第64話:暴く者と暴かれる者(二)

「あ、白夜さんだ」


 烏輪と那由多に片腕ずつを引っぱられていた陽光の声で、全員の視線が敷地の入り口の方に向く。

 すると、それを待っていたかのように、白い日産・スカイラインGT・Rが姿を現す。

 かなり高速で敷地に入ってきた白いボディは、すぐに急制動をかけられて、砂煙を上げながら横にスライドしてからとまる。

 交換された大型のリアスポイラー、そしてスポーティなフロントスポイラーなど、柳にも車の趣旨は理解できた。


(それにしては……変だな)


 疑問に思っていると、運転席から一人の男性がおりてきた。

 そして、慌てたように駆けよってくる。


「陽光君、烏輪ちゃん、大丈夫かい!?」


 さすがの柳も、「僕よりも美形だ」と内心で認めてしまう。


 見た目は、陽光に非常に似ていた。だが、全体的にもう少し線が太い。

 肌の色も陽光ほど白くなく、全体で言えば男っぽい。

 切れ長ながらも太さのある眉。そして力強い双眸にきりっとした鼻。

 ボタンを数個外したワイシャツの下の体つきも、陽光よりしっかりしていて筋肉質に見える。

 ネクタイは締めていないものの、ダークブラウンのスーツ姿は、柳と同じぐらいの社会人としての年齢を感じさせた。

 そして片手には、一振りの日本刀が握られている。


「烏輪ちゃん、その怪我は……いったい何があったの?」


「白夜さん……」


 烏輪は言葉につまる。

 なにがあったかを説明するのは、簡単なことではない。

 そこに車のドアを勢いよく閉めた田中が、怒鳴りながら近寄ってくる。


「おい。今来た車、さっさとどけろよ。あんな所にとめられたら出発できねぇだろうが!」


「まあ待てよ」


 その不機嫌な田中をとめたのは、自分の車から戻ってきた九天だった。

 苦々しく「またてめぇか」と田中の怒りの矛先が九天に向く……前に、九天から先手を打つ。


「知りたくないか? 俺たちを殺そうとした黒幕を」


「黒幕だと?」


 それぞれの顔が、十人十色に変わる。

 田中は「山野だろ?」と怪訝な顔をする。

 那由多は何か聞きたそうだが、黙って成りゆきを見守っている。

 陽光は、無表情だ。

 烏輪は、緊張しているのか瞼を閉じて口を強く結んでいる。


 そして、到着したばかりの白夜は、事情がわからず、眉を顰めて顎に手を当ててい

る。戸惑っていると言わんばかりに、その両目をしきりに泳がせていた。


「ちょっと、その前に私にも事情を説明してくれないか?」


 我慢できずといった様子で、白夜が訊ねてきた。

 普通ならそうだろう。知らない面子がこれだけいて、みんな異様に疲弊しきった顔をしている。

 さらに知り合いは傷を負って、しかも黒幕がどうのと話されれば、事情を知らない者ならば、説明を求めるのは当たり前だ。

 事情を知らないならば、だ。


「事情の説明とか面倒だから、茶番は省く。あんたが黒幕だろう、【七藤 白夜】」


 九天の説明は単刀直入だった。

 柳からしてみれば、もう少しいい方があるだろうと思うが、性格的に仕方ないのかも知れない。


「……えっ? いったい、なんの話だい? だいたい君は、あの時のサバイバルゲームの……なんでこんなところにいるんだ?」


 白夜は冷静な口調で否定する。

 さも、なんのことかわからないという体で、腰に手を当てかるく首をひねって見せていた。


「――ったく。茶番につきあえってのか。……陽光たちから聞いたが、あんた、昨日は小烏丸を探しにどこかの港に行っていたらしいな」


 白夜が咎めるような強い視線で陽光を一瞥してから、九天にそのままの強い視線を戻す。


「……ああ。それが何か?」


「昨日、この山に登る途中で遇った時、俺が車の中を覗きこんだのを覚えているか? その時、たまたまODD表示になっていた距離カウンタが見えたんだ。カウンタ値、一〇〇メートル単位の下一桁が六、その上の四桁がちょうど〇になっていた。わかりやすい数字だったから覚えていたんだが……烏輪、今のはいつくだ?」


 九天の声が投げられた方に、全員の視線が向く。

 すると、いつの間にか白夜の車の運転席の所に烏輪が立っていた。


「ちょっと、烏輪ちゃん! なにを――」


「とめろ!」


 九天の号令で那由多、陽光、そして田中までもが反射的に従って、白夜の前に立ちふさがってしまう。


「なっ!?」


 突然、全員に立ちふさがれ、戸惑う白夜。


 対して、立ちふさがった側も戸惑っていた。

 「何してんだ、俺」という田中に、内心で「本当だよな」と柳は頷く。

 自分もやはり、九天の号令に従ってしまっていたからだ。

 声に力がある感じで、命令しなれている。

 本能的に従いたくなるカリスマがある声だった。


「待って、烏輪ちゃん!」


 白夜の頼みを無視して、烏輪は開けっぱなしになっていた運転席の扉を開ける。そして上半身だけ潜り込むようにして、インパネ部分を覗く。


「…………」


 こちらを向いた烏輪の表情から、柳は困惑を感じ取った。一見すました顔をしているが、あれは悪い予感が当たった時の顔色だ。


「五キロぐらいしか、増えていなかったの」


 烏輪の告げた数字から、柳はすぐに地図を思い浮かべる。いや。思い浮かべる必要もない距離だ。


「往復だから片道で二・五キロ。その範囲に海なんてない。この距離なら四方山の周りの山の麓あたりじゃないか」


 柳は刑事の顔になり、白夜の正面に立つ。


「教えてください、【七藤 白夜】さん。あなたは昨夜、そんなところで何をやっていたんですか?」


「……さっき言ったとおり、小烏丸という盗品を取りもどすため、ある港に」


 少し動揺はあるものの、まだ確定的な狼狽は見せていない。

 あくまで不可解な問答であるという姿勢を崩していない。


「どこの港か知りませんが、この走行距離でたどりつく海はありませんよ?」


「ちょっと待ってくれよ。そもそもこの軍服男の言う最初の数値が正しいという証拠はどこにあるんだい? 私をはめようとしているのかもしれないじゃないか」


「でもね、いろいろとおかしいことが多いんですよ、白夜さん」


 論点をずらす作戦には乗らない。柳はあくまで冷静に分析しながら、右人差し指を立たせる。

 ここから追い詰める。


「疑問点その一。これは陽光君から聞いたのですが、盗まれた小烏丸は厳重な呪文で守られていたそうですね。それがまるで呪文の壊し方を知っているかのように見事に破られていたと。それができたのは、現当主か次期党首候補たち、もしくは一部の幹部ぐらいだったが、そろいもそろって盗まれた時にアリバイがあった。だからと言って、たとえば当時の烏輪ちゃんや夕子さんクラスにはできない芸当だった。要するに手引きした者がいるということでしょうね」


 柳は白夜が黙って聞いているのを確認して、次は中指を立てる。


「疑問点その二。我々の調査では、一人も生きて帰った者はいないとされる、この馬鹿げた大会。しかし、白夜さんのところには前回の勝者だという者が現れた」


「もし、帰った者がいない……というのが本当なら、彼はサクラというか、撒き餌だったんだろうね」


「でも、それだと変なの」


 近寄ってきた烏輪が口を挟む。


「ただのサクラが、夕子さんの情報を持ってくる理由がないの」


「ならば本当に生き残った者はいた、ということなんだろう」


「それは考えにくいです。この大会の目的に、勝者を作る理由・・・・・・・がないですからね」


「…………」


 苦渋の色を浮かべる白夜を見て、柳は会話のペースを掴んだことを実感する。

 なにしろ、今の物言いに質問が出ない・・・・・・のだ。

 白夜はここで質問するべきだった。しなければ、「勝者を作る理由がない」事情を知っていると言うことになってしまう。


「さて、疑問点その三」


 柳の指が三本立つ。


「ここに陽光君と烏輪ちゃんを抹殺するための罠があったこと。罠のためにパートナー制度や代理制のルールが設定されていたという状況証拠もあるけど、実際に二人を狙う者がいた……んだよね?」


 柳の問いに、烏輪は深く頷く。

 むろん、柳はそのことをあらかじめ、九天から耳打ちされて知っていた。


「……となれば、この罠に二人を誘いこむ導き係が必要になる」


「それが私だと、言いたいのかい?」


 ここに至り、初めて白夜が怒声をあげる。


「いい加減にしてくれないか、刑事さん! 私は来たばかりで、まったく事情を把握できていないんだ。それをいきなり犯人扱いし――」


 割りこむように、柳はわざと強い口調で言葉を重ねる。


「しらばっくれるんですか? あなたが犯人じゃないなら、なんで彼女・・は二人を殺そうとしたんです!? あなたのためでしょう!」


「わ、私は知らないよ! あの子が勝手にやったことだろう!」


「なら、小烏丸の件も、彼女・・が勝手にやったことだと言いはるのですか!?」


「ええ、そうですよ! あの子が勝手に――」


 そこまで言って、白夜は突然、言葉を呑みこみ、一緒に息まで止めてしまう。

 だが、すでに手遅れだ。

 不謹慎だが、柳は口元が緩んでしまう。

 ばれるのが不安だからと、強気にでて怒った振りをするのはいいが、煽られて高揚してしまい、根本的なミスしてしまう。

 あまりにも推測通りの性格だ。


「…………」


 黙りこんでしまった白夜に、柳がゆっくりとした口調で訊ねる。


「そ・れ・で。あの子・・・……って誰なんですか?」


「それは……君が『彼女』と言ったから……」


「僕が言った『彼女』を誰だと思ったんです? それに今の口調だと、小烏丸を盗んだ相手もわかっていたように思えますね」


「それは調査していて、犯人像が……」


「それからもう一つ。あなた、僕のことさっき『刑事さん』と呼びましたけど、刑事だと名のったつもりはありませんけどね」


「――!」


「どーして、刑事だと知っていたんです? ……ああ。連絡を取っていたんですね、『あの子』……つまり、夕子さんと。そして身元を調べましたか? 対応が早いですね」


 白夜は俯いていた。


 表情を見せないまま、しばらく黙っている。


 たぶん、黙っていた時間は、ほんの数秒だったかもしれない。


 しかし、全員が数分に感じるぐらい、不気味で目が離せない雰囲気が漂っていた。


「くっ…くっくっくく……」


 沈黙を破り、白夜が肩を小刻みに揺らし始めた。

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