第百三十八幕 ~キール要塞の攻防 その壱~
キール要塞に迫った第一・第七軍は、要塞に対して扇状に軍を展開した。三重に囲まれた巨大な城壁には、十字剣の紋章旗がいくつも連なっている。捕虜交換の折にキール要塞を訪れたことがあるパウルは、忌々しいと思うよりもどこか懐かしさを感じてしまった。
(これもオリビア少将と共に旅した数日がことのほか楽しかったせいかな?)
無邪気なオリビアの笑顔を思い出し、パウルがひとり苦笑していると、隣で部下に指示を出していたオットーが怪訝な顔を向けてきた。
「閣下、どうかされたのですか?」
「いやなんでもない。──前線の様子は?」
「予定通りカタパルトでの遠距離攻撃を随時敢行しています。帝国軍は同じくカタパルトや大型ボウガンなどで応戦、ここまで目立った動きはありません」
攻城戦であることを予想し、王国軍はカタパルトを複数投入していた。独立騎兵連隊が紅の騎士団から鹵獲した最新型を王国の技術者が解析し、改良を施したものだ。威力の向上こそかなわなかったらしいが、さらなる小型化に成功し、運用が劇的に楽になったとオットーから聞かされている。
「そうか。ならば前線の兵士たちに伝えよ。遠慮は要らぬ。キール要塞を徹底的に破壊せよと」
なまじ難攻不落という肩書に安心し、キール要塞が陥落したその日まで、王国軍が少なからずあぐらをかいていたのは否定できない。であるならば、この際徹底的に破壊して幻想を打ち砕く良い機会であるとパウルは思っている。おそらくはコルネリアスも同じ気持ちを抱いていることだろう。
オットーは了解の旨を告げ、すぐさま伝令兵を走らせた。
「このまま引き籠ってくれれば、これほど我々に都合が良いことはないのだが」
「聞けばナインハルト少将が色々と手を打つようです」
「ナインハルト少将か……共に戦うのは此度が初めてだが、ランベルト曰く相当の曲者だという話だ」
「それくらいでなければ常勝将軍率いる第一軍の副官は務まらないと存じます」
「それもそうだな。まぁ我が第七軍の副官もそれなりだとわしは思っているが?」
「ご冗談を。深謀遠慮のナインハルト少将に比べたら私などまだまだです」
「謙遜か?」
「事実を申し上げているのです」
オットーは淡々と答える。褒めがいのない男であるのは今に始まったことではないが、それでも戦場では一喜一憂することなく冷静に戦況を捉えることができる。パウルにとっては替えの利かない唯一無二の副官であった。
「ところで右翼からの攻撃が少し突出してはいないか?」
右翼はホスムント少将が率いている。今になって功を焦っているわけではないだろうが、いささか前に出過ぎだ。
「ご安心を。後退を促すべく伝令兵をすでに向かわせております」
「さすがだな」
機転を効かせたオットーの判断に、パウルは満足して頷くのだった。
死神に育てられた少女は漆黒の剣を胸に抱く【WEB版】 彩峰舞人 @ponta-ponta
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