第百十五幕 ~到着~

 ───翌朝。

 オリビアたちが夕食ほどではないにしても十分に豪華な朝食を堪能していると、バレンシアから使者が到着した旨を伝えられ、改めて司令官室で顔合わせとなった。


「道中ご無事でなによりです。これより神都エルスフィアまではこの私、ヒストリア・スタンピードが案内いたします」


 ヒストリアと名乗った導き手に従ってシャルナ砦を発したオリビア一行は、神都エルスフィアに向かってさらに西へと進んでいく。これまでの道中と異なるのは、小隊の両側に絢爛とした鎧を身につけた聖近衛騎士団が護衛として付き従っていることだ。

 聖近衛騎士団は聖天使であるソフィティーアを守護することが任務。このことからもオリビアを手厚く遇しようという彼女の思いが透けて見えた。


「また随分と綺麗な人ですよね」


 先頭で白馬に跨るヒストリアの後ろ姿を眺めながらアシュトンがそう評すると、同じく白馬に跨るクラウディアに、氷のような冷たい視線を向けられた。


「アシュトンはあのような女が好みなのか?」

「は?」


 咄嗟には意味が理解できず呆けているアシュトンに、クラウディアは苛立ったような口調で再び問うてくる。


「だから、アシュトンはあのような女が好みなのかと聞いているのだが?」

「──い、いえ、そういうつもりで言ったわけではないのですが……」


 ようやく理解が及び、アシュトンは訥々と反論する。花を見て単純に綺麗だと思うような感覚だけに、まさか女性の好みをクラウディアから尋ねられるとは思ってもみなかった。


「ではどういう意味なのだ?」


 白馬を寄せながら食い込み気味に尋ねてくるクラウディア。やけに絡んでくるなと思いながらアシュトンは答えた。


「ただ思ったことを言っただけです。とくに深い意味はないのですが……雰囲気はクラウディア中佐にどことなく似ていますね。クラウディア中佐も綺麗ですし」

「……そんなお世辞はいらんぞ」


 妙な間を置いた後、クラウディアはアシュトンを睨めつけるようにして言った。お世辞を言ったつもりなど微塵もなかっただけに、アシュトンはすぐに反論した。


「いえ、お世辞ではなく本心を言っているのですが」


 真顔でそう答えると、クラウディアは面食らった様子でアシュトンから離れていく。それからのクラウディアはどこかよそよそしく、しきりに髪を撫でつけたりしている。

 普段見ることのないクラウディアの態度に、アシュトンが訝しんでいると、


「アシュトン少佐も中々隅に置けませんね」


 エリスが馬を寄せながらアシュトンの耳元で囁いてきた。


「隅に置けないってなにが?」

「またまたぁ。別に照れなくてもいいですよ」


 エリスはニヤつきながら胸を肘で突いてくる。全く意味がわからずポカンとしていると、ニヤついていたエリスの口元が急速に萎んでいった。


「もしかして……」

「もしかして、なに?」


 アシュトンの質問を華麗に無視し、エリスは盗み見るような目でクラウディアを見る。しかし、それも長くは続かず、代わりに肩を大きく竦ませた。


「くわばらくわばら。また首を絞められたらたまったものじゃないわ」

「ねぇ、さっきからエリスはなにを言ってるの?」


 さすがに苛立ちを覚えていると、エリスはあからさまに大きな溜息を吐き、これみよがしに敬礼を披露した。


「私の失言でした。気にしないでください」

「いや、いまさらそんなこと言われても気になるんだけど?」

「気にしないでください。鈍感少佐殿!」


 エリスは手綱を引き、オリビアの下へと向かって行った。


(鈍感少佐?……まさかエリスはクラウディア中佐が僕に気があるとでも思っているのか?)


 およそ馬鹿馬鹿しい想像をするものだと思いながら視線を右に向ける。すると、こちらを見ていたらしいクラウディアと目が合った。


「──!?」


派手に視線を泳がせたクラウディアは、バツが悪そうに顔を背けた。


(……いやいやいや。どんなに贔屓目に見ても、僕のことなんか精々手のかかる弟くらいにしか思っていないはず──だよね?)


 もう一度クラウディアに目を向けるも、すでにエヴァンシンとなにやら話し込んでいる。やはりエリスの勘違いだと断定したアシュトンは、これからのことに意識を傾けた。


(クラウディア中佐の言う通り、ソフィティーア・ヘル・メキアは油断ならない。オリビアの警備を怠らないのは大原則として彼女の目的がどのあたりにあるのか、それを探り出す必要がある。そのためには彼女の人となりを知ることが必須だけど、そもそも会話ができるかどうかも怪しいし……)


 なにせ相手は一国を統べる女王ときている。片や自分はただの平民。自然に考えれば口を利くことすらかなわないだろう。そもそも拝謁できるかもわからない。


「──アシュトン少佐、難しい顔をされてどうしたのですか?」


 クラウディアと話していたエヴァンシンがいつの間にか隣にいた。


「……エヴァンシンはオリビアが神国メキアに招かれたことをどう思ってる?」

「ああ、そのことですか。今もその件でクラウディア中佐と話をしていたのですが、オリビア閣下に興味があるのは間違いないと思います」

「それはまぁそうだろうな」


 興味がなければ王族を差し置いて一介の軍人であるオリビアを招待などしない。問題はソフィティーアがオリビアの何に対して興味を示しているかだ。

 真っ先にアシュトンが思いつくのは、帝国から死神と恐れられるほどの武力だが……。


「どちらにしても我々は相手の出方を待つよりほかありません。どんな意図があるにしても、形式上は表敬訪問となっています。こちらから下手な真似はできません」

「それでもあらゆる事態を想定しておくべきだと僕は思う」

「それはもちろんそうですが、アシュトン少佐も先走って危ない真似はなさらないでくださいよ。オリビア閣下と同様に、アシュトン少佐の代わりはいないのですから」


 アシュトンは顔を引き締めて頷く。

 聖近衛騎士団の護衛がついてからの道中は穏やかなものだった。暁天傭兵団のような野盗崩れが姿をみせるということもなく、シャルナ砦を発してから一日の行程を経て、オリビア一行は神都エルスフィアに到着した。

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