第28話:普通の人間(四)

 どこで?


――写真だ。


 いつ?


――捜査中の資料で。


 誰だ?


――確か【吉村 一也】。


 何者だ?


――霊媒師……。


 そこにきて、はっと気がつく。目の前に倒れているのは、今回の異能力者連続失踪の行方不明者の一人だ。行方不明者の写真で観て覚えている。

 柳はなにかに駆りたてられるように、下半身が腕の【人鬼】の顔も確認する。顔の形は変わっているが、やはり記憶の中に似たような顔がある。たぶん、行方不明者の一人だ。

 そして、さらに迫ってくる残り一体の姿を観る。脚を片方引きずり、腕が折れ曲がり、髪の毛は引っこ抜けているが、それはまさしく女性の姿。


「ディーバ・秋山……」


 三村が唯一、本物の占い師だと語った、最後に行方不明になった女性だった。


(この化け物たちは……)


 いや。何を今さら・・・だ。

 心のどこかでは、すでに予想していたはずだ。

 だが、常軌を逸した現状、そして興奮した自分が、正しくそれ・・を認識していなかった、認識しようとしていなかっただけだ。

 死んでいないかもしれない。

 監禁されているだけなのかもしれない。

 だから捜して、できることなら助けようと思っていた被害者たち。

 しかし彼らは、苦しみと恐怖で殺された上に、鬼などというものにされていた。



――そして、それを自分は撃ち斃していた。



 助けようと思っていた人々を「化け物」と蔑み、それに銃口マズルを向ける自分に少なからず陶酔し、興奮さえ覚えていた。

 恐怖を乗り越えた、正義の味方だ、選ばれた勇者だ、ヒーローだと、憧れた者になったつもりで、意気揚々と引き金トリガーを引いていた。



――とんでもない愚か者だ。



 柳は構えていた銃を引き、それをじっと見つめた。

 自分のしていたことを理解したとたん、とてつもない罪の意識に囚われる。今の自分は理想像とはかけ離れている。

 銃を撃つことに興奮を感じた、ただのトリガーハッピーじゃないのか?


(いや。しかし、今は二人を助けるために……)



――そのために哀れな彼らを撃ったのか。



(哀れ……そうだ。すでに彼らは死んでいるんだから)



――死んでいるのが彼らだと、それをわかっていて撃ったのか?



(わかっていたら僕は……)


 撃てたのか自信がない。

 事実、目の前に恐ろしい形相で迫る、占い師のなれの果てに銃を向けられなくなっている。


(だけど、助けようと思った相手に、銃を向けなくてはいけないなんて理不尽、普通はありえないだろう?)


 自問自答するも答えはない。

 誰も答えてくれない問いがぐるぐる回る。



――普通じゃ生き残れない。



 突然、烏輪の言葉と、その悲しげな顔が脳裏に浮かぶ。



――人を簡単に思いやる事なんてできない。思いやった相手が鬼になった時、斬れなくなっちゃうから。



 その時、初めて柳は烏輪の言葉の重みを知った。

 彼女を取り巻く理不尽を実感した。

 そして、彼女の強さを知った。


(そうか。僕は見えていなかったんだ。わかっていなかったんだ。彼女の……)


「何やってるんだ、ランクE!」


 その声は、直ぐ横から耳を劈くように聞こえた。

 とたん、いつの間にか目の前に迫っていた秋山のなれの果てが、ドガッという音と共に左の方に吹っ飛んでいく。


「ぼけっとしてんな!」


 横にいたのは、片足をあげたままの田中だった。

 どうやら横から思いっきり、秋山を蹴飛ばしたらしい。

 多分、彼がそうしてくれなければ、自分は秋山に襲われて殺されていただろう。


「ありがとう、田中次郎」


「わざとだろう! 【大文字 撃】だっつーの! それより逃げんぞ。ヤバイのが来る!」


「やばい……って?」


 その時、まるで柳の問いに答えるように、奇妙な音が離れたところから聞こえてくる。



――カツカツカツン



 まるで多くのハイヒールが不規則に床を蹴るような音。

 それが、正面にある廊下の奥から聞こえてくる。


 照明が壊れているのか、その廊下は入り口付近さえ薄闇に覆われていた。ロビーの明かりも奥まで届いていない。廊下の案内板を見る限りは、地下研究室につながっているらしいが、そこへの階段も、ここからはうかがうことができない。


 ただ音とともに、うっすらとした巨大な影が蠢いているのがわかる。


「な、なんだ、あの音……」


「ありゃ、こいつらとは別もんだ」


 再び起き上がってきていた秋山を田中はいつの間にか押し倒していた。

 そして、その背中に手を当てて「ブレイク!」と叫ぶ。

 それだけで、秋山は動かなくなる。


「…………」


 わかっている。仕方がないのだ。

 そう割りきろうと苦悶する柳の様子にもかまわず、田中が肩に手をかけて「逃げんぞ」と声をかけてくる。


「あれ、マジでヤバイ」


「あれは悪魔です」


 田中の言葉に、いつのまにか後ろにいた牧師が続ける。


「真性の魔物の類です。あれは我々でも相手は辛い。あの魔術師も、あれにやられました」


「えっ? やられた?」



――カツン。カカカカカツカツカツン



 そう言っている間にも、奇妙な音は急激に近づいてくる。

 それはまるで、脅える三人を嘲るケタケタとした嗤いにも似ていた。


「オレたちはあの廊下の先の地下室に向かったんだけどよ。あまりにもヤバイ雰囲気だったんで行くかためらってたんだわ。ところが、魔術師のヤロウは一人で無謀にも突っこんで……」


 田中がそこまで早口で説明した時、足音の主のシルエットが浮かんでくる。


「そして喰われちまった」

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