第百十八幕 ~岐路に立つ者は~
盛大に催された夜会が終了した後、再び姿を見せたヒストリアに案内され、ラ・シャイム城から馬車に揺られること約十分。
大きな建物が軒を連ねる通りで馬車がゆっくりと止まった。
「馬車を降りてください」
言われるがまま馬車を降りていくオリビア小隊一行。全員が揃ったことを確認したヒストリアは、体を右斜め後ろに傾けて事もなげに言った。
「滞在中はこちらの屋敷をご自由にお使いください」
「えっ!? ここをですか?」
アシュトンは思わず声を上げてしまった。月華に佇む一際豪華な屋敷は横長で三階建ての造りをしている。誰がどう見ても上級貴族が住みそうな屋敷だ。
「最初は城の客室をご案内しようとも思ったのですが、それでは返って気を使ってしまうと思い、こちらの屋敷を用意させてただきましたが……不都合があるようでしたら至急別の屋敷をご用意いたしますが?」
「い、いえ! 不都合なことなんて全然ありません!」
声を張り上げて答えるアシュトンを見て、ヒストリアはクスリと笑う。
「では中に入りましょう」
きびきびとした歩調で先を行くヒストリアの後を、アシュトンたちは周囲を観察しながら続いていく。よく手入れの行き届いた庭を抜け、屋敷内に足を踏み入れたアシュトンの瞳に映し出されたのは、中央の大階段を挟んで左右にズラリと並んだメイドたちの姿であった。
(ひぃふぅみぃ……ざっと数えても三十人以上いるじゃないか)
たいしてこちらは十七人。単純にひとりづつメイドがついたとしても大いに余る計算だ。
もっとも、メイドをつけられたら全力で拒否するつもりのアシュトンだが。
「今日はお疲れでしょうからごゆっくりお休みください。それと、なにか必要なものがございましたらなんなりとメイドたちにお申し付けください。明日、改めてお迎えに上がりますので」
「ヒストリアさんもお疲れのところ色々ありがとうございました」
労をねぎらったクラウディアの言葉に、ヒストリアは笑みを交えて答えた。
「これも任務ですから」
「それでもありがとうございます」
アシュトンも改めて礼を述べると、ヒストリアは二本の指を額に当てた。
「では失礼いたします!」
そのまま右足を引いて華麗に踵を返したヒストリアは、颯爽と屋敷を後にした。
「ええと……これからどうしましょう?」
メイドたちの沈黙の圧に耐え切れなくなったアシュトンが口を開くと、とりあえず部屋でゆっくりくつろぎたいとの意見がエヴァンシンやエリスから出された。
残りの者たちもその意見に賛成する中、オリビアがお腹を擦りながら言った。
「なんだかお腹の中の音楽隊がまた少し騒ぎ出したみたい」
「なんだ? お腹の中の音楽隊って?」
「音楽隊は音楽隊だよ」
「……まさかとは思うが、お腹が空いただなんて言わないよな?」
オリビアは目をパチクリさせる。
「なんで言っちゃダメなの?」
「はあああっ!? おまっ……さっきの夜会で死ぬほど食っていたじゃないか!」
夜会の最中、オリビアが常軌を逸した量を食べているのをアシュトンは遠巻きに見ている。あまりに恥ずかしくて途中で目を逸らしてしまったが、いつもクラウディアはこんな思いをしているのかと、心底同情したものだ。
オリビアのことを知らない人間からしたら、普段から碌に食事を摂っていないと思われても仕方がない。事実近くにいた数人の貴婦人が可哀想な目でオリビアを眺めていたのをアシュトンは知っている。
「死ぬほどは食べてないよー。だって死んでないし」
オリビアはケラケラと笑う。アシュトンは眩暈がしそうになるのをグッと堪えていると、苦笑したクラウディアが割って入ってきた。
「どうやらアシュトンも少しは私の気持ちがわかってくれたようだな」
「わかっていたつもりでしたが、本当につもりだったみたいです。今回のことでわかりすぎるくらいわかりましたよ」
クラウディアが満足気に頷く横でアシュトンが重い息を垂れ流していると、メイドたちの中でも一番若いと思われるメイドがゆっくりと近づいてきた。
少なくとも彼女を呼び寄せた者はここにはいない。
「ええと。なにか用でしょうか?」
「失礼ながらお話は聞かせていただきました」
「え? 聞いていたの?」
図らずも非難めいた口調になってしまったアシュトンに対して、エヴァンシンがメイドを庇うように口を開いた。
「とくに悪気はないと思いますよ?」
「別に小声で話していたわけでもあるまいし。この距離なら耳がいかれていない限り聞こえて当然じゃない」
エリスがさも当たり前のように言ってくる。メイドは如才ない笑みをエヴァンシンとエリスに向け、オリビアに視線を戻した。
「さすがに夜会でお出ししたお料理までとは行きませんが、腕によりをかけてお作りしようと思います。いかがでしょう?」
「作ってくれるの?」
「もちろんです。ヒストリア様からオリビア様の願いは極力叶えるよう厳命されていますので」
「だって」
なぜか勝ち誇ったような顔をするオリビア。メイドの好意を無下に断るわけにもいかず、アシュトンは手をひらひらとさせた。
「わかったわかった。オリビア閣下の好きすればいいさ」
考えてみれば夜会のように衆目に晒されるわけでもなく、なによりもアシュトンの懐が痛むわけでもない。
呆れはするものの、反対する理由がそもそもないのだ。
「うん、好きにする」
「ではオリビア様をこれから食堂にご案内いたします」
「じゃあね」
メイドはこちらに向かって一礼する。そして、残されたメイドたちに何事かの指示を出した後、数人のメイドを引き連れてオリビアと共に去って行った。
その様子を見る限り、一番若いメイドが実はメイド長のようだ。
「──これより皆様をお部屋までご案内いたします」
残されたメイドたちに連れられ、アシュトンたちはあてがわれた部屋に向かうのであった。
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