第8話:契約者と協力者(四)
「え? ええーっ!? ……僕!?」
問い詰めるように三村を睨むが、当の本人は涼しい顔だ。
「簡単に言うと人手不足ってやつだ。だから、俺も続けるさ。しかしね、さっき君も言ったとおり、最近になって妙にこの手の事件が多発しているんだ。そこで信用できる
「持ちあげても乗りませんよ。だいたい、見損ないましたよ、三村警部殿。僕たちは刑事です。こんな戯れ言につきあっている暇は……」
「ああ。いいんよ、いいんよ。刑事として動いてくれて。どうせ一般人に相手できる奴らじゃないし」
まるで顔を隠すように、那由多が真っ白な封筒を突きだしてくる。
「ともかくこれ、読んでみてよ」
憮然さを隠さずに、柳はその封筒を受けとった。懐に入っていたのか、妙に生温かい。
中身を出すと、それは三つ折りにされた真っ白な用紙に、黒い花模様の飾り枠が描かれた手紙だった。いや、手紙ではなく招待状だ。飾り枠の中の文章、その一番最初に少し大きな文字で書かれている単語に柳の目が奪われる。
「これは……まさか!」
そこには「除霊会招待状」とワープロの隷書体で書いてあったのだ。そしてもう一つ、本文の途中に大きな文字で派手な飾り付けに囲まれて賞金五〇〇〇万円と書いてある。
「やっと餌に食いついてくれたんよ。けっこう前から、この業界でも大金が手に入るゲームがあるという噂はあったんだけど、なかなか手がかりが得られなくて苦労したんよ、これ」
「行方不明になった者達は、これに参加した……ということか」
柳の言葉に、三村が頷く。
「ああ。実は俺の方で、この会場となる
今度は、三村が胸の内ポケットから写真を数枚取りだす。
「ここには、【株式会社島崎エコエネルギー研究所】というのがあるらしい。石油の流通や最近だとソーラー発電なんかのコマーシャルもよくやっている【島崎株式会社】の子会社だ。そして、この研究所の社長であり所長である、エネルギー工学や量子力学の世界的権威の博士が、この【
三村が写真を机の上に広げたので、すかさず柳は写真を手にした。
そこには、四〇才前後のやせ形の男が写っていた。印象的なのは眉毛で、やたらに太く濃い。そのためか、強い意志を感じる顔立ちだ。
さらに別の写真には、小学生高学年ぐらいの女の子と並んで笑う、山野の姿があった。
「この写真の子供は、山野の娘?」
「ああ。ただし、この写真は二〇年ぐらい前の写真でね。その娘――直美――ちゃんは、その頃に突然死している」
「突然死?」
「奥さんはそれより前に病死していて、娘は研究所に一緒に住んでいたらしい。それはすごく可愛がっていたようだよ。山の麓にある
そして最近の山野の写真は手に入らなかっただけでなく、研究所にいたはずの山野の姿をここしばらく見た者がいなかったという。
他にも謎があった。
研究所がある場所は、片田舎にある山の頂だった。買い出し一つにしても、研究員が車で三〇分ほどかけて町まで出て行っていたというぐらい不便な場所だ。なぜそのような場所に研究所を作ったのか、理由がわからない。
さらに謎なのが、二年ほど前からその研究員たちではなく、見知らぬ老婆が一人で買い出しに来るようになったということだ。車は研究員たちが使っていたのと同じ。しかし、老婆の買い出し量はせいぜい数人分になっていた。
「もうかなり調べ済みですか。でも、聞き込みは二人一組がルールですよ。いつの間に一人で聞き込みへ行ったんですか?」
「君が休みの時にな。俺は働き者なんだ」
三村の冗談めかした言い方に、柳はかるく肩をすくませる。
もちろん、異能力者がどうのとかいうのは信じられない。しかし、この紹介状が本物だとすれば、行方不明者を探す手がかりになることはまちがいない。
柳は少し話にのってみる。
「さっき、このマインドマップに書いてあるのは『五月のことだ』と言ったのは、この除霊会が五月――つまり今月に行われるからということか。でも、秋山が死んだのは二月。なんで五月のことを書いてあると?」
「多分、占いで『真に悪しきことは五月』と読んだんよ。だから、二月ならばまだ大丈夫とか思ったのかもしれんよ」
那由多が、マインドマップの書かれたノートを手にとった。
そんな彼女を柳は、やはり冷めた目で見てしまう。それどころか、どこか哀れんでしまっているのかもしれない。
「いきなり、信じろとは言わんよ」
その視線に那由多が苦笑いを返す。
「でも、彼女の書き残したキーワードで、気になる一致があることは認めてほしいんよ。『科学』、『無限のエネルギー』、『娘』、『四方の鬼』。嫌な感じがするのが、『魂の帰還』――」
「それで五月の『節目』って?」
「季節の節目」
「季節?」
「秋山さんが招待されたのは、立春あたり。そして今回は立夏ってことなんよ」
「……そう言えば。しかし、それが何か?」
「季節の変わり目には、邪気が流れるこむと言われてるんよ。立春の前日の節分に豆まきをするのも、この邪気を祓うため。陽気の流れが変わる瞬間に『間』ができる。『間』は『魔』を呼ぶといい、実は縁起がよいものではないんよ」
柳にしてみれば、「それがどうした」という話だが、オカルト信者はそういうことを気にするものだ。
招待状には【除霊研究会】主催などと書いてあるが、今のところ一番怪しいのは山野だ。とすれば、科学者でありながらオカルト信者なのかもしれない。だから、立春や立夏にこだわり、異能力者と名のる者達を集めたのだろう。
超常的な話はどうでもいいとして、辻褄は合っている。問題は、招待された者達が行方不明になっていると言うことだ。今のところ、それを確認する方法は一つしかない。
「確たる証拠がない以上、令状を取るのは難しそうですね。だからと言って、下手に突っつけば、なりをひそめてしまうかもしれない。相手の親会社は、政治家にも顔が利く大手企業ですからね」
柳の人差し指が、また揺れ始める。
「そして招待状には、パートナーを一人だけ連れてきてよいことになっている」
「さすが、よく見ていてる。話が早いのは助かるんよ」
「……僕に違法行為をやらす気ですか、三村警部?」
「君の意志に任せるよ。無論、断ってもいい。多分、それなりに危険だしね。君が行かないなら俺が行くさ」
「なるほど。本当は三村さんが行けるんですね。ということは、つまり僕の採用試験も兼ねているというわけですか」
横で那由多が感心したように口笛を吹く。だが、別に褒められたいわけでも、ましてやわけのわからない【協力者】とかいうものに採用されたいわけでもない。試されるなどまっぴら御免だ。
しかし、三村を始めとしてオカルト信者だけに任せておけば、事件の真実には届かず、「悪霊の仕業でした」とかで終わってしまうかもしれない。
「……いいでしょう」
柳は決意をこめて二人を順番に見つめる。
「僕がお供しましょう。その除霊会とやらに」
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