第六幕 ~少女の手土産~
カナリア街道で帝国兵を退けたオリビアは、悠々とした足取りで王都に向かっていた。時折すれ違う人間は、オリビアの姿を見てギョッと息を飲む。それはごく当然な反応とも言えた。なにせオリビアの全身は、返り血で赤く染まっているのだから。
普通少女がそんな姿で歩いていたら、何があったと尋ねてきてもおかしくはない。実際、すれ違ったうちの何人かは、声をかけようとしていた。
しかし、最終的には誰もオリビアに声をかけなかった。後難を恐れるかのように黙って目を逸らし、道を空けるのみ。理由はいたって明白。腰に帯びている血濡れた鞘が、否が応でも視界に入ってくるからだ。
──それと理由がもうひとつ。
「王都まで後どれくらいかなー」
そんな人々の反応を気にすることもなく、オリビアは肩にかけられた紐の先──地面を引きずっている大きな麻袋に視線を移す。麻袋の底は赤黒く染みていた。
(うーん。別に重くはないけど、なんだか面倒臭くなってきたなぁ)
一瞬捨ててしまおうかとの思いが、オリビアの頭をよぎった。その辺の草むらに捨てておけば、獣が喜んで持っていくに違いない。荷物がなくなれば、《俊足術》を使える。かなり疲れるから多様は厳禁だけど、あまり時間をかけることなく王都に到着できる。
だが、すぐに首を左右に振ると「やっぱりダメ」と独りごちる。オリビアは、ゼットとの会話を思い出していた。
『大分前ニ、人間ハ好戦的デ残虐ナ種族デアルト説明シタナ。覚エテイルカ?』
『ウン、大丈夫。チャント覚エテイル』
『宜シイ。具体的ナ例ヲ挙ゲルト、人間ハ敵トナッタ相手ノ首ヲ狩ル傾向ガアル』
『ナンデ? 首ヲ食ベルト美味シイノ?』
『違ウ。極限状態ニ陥ラナイ限リ、人間ガ人間ヲ喰ラウコトハ滅多ニナイ』
『ソウナンダ。ジャア、ドウシテ?』
『ヒトツノ理由トシテハ、〝勇〟を誇ルタメダナ』
『勇? ……意味ガヨクワカラナイ』
『ソウダナ……簡単ニイウト、己ノ武威ヲ相手ニ示ス行為ダ』
『……ソンナツマラナイコトノタメニ首ヲ狩ルノ?』
『ソウダ。実ニ残虐ナ種族ダロ?』
『フーン。他ノ理由ハ?』
『敵ノ首ヲ狩ルコトニヨッテ、単純ニ味方ガ喜ブ。場合ニヨッテハ褒美ガ貰エル』
『褒美? 美味シイ食ベ物ガ貰エル? ソレトモ本?』
『ソコマデハ私モワカラナイナ……』
(人間は敵の首を喜ぶ。そうゼットは言っていた。帝国の兵士に襲われたのは、結構運が良かったのかもしれない。私は首なんかもらっても、ちっとも嬉しくないけど。でも、王国の人間に渡せば、きっと喜んでもらえる。そうしたら、志願兵として雇ってくれるはず)
オリビアはまだ見ぬ王都に思いを馳せ、拳をギュッと握りしめる。肩からずり落ちそうになった紐をかけ直すと、決意も新たに歩を進めていった。
カナリア街道を抜けて緑鮮やかな高原地帯に足を踏み入れるころには、人間の姿を見かけなくなった。代わりに小さな獣たちが時折姿を見せ始める。おそらく血の臭いに惹かれているのだろう。
だが、オリビアが視線を向けると、獣たちは慌てたように逃げていく。
(今はお腹が空いていないから、食べるつもりはないんだけど……)
そんなことを思いながら、さらに高原地帯を抜け、広く浅い河に沿ってしばらく歩いていく。すると、はるか前方に巨大な砦が見えてきた。幾重もの壁に囲まれた堅牢そうな砦だ。
「わあ、すごい!」
オリビアが思ったのは、冥界の門よりずっと大きいという感想だった。砦の頂を眺めると、巨大な赤い旗が雄々しくはためいている。よく目を凝らすと旗の中央。銀杯の両側を金獅子と銀獅子が支えている。
(銀の杯。金獅子と銀獅子……)
オリビアはどこかで見た紋章旗だと思い、頭を巡らす。
(ええと……思い出した! あれは王国の紋章旗だ! ということは、あそこは王国軍の砦かぁ……)
オリビアは思い出したことに満足しつつ、視線を麻袋に向けた。さわやかな風に乗って、微かに鼻につく腐臭に気づいたからだ。
(どうしよう。これ、王都に着くまでもつのかなー)
視線を砦へと戻し、オリビアは腕を組みながらジッと考え込む。
「──うん決めた! 王都に行く前に、砦でこのお土産を渡しちゃおう。腐ったら帝国兵の首だってわからなくなっちゃうもんね」
オリビアは大きく頷くと、砦に向かって意気揚々と歩を進めていく。太陽はまだ中天の位置にある。この調子なら、日が落ちる前に到着できるだろう。
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