第百三十幕 ~観兵式~ 其の弐
翌日──。
アシュトン捜索のため延期となっていた観兵式に参加するため、オリビアたちはアンジェリカと共に出迎えの馬車に乗り込んだ。
そして、馬車に揺られること五分。ラ・シャイム城に到着後まもなくして、ソフィティーアの待つ《緑翆の間》へと案内された。
(この城はどこもそうだけど、ここも絢爛豪華な造りだな)
吹き抜け仕様の広々とした天井を眺めながらアシュトンは感心した。視線を部屋の奥のバルコニーへ向けると、夜会でも見かけた長身の女性がソフィティーアと何事かを話している。ソフィティーアはこちらの姿を確認すると、銀の錫杖片手に近づいてきた。
「アシュトンさん、この度はご無事でなによりでした」
「こ、これはご丁寧に……僕──私を探すために人手も出していただいたそうで、そ、そのありがとうございました」
まさか直接声をかけられるとは思っていなかっただけに、アシュトンは実にたどたどしい礼を述べてしまった。
「例には及びません。当たり前の対応をしたに過ぎませんから」
ソフィティーアは笑みを湛えて言う。
(しかし間近で見ると本当に綺麗な人だな……)
なんでも市井の者たちはソフィティーアの笑みを“女神の微笑”と呼んでいるらしい。あながち間違いではないと思いながら見つめていると、ソフィティーアが不意に小首を傾げた。
「わたくしの顔になにかついていますか?」
「い、いえ! あまりにも綺麗なのでつい」
また余計なことを口走ってしまったと慌てて口を押えるアシュトンへ、ソフィティーアは小さな笑い声を上げた。
「男性の方に面と向かって言われると意外に照れるものですね」
「本当に申し訳ございません!」
アシュトンが勢いよく腰を曲げて謝罪を口にしている背後で、エリスが「恐ろしい……」と呟くのが聞こえてくる。それだけではなく、隣に立つクラウディアの拳が固く握り締められているのを目撃した。
ソフィティーアは笑みを崩さずに、アシュトンたちをバルコニーへと案内した。
「まもなく閲兵式が始まりますのでおかけいただいてお待ちください。──オリビアさんはこちらにお座りください」
二脚並べられた一際豪華な椅子にオリビアを誘導するソフィティーア。それが意味するもの。つまり自分とオリビアは同等ですよと暗に示しているのだろう。オリビアは言われるがままに椅子に座るや否や「ん? この椅子ふかふかで気持ちがいいね」などと呑気な発言をしていた。
アシュトンたちも並べられた椅子に座って待っていると、観兵式を知らせるラッパが一斉に鳴り響いた。
「お待たせしました」
綺麗に整地された地面の左右から、煌びやかな鎧に身を包んだ衛士が軍旗を掲げながら堂々と登場すると、時を置かずに奥から若草色の鎧を身に着けた衛士が、一糸乱れぬ動きで行進しながらソフィティーアに向かって敬礼している。
やがて四列横隊を形成した衛士たちが腰の剣を一斉に引き抜くと、自らの額にかざしてソフィティーアを讃える言葉を発した。
(あれが聖翔軍か……確かによく鍛えられていそうだ。ソフィティーア様のためなら死もいとわない。そんな感じに見えるな)
衛士たちの声に応えるかのように椅子から立ち上がると、ソフィティーアが笑みを交えて軽く手を振るう。すると、衛士たちから地鳴りのような歓声が上がった。そんなソフィティーアの様子を、オリビアは不思議そうに見上げるのだった。
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