあまり変えない烏輪も、彼女の誘いには微笑んですぐ「うん」と明るい声を返すようになっていた。


 しかし、この状態・・・・では、ランチに誘われても微笑みを返せない。

 そもそも、昼休みでもない。


 日はとうに沈み、墨汁が塗りたくられたような帳が学校の廊下を包んでいた。

 ほのかに灯る「非常口」と書かれた緑の光。

 そのわずかな光の下で蠢く影。

 烏輪は、それを突き刺すように見つめている。


「それで早苗……何を食べているの?」


 先ほどとは豹変し、聞く者を凍えさせるがごとく冷ややかな烏輪の詰問。感情の起伏がなく、その声は仲のよい友達に対するものではなかった。多感な一四才になったばかりの少女が話しているようには思えない。


 そして、やはり同じ年齢の少女がだしているとは思えない二つの異音が、早苗から聞こえている。


 一つはピチャピチャと、粘度のある液が跳ねては貼りつき、跳ねては貼りつきと、くりかえす水遊びのような音。


 一つはグチャグチャと、口を閉じず、舌の上にある食べ物を噛みくだく混濁した音。


 それは最後に、ゴキュと咽喉を通りぬける音で締められる。


「ああ、おいしい……。すっ、すごくおいしいぃ。誰にもあげたくない。……でも、烏輪ならいいよ。一緒に食べても」


 歓喜の声と共に、黒き蠢きが非常灯の下で膨れるように立ちあがる。

 それは、早苗のはずだった。


 彼女が身につけているのは、臙脂えんじベースのチェック柄をしたリボンタイに真っ白なシャツ、そしてタイと同じ柄のフレアスカートという、この学校の制服。その服装で見せる早苗の愛らしい笑顔は、烏輪にとって目に見える幸福の象徴だった。

 だが、眼前の闇に立ちあがった早苗の姿に、幸福の欠片も見つけられない。薄闇で見えるのは、服の柄を覆い隠してしまうような黒ずんだ液体の染み。その染みは、見る者の心にも暗雲のような沁みを作る。

 それは、まさに不幸の紋章。


「ああ。でも、これはダメなんだからねぇ」


 ところが本人は、幸せにあふれんばかりの恍惚とした顔で片手を前に差しだした。

 廊下の左手に並ぶ校庭側の窓。そこから入りこむ、街からこぼれた弱々しい光が、早苗の差しだした物を照らしだす。

 それは、滴りを携えた、生々しい赤味を帯びた筋肉の丸い塊。暗くて見えないが、そのぬめりとした表面には、多くの細い血管が走っているはずだ。


「三浦君の心臓ハートは、早苗のだもん。彼ったらぁ、烏輪のこと好きになっちゃったとかぁ、別れたいとかぁ、そんなこと言うんだぁ。でもでも、こ・れ・はぁ、早苗のだからね。うふふ……」


 彼女は、その肉塊を頬ずりし始める。愛しそうに、愛しそうに。そして爬虫類を思わすような舌をズリズリと這わして歓喜にうち震える。


「ほむ。もう完全に……鬼に堕ちたの」


「鬼? よくわからないなぁ。でもね、早苗は今、すご~く幸せ! だからさ、烏輪もこっちに……三浦君と一緒に早苗の中においでよ!」


「ほむ。鬼の戯言につきあうつもりはないの」


 烏輪も、その右手に持っていたものを構える。

 それは、自分の身長の半分以上はある太刀だった。その身の丈に合わぬ武器を体の右脇に運んで、刃先を地に向ける。そして右足を少しさげ、左半身の構えをとる。

 一般には、【脇構え】と言うが、彼女の使う古流剣術【七刀神道流剣術しちとうしんとうりゅうけんじゅつ】では【日輪の構え】という。これは、彼女の最も得意とする構えだった。


 しかし、どんなに幼い頃から慣れ親しんだ構えでも、今は何一つ斬ることなどできない。


 なにしろ、その太刀に刃がないからだ。彼女が手にしているのは、柄頭から鋒までよくできた模造刀である。打つことはできても、このままでは斬ることなどできやしない。

 それでも彼女は、覇気をこめて戦いの意志を見せる。


「烏輪……刀なんてぇ、なんで持っているの? それ本物?」


「偽物」


 その淡々とした解答に、早苗がケタケタと嗤いだす。


「だよねぇ~、だよねぇ~。本物なんて持っているわけないよねぇ~。それに本物でもぉ、早苗は平気だけどぉ」


「ほむ。でも、これから本物を超える・・・・・・の」


「……え?」

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