あなたの未来を許さない
Syousa.
第一夜:01【御堂小夜子】
第一夜:01【御堂小夜子】
『今から五分後に、対戦開始なんだけどね』
その声で、小夜子は眠りから引き戻された。
うつ伏せの身体を起こし、まず周囲を見回す。しかし常夜灯で薄く照らされた自室内に、人影は見当たらない。
次いで枕元のスマートフォンに手を伸ばし、ホーム画面を開く。眼鏡は枕元のケースに入れたままなので、少女は目を細めつつ液晶へぐっと顔を近付けていた。
「何よ……」
画面には「午前一時五十五分 十月二十六日 月曜日」との表示。真夜中だ。
彼女がベッドへ入ったのは二十三時頃だったので、まだ三時間も寝ていないことになる。
「最低」
息をつき、小夜子はもう一度周囲を見回す。
薄闇の視界に入るのは、宿題が置きっ放しの勉強机に、床へ積み重ねられた文庫や漫画本。棚に置かれた美少女フィギュアやロボットのプラモ、ぬいぐるみたちだ。学校の制服は、今日はきちんとハンガーにかけておいた様子。
だがやはり人影は無い。勿論、あっても困るのだが。
「……こういうのを、寝ぼけるって言うのかしら」
起きた直後ですら中身を覚えていないような、夢の声に起こされたのだろうか。いやそもそもどんな夢であったかすら、記憶がない。
では心霊現象か何か……と彼女は背筋を一瞬冷たくしたものの、どうも幽霊が使う言葉にしては雰囲気がないという考えに至り、じきに落ち着きを取り戻す。
そうして再度見た携帯の表示は、午前一時五十六分。
「ああやだ……漫画の読み過ぎってこと?」
小夜子が読む漫画は、少女物よりも少年や青年漫画のほうが断然比率が高いのだ。自然、買い集めた単行本も戦闘物が多くなりがちのため……そのせいで、こんな寝ぼけ方をしたのかもしれない。
高校生にもなって、これではまるで小学生だ……と声には出さず、自嘲する。
(明日は学校があるんだから、ちゃんと寝ないと)
そう考え、彼女はぽすんと身体をベッドに倒した。
寝直すには、余計なことをしないのが一番である。そうやって閉じた瞼の暗闇が、緩やかに意識までを黒く塗り潰していく最中。
『今から能力がランダムに決まるから、まずはその名前をつけなきゃいけないんだ。そういうルールでね』
再び先程の声が、小夜子の頭の中に響いたのだ。
驚愕で布団を跳ね除けながら、少女は飛び起きる。
『あ、音量間違えちゃった? 大きすぎたかい?』
そして彼女は見つけたのだ、声の主を。
それはぼんやりと金色の光に包まれた、こぶし大の人型であった。
いや……単なるヒトの形ではない。蝶に似る半透明な羽根を持つ、少女の姿をした異形だ。
『あー、あー。大丈夫かな?』
細い手足の生えた身体は、ふんわりとしたワンピースのドレスで包まれている。愛嬌のある幼い顔と、そのショートヘアにつけた花の髪飾りが可愛らしい。リボンで結び玩具として贈ったならば、小さい女の子が喜ぶこと間違いないだろう。
そんなモノが、小夜子の視界でふわりふわりと浮かんでいるのである。
『えーと、お初にお目にかかります。御堂小夜子さん。僕はキョウカ=クリバヤシ。未来から来ました。よろしくね!』
空中に浮かんだそれは、ぺこりとお辞儀をして再び言葉を発した。
「妖精……? お化け……?」
ベッドの上に尻もちをついたまま、壁際まで後退する小夜子。
『違う違う! 未来から来た人間だよ。君たちからすれば、所謂未来人っていう奴かな? あーなるほど、この見た目でそう思ったんだろ? これはアバターだよアバター。妖精なんて実在する訳がないだろ、御伽噺じゃあないんだからさ』
鼻で嗤いつつ、首を左右に振っている。
『僕は紛れもない人間で、実体はここにない。あくまでアバターを投影して、君に話しかけているだけさ。細かいことは後で説明してもいいけれど、今はまあ、立体映像みたいなものだと思ってくれればいい』
キョウカ……と名乗ったそれは、小夜子の反応など意に介せず一方的に喋りたてていく。
『とにかく時間が無いんだ。ああもう、後三分もないじゃないか! とりあえず運営に、能力のランダムロールを開始してもらうからね、いいだろ?』
一言一言に大げさな身振り手振りを加えつつ、落ち着きなく飛び回るキョウカ。動く度にキラキラと粒子のようなものが宙を舞い、消えていった。
(何よコレ……)
現実味の欠如した、明らかな怪奇現象である。
だがそうでありながらも小夜子は、
(……そう言えばネバーランドの住人に、こんな妖精がいたわね)
などと、子供のころ読んだ絵本をのんびり思い出していた。
彼女の理性は既に、これが夢との判断を下している。
『能力が決まったら、それに基づいた名前をつけるんだ。能力の内容に関係しない名前は認められない決まりだから、短い時間でいかに洒落た名前をつけるかが、君のセンスの見せ所だよ』
「あっそ」
適当な相槌を打ち、小夜子は壁にもたれかかれる。
夢なら夢で仕方ない。ならばもうこの際目が覚めるまで付き合うしかないだろう、という考えであった。あまり興が乗る内容でないのが、残念だが。
『オーケイ! じゃあ続行するね!』
「はいはい」
小夜子は大きく嘆息を漏らすと、くるくる飛び回るキョウカの姿をぼんやり眺めていた。
『えっ!?』
しかし短い声とともに、妖精はぴたりと急停止する。
そして空中に浮かんだまま……何かを堪えるかのように、わなわなと身を震わせ始めたではないか。
『ちょっ、何だよコレ!? こんなのアリかよ!』
様子が一変した。
頭の中に響いてくる声は、明らかに狼狽したものだ。
『ダミット! ファック! ファック! ファック! どうしろっていうんだ! 始まる前から終わりじゃないか! ハズレだ! 不公平だ! おかしいよ!』
先程までの浮かれた調子は既に失せ、今度は頭を抱えて自らの境遇を呪っているらしい。
「えーと、妖精さん?」
そんな彼女へ、恐る恐る声をかける小夜子。
『妖精じゃないってば。キョウカ=クリバヤシ。もう、どうでもいいんだけどさ』
「あ? なんでよ」
いい加減腹立たしくなり、小夜子の言葉が荒くなる。
自らの夢とはいえ、この妖精モドキは物言いも態度も不愉快に過ぎたのだろう。
『ロールの結果、君に与えられた特殊能力は【何も無し】だったんだ。ハズレもハズレ、大ハズレさ。初戦で君は死ぬよ、間違いなくね。僕の試験もこれでオシマイってコトさ。加点どころか、このままじゃ単位を落としかねない! ああもう! 取り戻すために、一体いくつレポートを書かなきゃいけないか……そう思うと、気が重いよ!』
まくし立て終えるとキョウカは首を横に振り、溜め息を吐く仕草を見せた。
『あぁ、後一分もないな。まあ、とりあえず能力……は無いんだけど、能力名付けた方がいいよ。時間切れになると、その時点で君は参加資格を喪失して死んじゃう決まりなんだからね。僕の点数も、より一層寂しいものになる』
「何よそれ。ハズレなんでしょ。スカでいいわよ、スカで」
『【スカー】か。日本語だと【傷跡】になるのかな? 翻訳合ってる? でもこんなので通るのかなぁ? まあいいや、時間も無いし。登録申請してみるよ』
「いや、そんな駄洒落言ってないから」
『あ、通った』
「駄洒落でいいんだ……」
反射的に小夜子が呟いた瞬間、彼女の視界は暗転する。
「えっ……?」
『じゃあねサヨコ。なるべく楽に、死ねるといいんだけど』
哀れむようなキョウカの声を耳にしながら……小夜子の意識も、視界同様に闇へと沈んでいくのであった。
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