第百三十四幕 ~ブラッドの憂鬱~

 城塞都市エムリード 軍事区画 兵舎棟


 一大反攻作戦の第一段階としてアストラ砦の攻略を予定している第二軍のブラッド大将と第八軍のオリビア少将は、指揮所にて軍議を行おうとしていた。それぞれの副官であるリーゼ中佐とクラウディア中佐。ほかには第二軍の要であるアダム中将や軍師として名を高める第八軍のアシュトン少佐が席を連ねている。

 そして、攻略の一翼を担う神国メキア側からは、一万の兵を率いるアメリア千人翔の姿もあった。


「すでに周知の通り、今回の戦いに神国メキアが合力してくれることになった。すでに顔見知りの者もいるとは思うが改めて紹介しよう」


 ブラッドに促されて椅子から立ち上がった薄青色髪の女──アメリアは後ろ髪を跳ね上げると無表情な顔で答えた。


「聖翔軍千人翔、アメリア・ストラストです。──よろしく」


 無味無臭な挨拶が終わると同時にオリビアが「よろしくねアメリア」と言って、パチパチ手を叩いた。そんなオリビアをキッと睨みつけ、すぐにそっぽを向くアメリア。今の短いやり取りだけでアメリアがオリビアのことを良くは思っていないことが察せられた。

 

(神国メキアも力を示すために優秀な者を送ってきてはいるんだろう。しかし、嬢ちゃんまでとは言わないが、ちったぁ明るい奴を送ってこいよ)


 これからの戦いはいかに神国メキアと歩調を併せるかが重要となってくる。それだけにアメリアの態度は先々の不安を覚えるには十分だった。ブラッドは内心で深い溜息を吐きながら軍議の開催を告げる。


「──さて、大まかな指針は聞き及んでいるだろうが、嬢ちゃん率いる第八軍をなるべく無傷の状態で帝都オルステッドにたどり着かせることが任務だ。よってアストラ砦の攻略は第二軍とアメリア千人翔率いる聖翔軍で行う」


 そこまで述べると、即座に手を上げる者がいた。北方戦線において三万の軍を無力化し、あのパウルから稀代の軍師と称された青年──アシュトン・ゼーネフィルダーである。


(さてさて。稀代の軍師様はなにを語るのか……)


 ブラッドは興味津々でアシュトンに発言の許可を与えた。


「アストラ砦は今も紅の騎士団が守備しているのでしょうか?」

「情報によると紅の騎士団はキール要塞に移動したらしい」

「では情報操作が功を奏したわけですね」

「ま、そういうことだな」


 帝国の主戦力である紅の騎士団と天陽の騎士団を引き寄せるため、キール要塞に向けて大規模な軍事行動を取るとの噂を流している。帝国にとってキール要塞が王国攻略の要である以上、事の真偽にかかわらず、防備を固めざるを得ないだろう。


「……では第八軍の精鋭部隊を参加させていただいてもよろしいでしょうか?」

「なぜだ? 相手が紅の騎士団でなければ第二軍と聖翔軍で十分だと俺は思っている。精鋭のみとはいえ、あえて第八軍を参加させる意味がわからんが」

「我々は帝国の深部にまで攻め込まねばなりません。アストラ砦だけではなく、様々な障害が待ち受けていることは容易に想像できます」

「それで?」

「つまり、アストラ砦の攻略に関しては、第二軍と聖翔軍にもなるべく最小限の犠牲で切り抜けて欲しいのです」


 良く言えば理想論、悪く言えば綺麗事を並べ立てるアシュトンに、ブラッドは多少の失望を禁じ得た。彼の言う通り事が運ぶならこれほど楽なことはない。


「アシュトン少佐にこんなことを言うのは今さらだが、砦を落とすにはそれなりの時間と労力を要する」

「もちろんその通りです。ですが最小限の犠牲と最短の期間でアストラ砦を落とせるとしたらいかがでしょう?」

「……まさか以前アシュトン少佐がカスパー砦で講じた策を再び使おうとでも言うのか?」


 カスパー砦で披露したアシュトンの策は、砦内に通じる抜け道の存在を知っていたからこそ可能だったもの。今回の作戦に使えるはずもない。

 アシュトンは苦笑した。


「そもそもあれは思いつきに過ぎません。しかも今回はなにひとつ条件が揃っていません」

「それがわかっていてなお最小限の犠牲かつ最短で砦を落とすと言うのか?」

「士気の向上を図るためにも必要なことかと」

「まるで総司令官のような口振りだな」


 ニヤリと笑ってアシュトンを見やると一転、彼は派手に視線を泳がす。


「ちなみにオリビア少将は深くかかわっているのか?」

「え、ええ。オリビアの悪名──もとい勇名を存分に活用させていただきます」

「またヴァレッド・ストームの旗を掲げて閣下の名を貶めようとしているのか?」


 クラウディアに睨まれたアシュトンが首を竦める。そんな彼に助け舟を出したのはほかならぬリーゼだった。


「クラウディアは反対のようだけど、私は賛成します。この際オリビア少将閣下の武名を最大限利用するのも手かと。効果が高いことは先の戦いで証明されていますから。──それはクラウディアもわかっているでしょう?」


 先の戦いとは間違いなくフライベルク高原で繰り広げられた戦いのことを言っているのだろう。確かにヴァレッド・ストームの紋章旗は死神の異名も相まって絶大な効果をもたらした。

 リーゼの正論にクラウディアは思い切り顔を顰める。


「だがなぁ……」

「クラウディアがそこまで唾棄する理由は知らないけど、戦いに私情を挟むのはやめなさい。これはファーネスト王国の存亡をかけた戦いなのですから」


 戦いに私情を持ち込むのはリーゼも似たり寄ったりなのだが、ブラッドはあえて口を出さなかった。なぜなら口を出したところでとぼけるに決まっているからだ。

 クラウディアは渋々といった様子で了承した。


「──と、いうことです。アシュトン少佐」

「リーゼ中佐、ありがとうございます」


 アシュトンはクラウディアの顔色を窺いながらも、リーゼに頭を下げた。


「ではアストラ砦攻略はアシュトン少佐に一任していいんだな?」

「よろしいのですか?」

「よろしいもなにも大言壮語を吐いたからには実行してもらう。それに俺は部下のやる気を尊重する優しい上官だしな」

「……単にめんどくさいだけでは?」


 リーゼがブラッドにしか聞き取れないような声で呟く。


「リーゼ中佐、なにか言ったか?」

「なにも申しておりません。部下思いの上官だと感銘を受けていたところです」


 爽やかな笑みを浮かべるリーゼにブラッドが溜息を吐いていると、アメリアが相変わらず感情の見えない表情で手を上げてきた。

 ブラッドは軽く頷くことで発言を許可した。


「先程から話を聞いているとブラッド大将が指揮するのではなく、アシュトン少佐が指揮を執るということですか?」

「まぁ、アストラ砦に関してはそういうことになるな」

「彼のことはこちらも多少なりとも聞いていますが……それでも少佐ごときに指揮を振られるのは我慢なりません。なので少しでも指揮にブレが見られましたら聖翔軍は独自に動きますのであしからず」


 冷ややかな一瞥をアシュトンにくれたアメリアは、席を乱暴に立つと勝手に指揮所から立ち去っていく。その様子を見ながらバツが悪そうに頭を掻くアシュトンに対し、クラウディアは「なぜなにも言い返さないんだ!」と、激しく詰め寄っている。そんな二人をリーゼはなぜか微笑ましげに見つめていた。


(愛想が悪いだけに飽き足らず、さらにはプライドの塊ときたか。はぁ、本当に面倒なことばかりだな。コルネリアス閣下かパウルのじっさまのどちらかでもいたら俺は楽をできたのに……)


 我関せずといった顔で窓に映る空をボーっと眺めているオリビアに、ブラッドはガリガリと頭を掻きむしるのであった。



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