第二十六幕 ~片翼の攻防、その壱~

 会戦二日目 天候曇り


 ランベルト率いる第一軍は、前日の敗北を教訓に火弓兵を予め待機。鉄鋼騎突兵の突貫に対し、防御の構えを見せた。

 その一方、初戦を勝利で飾ったゲオルグ率いる鉄鋼騎突兵団。火矢による攻撃に有効な対処案が浮かばず、攻撃に精彩を欠いていた。


 結果、前日のような派手な衝突はおこらず、散発的な小競り合いに終始する。その間に主戦場は片翼へと移行していた。

 王国軍の左翼を指揮するのは、エルマン少将。平民出身の出でありながら、パウルの目に止まり、少将の位まで昇りつめた。守勢において威を発することのできる数少ない人物である。



「閣下、敵の騎兵隊が突出してきます!」


 副官ルイース大尉が声を張り上げる。激しい戦いが繰り広げられる中、土煙を上げながら五百騎ほどの騎兵隊が怒涛のごとく押し寄せてくる。


「慌てるな。敵は偃月えんげつの陣を敷いている。明らかにこちらの戦列を分断することが目的だ。左右に展開している弓兵を使い、一斉に矢を射ち放て」


 エルマンの命令を受けた伝令兵が、即座に弓兵を率いる隊長に指示を飛ばす。弓兵は流れるような動きで弓を引き絞ると、一斉に矢を解き放つ。矢は鋭い風切音を発しながら騎兵隊に襲いかかった。

 嘶きと共に馬が前脚を高々と上げ、騎兵たちが次々と地面に振り落されていく。


 だが、それでも全体の進撃は止まらない。まるで何かに追い立てられているかのように突っ込んできた。


「ひっ! て、敵、止まりません! 尚も突っ込んできますッ!」


 ひとりの弓兵が泣き叫ぶような声を上げる。


「いちいちビクつくな! 引き続き矢を放てッ!」


 怒気のこもった隊長の命令に従い、続けて二射、三射と矢が放たれる。そのたびに、矢が突き刺さった死体が量産されていく。やがてその数を半分にまで減らされた騎兵隊は、とうとう根を上げたのか。馬を反転させ、潰走を始めた。


「閣下、敵は潰走を始めました。ここは追撃に移るべきかと」


 追撃戦を進言するルイースに、エルマンは顎を撫でる。


「──そうだな。ここで追撃しないのは敵に余計な不信を招くか……」


 本来であれば、ルイースの進言よりも先にエルマンが追撃の指示を出していただろう。だが、この時ばかりは判断が遅れた。


「は? それは一体どういう意味でしょうか?」

「いや、すまない。こっちの話だ──よし、騎兵隊に追撃させろ。数は四百騎ほどでいいだろう。但し、深追いはするな。適当なところで引き揚げさせろ」

「はっ! では、ただちに追撃戦に入ります!」


 ルイースはすぐさま追撃戦の指示を飛ばし、伝令兵を走らせる。その姿を横目で見ながら、エルマンは作戦内容を反芻はんすうする。オリビアを主軸にした今回の作戦は、極一部の人間にしか知らされていない。奇襲を前提としたものだけに、万が一にも敵の耳に入ることを恐れたからだ。

 基本的な戦略は奇襲をかけるまで積極的な攻勢に出ないというもの。各部隊長には、勝手な判断で行動しないよう厳命が下されている。


 カスパー砦の攻略が控えている以上、できるだけ兵の損耗を押さえたいというのがパウルの意向だ。だからと言って、あまりにも消極的な戦いは疑念を呼ぶ。全力で戦いながらも、敵の攻撃は上手くいなす采配をする。そして、敵味方問わず余計な疑念を抱かせない。

 これは思っていたよりも難しい作業だと、エルマンは薄くなった髪を掻きながら小さな溜息を吐く。


(パウル中将が信頼する人物だから大丈夫だとは思うが……まさか十五歳の少女がこの戦いの命運を握ることになろうとは。敵が知ったらどんな顔をすることやら)


 ガリア要塞の廊下ですれ違った銀髪の少女を思い浮かべながら、エルマンは次なる命令をルイースに発した。



 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 ──帝国軍 右翼本陣


「よくもおめおめと逃げ帰ってこられたな。この恥知らずがッ!」


 戦場に似つかわしくない豪奢な衣装を纏った男が、唾を飛ばしながら甲高い声でわめき散らす。彼の名はミニッツ・オル・ストックス少将。上級貴族であり、気位が異様に高いことで有名だ。

 その割に気が小さく、余程有利な状況にならない限り決して前には出ない。


 部下が失態を犯せば激しく糾弾し、成功すればまるで自分の功のように振る舞う。本来であればとても一翼を任せるに足る器ではない。だが、遠縁とはいえ皇族の血を引いているため、今回右翼の総指揮官として抜擢された。


「閣下、もうそのくらいでよろしいでしょう。この男も多数の部下を失い、悔いております」


 副官ライオネス少佐は、拳を握りしめながら平伏する男を擁護する。敵右翼を分断するため突貫したが、作戦は見事に失敗。七割の兵を失い這う這うの体で逃げ帰ってきた。

 だが、この男ひとりに責任を押し付けるのは、あまりにも酷な話だとライオネスは思っている。そもそも、たかが五百の騎兵隊で敵を分断するなど、ミニッツの作戦自体に無理があったのだから。


「うるさいうるさいうるさーいッ! この戦いで功を上げなければ、私は父上に叱責されてしまう。もう一度騎兵たちを突っ込ませろッ!」

「か、閣下ッ! 策もなくただ敵に突貫するだけでは結果は変わりません! それは今回のことでよくおわかりになったでしょう」

「やかましいッ! ゲオルグ中将が攻めあぐねている今が功を上げる絶好の機会なのだ。わかったらさっさと騎兵たちを突っ込ませろ。いいか、これは命令だッ!」


 錯乱したように髪をかきむしりながら「突撃、突撃」と、うわ言のように呟くミニッツ。こうなったら手の施しようがない。だが、オスヴァンヌにくれぐれも頼むと言われているだけに、放っておくこともできない。

 ライオネスは内心で深い溜息を吐きつつ、ミニッツに進言する。


「閣下、ではこういう案はどうでしょう。まず三千の騎兵を三つの部隊に分けます。そして、一部隊を先程と同様、敵の右翼中央に突撃させます」


 ライオネスは机上に布陣図を広げる。さらに三つの駒を持ち出すと、敵右翼を示す一本のライン。その中央に駒をひとつ置く。


「……だから、さっきからそうせよと命じている」


 ミニッツは唇を尖らせながら言う。一応話は訊いていたかと内心で苦笑しつつ、ライオネスは話を続ける。


「おっしゃる通りですが、この後が少々異なります。おそらく敵は、先程と変わらぬ攻撃に油断するでしょう。なにせ一度退けていますから」


 さらに敵右翼の両端に、残り二つの駒を置いた。


「その油断を突き、残りの部隊を一気に突入させます」

「要するに最初の騎兵隊を囮にして、残る二部隊に突撃をかける。結果として三ヵ所ほぼ同時に突撃を仕掛けるということか?」

「ご明察です。ですがこれで終わりではありせん。ここからが真の狙いです」


 ライオネスは口の端を吊り上げると、ミニッツにも理解できるようゆっくりと説明した。



 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



「閣下、敵の騎兵隊が突出してきます」


 ルイースの言葉に、エルマンはまたかと思いながら腰の遠眼鏡に手を伸ばす。


「──ん? 今度はさっきよりも数が多いな……およそ千騎といったところか。陣形も偃月えんげつ。やはり戦列の分断が狙いか」

「どうやらそのようです。敵も存外しつこいですな」


 敵を軽く見るようなルイースの発言に、エルマンは油断するなと窘める。戦場では何が命取りになるかわからない。すぐに伝令兵を使い、弓兵を率いる部隊長に迎撃準備の指示を出す。騎兵隊は猛然と槍を掲げながら突っ込んできた。そこに何かを仕掛けてくるような素振りはない。戦術的には先程と全く一緒だ。

 エルマンは僅かな戸惑いを感じながらも、騎兵隊が有効射程内に入ったのを確認。攻撃命令を下した。すぐに無数の矢が流星のごとく降り注ぎ、その数を次々と減らしていく。


「……どうやら取り越し苦労のようだったな」

「は? 何か言われましたか?」

「いや、何でもない」


 エルマンはルイースに指揮を託し、僅かな休息を取るため天幕へと移動した。だが、十分も経たないうちに、血相を変えたルイースが飛び込んでくる。


「か、閣下ッ!」

「何事だ?」

「新たな騎兵隊が出現ッ! 戦列を分断すべく、突撃をかけています!」


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