第四夜:07【御堂小夜子】

第四夜:07【御堂小夜子】


 上半身を炎に包まれた【モバイルアーマー】の様子は、すぐに変わった。

 鎧の上から、喉のあたりを掻きむしっている。ガリガリというのは、装甲同士が激しく擦れ合う音だろう。そしてひとしきり悶えた後に巨体は大きくのけぞり、


 どうっ。


 という音を立てて、背中から道路へ倒れこんだのだ。


(やった……かしら)


 塀越しに恐る恐ると、【モバイルアーマー】の姿を見る小夜子。

 残った灯油がまだ炎を大きく揺らめかせていたが、彼自身は微塵も動かない。少なくとも、無事なようには見えなかった。


 ……小夜子が使ったのは、火炎瓶だ。


 破壊された家で手に入れておいた、割って武器に使うための輸入酒瓶。それにファンヒーターの灯油を注ぎこみ台所の調味料でとろみをつけ、同じく家の中にあったシーツを用いて蓋をして、即席の火炎瓶を作ったのだ。投擲して命中すればデザイン偏重の輸入酒瓶は割れ、中の燃料が着火する。

 一発目は背面だったこともありうまく当てられなかったが……二発目以降は期待通りに命中したため、【モバイルアーマー】の顔周りを炎上させることに成功した。


【モバイルアーマー】が覆い被さってきた時、小夜子はその顔面装甲に呼吸孔があるのを見つけていた。声も息も、そこを直接通しているのを知っている。それが、彼への致命打に繋がったのだ。


 焼けた燃料が発生させた高温の燃焼ガスは、息を吸い込んだ【モバイルアーマー】の気道を焼き、肺をも焼いただろう。地獄の苦しみだ。人間がそのような目に遭えば、間違いなく死ぬ。


(死ぬはず、なのよ)


 燃え上がる【モバイルアーマー】を見つめながら、その時をじっと待つ小夜子。


 ぱんぱかぱぱぱぱーん。


 やがて鳴る、気の抜けたファンファーレ。


『Bサイド【モバイルアーマー】、死亡確認! 勝者はAサイド【スカー】! キョウカ=クリバヤシ監督者、おめでとうございます!』


「やった!」


 やっつけた!

 倒した!

 殺した!

 ……殺したんだ。


「私が」


 自分のしたことを改めて自覚した小夜子は膝をつき、塀にもたれかかる。そしてその口から、胃液を吐き出し始めた。


「おぅえぇえええええぇええええええ」


 吐く。


『五回戦は明日の午前二時から開始となります。監督者の方も、対戦者の方も、それまでゆっくりとお休み下さい。それではお疲れ様でした! また明日~!』


 止まる。また吐く。


「おうえええええええ」


 やがて小夜子の視界は暗転し、意識は闇の中へ消えていった。



 どくん!


 鼓動。小夜子の意識が復活する。

 彼女は部屋へ戻ってきたのだ。すぐ近くに、妖精姿のキョウカがふわふわと浮かんでいる。


『無事だったんだね、サヨ』

「おげえええええええええぇぇ」

『オオオゥ、シィィィット!?』


 四つん這いに倒れこみビチビチとフローリングへ嘔吐する小夜子の姿に、キョウカが驚いて飛び退いた。


『だ、大丈夫かいサヨコ』


 だが少女はキョウカへ返事をせず、


「【対戦成績確認】」


 と絞るように声を出す。すぐ小夜子の前へ投影される、対戦者の名簿一覧。彼女は血走った目でそれを一読すると、すぐに指でスクロールを開始。もう一度。また一度。そして目当ての欄を見つけ、深い息を吐くのであった。


 能力名【ガンスターヒロインズ】、監督者レジナルド=ステップニー。

 成績は、〇勝〇敗四分。白地に黒の文字。生存の証だ。

 それを確認した小夜子の目から、涙がつぅっと一筋頬を伝う。


 生きていた。

 生きていてくれた。

 生きていてくれたんだ!

 よかった。よかった。よかった!


 ああ、えりちゃん。

 大変だったでしょう?

 恐ろしかったでしょう?

 痛い目に遭わされなかった?

 泣かされなかった?


 ああ、でも偉いわ、えりちゃん。

 凄いわ、えりちゃん。

 ちゃんと、頑張ったのね。

 ちゃんと、生き延びたのね。

 嬉しい。嬉しいわ。

 私、心の底から、嬉しいわ。


「良かった。本当に、良かった」


 か細い声で、涙ながらに口にする小夜子だが。


「おうええぇえぇぇえええ」


 と再び吐き始めた。自らが焼き殺した少年のことを思い出し、胃と食道がポンプの如く内容物を排出していく。


(まだよ)


 まだだ。

 まだ折れるな、私の心。砕けるな、私の覚悟。

 これぐらいなんだ、彼女の苦しみに比べれば。

 これがどうした、彼女の悲しみに比べれば。


 大丈夫よ、えりちゃん。

 安心して、えりちゃん。

 私も、耐えてみせる。


 私は努力なんてできない。

 あなたと違って、努力の才能は無い。やりかたも知らない。

 でもね、私は耐えられる。

 あなたを想えば、耐えられる。

 努力の仕方は知らないけど、苦痛にならいくらでも耐えてみせるわ。


 えりちゃん。

 あなたのためなら私、何度地獄に落ちたって、平気よ。



『君は毎日吐くか漏らすかしているよな……おい、大丈夫か本当に』


 キョウカが心配そうに声を掛けるが、小夜子は倒れたまま反応がない。窒息と誤解した未来妖精が青くなり、少女の顔を覗き込むが。


『……寝てる』


 こうしてキョウカとの面談に確保した十五分は、結局無駄に終わることとなったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る