第70話:装填された弾丸たち(二)
つい最近、聞いた声だ。だけど、咄嗟に出てこない。
「いらっしゃいませ」
次に聞こえたのは、バリトンの渋い声。
よくある形容だが、烏輪が今まで聞いた中で、もっともその形容がふさわしい声。
視線を動かすと、店内の右奥に声の主はいた。
ダークブラウンのカウンターテーブルの向こう側で、エプロンをしている四〇代の男性だった。頭には白髪が少し交ざっているが、がたいが良く色黒で、決して美形ではないが好感の持てる微笑が優しげだ。
だが、烏輪の視点は、すぐにその店員からそれる。
壁という壁に、気になるものがたくさん飾ってあるのだ。
「――銃?」
ライフル、マシンガン、ハンドガンと詳しくはわからないが、多くの銃が飾ってある。
値札がついている物もあるので、販売しているのかもしれない。
つまり、オモチャの銃だ。
そしてさらに視線は、中にいた客に向く。
「おや?」
「あれ?」
「あっ……」
そんな声が中にいる客たちから聞こえる。
その客たちは、どこかで見たことがある顔ばかりだ。
オモチャの銃も最近、見たばかり。
そして、聞き覚えのある声。
――ドクンッ!
予感で、鼓動が瞬間的に高鳴る。
その予感を確定的にしたのは、カウンターで背を向けていた男性がふりむいた時だった。
「……あれ? 烏輪ちゃん、どうしてここへ?」
まちがいなく柳だ。
モスグリーンのジャケットにジーパン姿のラフなカッコで、丸椅子にお尻を半分のせるように座っている。
そして、その奧にもう一人いた。
カウンターにまっすぐ向かって座る黒い作務衣姿の男。
彼が、おもむろにこちらを向く。
「ほら、うりりん。あの人、いいでしょう! なんか近くのお寺に住み込んでいるらしいんだけど……」
槐の声も上の空。あまりにも突然のことで、烏輪は茫然自失になりそうになる自分に鞭を打ち、なんとか口を動かす。
「九天……」
「……ん? ああ、烏輪。お前まで、ここに来たのか」
「また、そんな冷たい言い方して。ほら、烏輪ちゃん。こっちに来なよ」
妙に楽しそうな笑顔で、自分の家でもあるかのように、柳は烏輪の手を掴んで招き入れる。
「お前も、女坊主に聞いたのか?」
珈琲を飲みながら訊ねてくる九天に、烏輪は直立不動のまま、首だけをプルプルと横にふる。
「ボクは、友達と偶然……。それより、挨拶もなしでいなくなるなんて、ひどい。ボクは……」
「ちょー――っと、待ったあぁぁ!」
すっかり置いてきぼりにされていた槐が、烏輪の所に走りよると、烏輪を引きよせて九天から離す。
「うりりん! 知り合いなの!?」
「ほむ。実は、先日……」
「ああ! まさか、恋がうりりんを変えたの! そうなのね!」
「こっここ……恋って、なに、を……」
「だって、顔が熟したトマトだし! いきなり告白タイムみたいな雰囲気になっているし!」
「――!?」
「なんか急に柔らかくなって、何があったのかなぁ~なんて思ったら。やっぱり、男か! 男なのね! 女が変わるのは男のせいなのね!」
「ちょっ――」
「しかぁ~し! いきなり親友がライバルとは! でもでも! 相手がうりりんでも負けないからね!」
「少し落ちつこう、槐……」
「そして、うりりんも渡さないわ!」
「な、なんで、九天までライバル視して――」
「ところで、『くてん』さんって言うんですね! 変わったお名前で素敵! 超素敵! わたし、【篠竹 槐】って言いま~す」
「槐、勢いで話しすぎなの……」
「勢いが大事なの。ここは恋のキリングフィールドよ、うりりん!」
「キリングは、まずいと、思う……」
「突然ですが、くてんさん。サバゲーチームのリーダーとお聞きしました。わたし、鉄砲って興味あって。撃ち方、教えてもらえませんか?」
「展開、速すぎる、槐」
「早い者勝ちよ。親友でも遠慮なんてしないもの!」
「ほむ。……あの、じゃあ、九天。ボクも教えてなの」
「むっ! うりりんったら驚きの積極性! 本気度マックスね!」
「ちょっと待ってよ、二人とも。教えてもらうのは、僕の方が先客で――」
「女の戦いに口を挟まないで!」
「は、はい……」
【流弾】を含む、三つのサバイバルゲームチームを持つ、喫茶【The Magazine】の創業以来、初めてのキャピキャピとした賑やかさに、そのマスターは楽しそうだった。
だからなのか、渦中の人物ながら我関せずを通す作務衣の男に、珈琲のおかわりをサービスする。
「九天、大人気だな」
マスターに答えず、九天は入ったばかりのブラック珈琲を黙って口に運ぶ。
だしたコーヒーに、いつも何もたさず楽しんでくれる九天をマスターとしては嬉しく思っていた。なにしろ淹れているコーヒーは、ブラックで飲むための、マスターオリジナルのブレンドだからだ。
その香ばしさも、程よい苦みと酸味も、ブラックだからこそ引き立つ。
でも……。
今日は周りの雰囲気で、ついマスターも一言つけたくなる。
「たまには砂糖やミルクをいれたらどうだ? 甘いのも、たまにはいいもんだぞ」
そんなマスターの微笑に、九天はかるく鼻を鳴らす。
「――ったく。よけいなお世話だ。俺は苦い方が好きなんだよ」
甘い女の子たちの声をよそに、九天はまたブラックを口に運んだ。
FIN
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