第四十三幕 ~独立騎兵連隊始動~

『弓ノ扱イハソロソロ慣レタカ?』


 全て急所を貫いた獲物の山を見つめながらゼットは尋ねる。少女は幹に立てかけてある白剣に目を向けながら答えた。


『ウン。大分慣レタヨ。デモ、ヤッパリ剣ガ一番扱イヤスイ』

『ソウカモシレナイガ、常ニ接近戦ヲ挑メルトハ限ラナイ。コウイッタ道具も使イコナセレバ、ソレナリニ便利ダ』

『ウン、ワカッタ。ソレヨリゼットハ食ベナイノ? コノ鳥、美味シイヨ?』


 そう言いながら、少女はこんがりと焼けた鳥肉にかぶりつく。ゼットは手元の小枝を焚き火に放り込みながら、頭を横に振った。


『食ベテモ意味ハナイカラナ。味ガワカルワケデモナケレバ、腹ガ満タサレルワケデモナイ。人間トハ根本的ニ違ウ』

『フーン。ジャア何ヲ食ベルノ?』


 少女が食べる手を止めて尋ねると、ゼットは即答する。


『人間ノ魂ダ』

『魂ッテ美味シイノ?』

『質ニモヨルナ。タダ近頃ノ人間ハ〝オド〟ガ極端ニ低イカラ、質ノ良イ魂ハホトンド見カケナクナッタ』

『……美味シクナイッテコト?』

『ソウイウコトダ。シカモ、最近ハ戦争デモナイ限リ、簡単ニ人間ガ死ナナイ。文明ガ進ミ、寿命ガ伸ビテイルカラナ。贅沢ハ言ッテイラレナイ状況ダ』

『ゼットハ人間ヲ殺シテ魂ヲ食ベナイノ?』

『殺シハシナイ。正確ニハ、一部ヲ除イテ殺セナイ。前モ言ッタト思ウガ、我々ガ干渉デキルノハ死ンデマモナイ人間。ソレト、自我ヲ持タナイ赤子クライダ。赤子ヲ殺シテ喰ラウコトハデキルガ、魂ガ小サ過ギテ余リ意味ヲナサナイ』


 ゼットは度重なる少女の質問に淡々と答えていく。少女はゼットから視線を外すと、何かを考えるように空をジッと見つめる。

 しばらくすると考えがまとまったのか、再びゼットに視線を向けた。


『──色々話ヲ訊クト、何ダカ大変ソウダネ。私ガ人間ヲ殺シテコヨウカ? 森ヲ抜ケレバ、沢山人間ガイルンデショウ? ドレクライ殺シタラ、ゼットハオ腹一杯ニナル? 十人クライ? ソレトモ二十人クライカナ?』


 そんな言葉を投げかけてくる少女を、ゼットはマジマジと見つめる。


『──オ前ハ本当ニ観察ノシガイガアルナ。少シハ人間ノ世界ニ戻リタイト思ワナイノカ?』

『何デ? ソンナコト一度モ思ッタコトナイヨ。本ニ出テキタパンヤ、オ菓子ハ食ベテミタイケド』


 心底不思議そうな顔をする少女を横目に、ゼットは最後の小枝を焚き火に放り込む。焚き火が爆ぜ、小さな火の粉が舞った。


『ソウカ……気ヲ使ワセタヨウダガ、心配無用ダ。ソレナリニ食事ハ摂ッテイル』

『ナラ良カッタ』


 少女は安心したように微笑むと、再び鳥肉を頬張り始めた。


『……ソレガ食ベ終ワッタラ、少シ料理ノ種類ヲ増ヤシテヤロウ。ソロソロ成長期ヲ迎エルハズダカラナ』

『成長期ッテ何?』

『簡単ニ言ウト、骨ガ伸ビ大キクナルコトダ。偏ッタ食生活デハ成長ノ妨ゲニナル。肉バカリデナク、野菜モ食ベナイトナ』

『エヘヘ。ワカッタ。ゼットハ何デモ知ッテイルネ!』


 その無邪気な言葉に、ゼットはゆっくりと空を見上げる。


『無駄ニ永劫ノ時ヲ生キテイルカラナ……』


 …………

 ……

 …



 目を覚ますと開け放たれた窓から、柔らかな日差しが差し込んでいる。緑葉の香りを含んだ風が、オリビアの頬を優しく撫でていた。


「──久しぶりに子供の頃の夢を見たな」


 オリビアは独りごちると、枕元に置いてある銀色の懐中時計に手を伸ばす。蓋を押し開くと、朝食の時間はとうに過ぎ去っていた。

 今から食堂に向かっても無駄だろう。


(あー。朝食を食べそこねちゃった……ま、別にいいか。後でアシュトンに頼んでマスタード入り干し肉パンを作ってもらおう)


 ベッドから起き上がり、ゆっくりと体をほぐし始めた矢先「少佐、まだ起きていないのですか?」と、ノック音と同時に呆れたようなクラウディアの声。

 オリビアは慌てて軍服に着替えると、急いで扉を開けた。今日は城郭都市エムリードに向けて進発する日だったなと思い出しながら。



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 ──二時間後、練兵広場。


 城郭都市エムリードの進発を直前に控え、練兵広場に続々と兵士が集まっていた。クラウディアは四列横隊を組ませると、蟻の巣に木の棒を刺して遊んでいるオリビアに声をかける。


「少佐、蟻と戯れるのはその辺でお止めください。準備が整いました」

「うん、わかった」


 クラウディアに促されるまま、オリビアは壇上に立つ。元別働隊からの兵士二千名と、徴募によって集められた千名の新兵。合わせて三千の兵士。

 新たに結成された独立騎兵連隊だ。


 元別働隊の兵士は、真剣な面持ちでオリビアの話を待っている。一方、新兵の多くは年若いオリビアを見て眉根を寄せている。

 彼らの中には「あんな小娘が連隊長で大丈夫なのか?」などと、不安そうな声を上げる者も多くいた。


(新兵たちが不安に思うのも無理はない。外見はただの美しい少女だからな。それも戦が始まるまでだろうが)


 戦場を駆けるオリビアの姿を思い浮かべながら、クラウディアは声を張り上げる。


「これよりオリビア連隊長の訓示を賜る。総員傾注!」


 一同の視線が壇上に集中する中、オリビアの口がゆっくりと開かれる。


「人間は戦争で簡単に死ぬ。死んだら美味しいご飯が食べられなくなる。もちろん甘いお菓子だって食べられない。だから、簡単に死なないための作戦を私やクラウディア。そして、軍師のアシュトンが立てる。みんなも生きて明日の美味しいご飯や、甘いお菓子が食べられるよう頑張って」


 それだけ言うと、オリビアは壇上から降りていく。壇上の脇にいたアシュトンが空を仰ぎながら手で顔を覆い、ほとんどの新兵がポカーンと口を開けている。

 クラウディアは慌てて壇上に上がり、再び声を張り上げた。


「つまりだ! オリビア連隊長は、生き残る策はこちらで考える。なので、安心して戦えと言っている! ──独立騎兵連隊、出撃準備ッ!」


 クラウディアの号令が飛ぶと、元別働隊の兵士たちが次々と馬にまたがっていく。その姿を見て、新兵たちも我に返ったように動き始める。

 オリビアは愛馬である黒馬の首筋を優しく撫でると、颯爽と騎乗した。黒馬は尻尾を大きく揺らしながら、嬉しそうに嘶く。


「少佐、全ての準備が整いました。号令を」


 馬を並べたクラウディアが声をかけると、オリビアは拳を高々と突き上げる。


「それじゃあ、城郭都市エムリードに向けてしゅっぱーつ!」


 号令を合図に進発を告げる角笛が鳴り響く中、オリビア率いる独立騎兵連隊は城郭都市エムリードに向けて行軍を開始した。


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