第四夜:06【モバイルアーマー】

第四夜:06【モバイルアーマー】


 小夜子とは違う並びに建つ、ある住宅の中。【モバイルアーマー】こと金堂武雄は、痛みと怒りに身を震わせ、悶えていた。


「痛え……」


 植木鉢で殴られた額が、ずきずきと熱い。しかしもしあれが後頭部や頭頂部を打撃していたなら、痛いどころでは済まなかっただろう。

 左腕はさらに深刻だ。まず間違いなく、骨に怪我を負っている。ヒビが入っているのか、折れているのかまでは分からないが……どちらにせよ、腫れてくるのはもう少し後だ。


(あのチビ! 早いところぶっ殺して、この対戦を終わらせてやる)


 対戦を終わらせれば、傷は全て元通りになる。一刻も早く倒せば、その分苦痛からの解放も早くなる。だから。


(早く終われよ、チャージタイム!)


【スカー】に見つからぬように息を潜めつつ、少年は心の中で叫ぶのであった。



 金堂の能力【モバイルアーマー】には、限界が存在している。

 一度呼び出した強化外骨格は確かに、エネルギーが続く限りその強力な力相手を打ち倒し攻撃を防ぐ。だが動く度にエネルギーは消費され続け、底をついてしまえば強制的に装甲は解除、消滅してしまう。そして再使用するまでには、時間をかけて充填されるのを待たねばならないのだ。


 しかも残量についてはメーターなどの具体的な表示は一切なく、スーツから伝わるエンジン音のような鼓動が残りのエネルギーをおおまかに伝えるだけ。

 着装直後は「どっ。どっ。どっ」というゆっくりとした鼓動だったものが、消費されるに従い「ど、ど、ど」となり、解除される直前には「どどどどど」と猛烈に早まる。着装者はこの変化から残りのエネルギー残量を把握せねばならないのだ。これは慣れておかないと、ギリギリの線がなかなか見極められない。

 製品であればユーザークレーム必至の不便さではあるが、監督者のゴメスは、


『君の能力は強力過ぎるから、その辺で運営システムがバランスをとっているのだろうな』


 と語っていた。

 当事者である金堂からすればふざけた話だが、監督者にとっては納得のいく制限なのだろう。まあどうせ、死地に赴くのは金堂ら対戦者なのである。


 だがゴメスの語った通り、【モバイルアーマー】は確かに強過ぎる能力であった。

 初戦で対戦した【音速エスパー】が物をぶつけてくる攻撃は、装甲に全く通用しなかった。

 二回戦では【ヒートアックス】が操る赤熱化した斧に足を打たれ慌てたが、【モバイルアーマー】の外殻は熱に対しても十分に耐えた。

 三戦目の【ワーウルフ】が変身した狼男の速度と膂力、そして鋭い牙と爪も難なく退けられた。


 無双。まさに圧倒的な性能である。装着時の敗北を、少年はまったく想像できない。

 敵からの攻撃は無効。こちらが殴れば、相手は豆腐のように千切れ飛ぶ。

 一方的な力の行使に、金堂は酔いしれていた。


 それだけに、反動ともいえる無防備なチャージタイムの訪れは注意せねばならないのだが……先程の負傷は、屋内へ誘い込まれ手間取らされた苛立ちと、後一歩で追いつめられるという焦りが産んだ大失態だ。

 やはり彼はまだ、この【モバイルアーマー】の能力を掌握しきれていないのである。


(普段から練習できれば、もっと何とかなるのに)


 とは思うものの、能力は複製空間でしか使えないのだから、どうしようもない。


(まあいいさ、次はエネルギーが切れる前に絶対ぶっ殺してやる。あのメガネブス)


 こんな目に遭わせたあの女に、思い知らせてやる。

 そして早く終わらせて、この痛みから解放されよう。

 自らの行為は無視し、金堂の精神が復讐心でどす黒く塗り潰されていく。


 どくどくっ! という体内に何かを注がれるような感覚。チャージが終わったことを知らせる合図だ。


「よし、これでいけるな」


 そして同時に、金堂の耳へ聞き慣れない音が飛び込んでくる。


 きゅいーん、きゅいーん、きゅいーん。


『火事です 火事です 火事です』


 どの住宅にも設置が義務付けられている、火災報知機の警報音だ。音はずっと、鳴り続けていた。


「【スカー】の仕業か?」


 それしかあるまい。だが何故、わざわざ自分の居場所を知らせようとするのか。


「……決まってるな、罠だ」


 誘き寄せて、不意でも突くつもりなのだろう。子供でも分かる、あからさまな小細工。


(だがいいだろう。乗ってやる)


 そもそも索敵が、【モバイルアーマー】の苦手分野なのだ。自分から居場所を教えてくれるなら、好都合この上ない。探す手間が省ける。時間が短縮できる。つまりこの痛みも、すぐに終わらせられる。

【スカー】の能力はまだ分からないが、金堂はその点に関して全く心配をしていなかった。


 衝撃も、熱も、刺突も、打撃も、この鎧にはまったく通用しない。

 装着中であれば、何も効かない。敵が何をしてこようと、問題は無い。

 相手が姿を見せたなら、追いかけて殴り殺せばいい。


「そうさ。俺の【モバイルアーマー】は、無敵なんだ」


 激しく痛み続ける左腕と額を押さえながら、金堂は玄関へと向かうのであった。



 ちゅいいいいいいいん!


 火花を散らしながら、【モバイルアーマー】が中腰の姿勢で路上を走っていく。

【モバイルアーマー】の強化外骨格に装備されたホイールダッシュ……足裏のホイールを高速回転させて、滑走する機能……は、道路のような平坦な地形で効果を発揮する。百メートルをおよそ四秒で走り抜けるのだ。

 そのため大音量で警報を鳴らし続ける家の前に辿り着くのにも、さほど時間は要さなかった。


「この家だな」


 警報を鳴らしているのは、プレハブ工法の近代家屋。その前で、金堂は急停止する。


(【スカー】はあの中にいるのだろうか)


 見れば、もう窓から煙も出ている。警報を鳴らしただけではなく、実際に火まで着けたらしい。ならば家の中ではなく、この周囲に潜んでいる可能性が高いだろう。


(構わんさ。仕掛けてこいよ。お前の浅知恵なんかお見通しさ)


 装甲の内側で金堂が「にぃ」とほくそ笑む。攻撃を誘うため、視線はあえて煙を吐く家に固定したままだ。


(いいぜ、早く来いよ!)


 心の中で呟いた瞬間。


 ごつん。ぱりん。


 という音と同じくして、装甲越しに後頭部への衝撃を金堂は感じた。

 一瞬遅れて、


 ぶわっ。


 と何かが広がるような音。視界が急激に明るくなる。少年はすぐに、その正体を察した。


(火だ)


【スカー】という能力名に対する予測を完全に裏切る攻撃ではあったが、彼はそれでも動じない。この強化外骨格は、以前の戦いでは赤熱化した斧の一撃にすら耐えたのだから。


「馬鹿め! 後ろだな!」


【スカー】の位置を確認すべく振り返った金堂の顔面装甲に、またもや何かが命中した。


 ぶわわっ。


 炎で埋め尽くされる視界。続けてもう一発、命中する。

 火勢が強まり、その眩さで思わず金堂は息を飲む。


 そう。少年は、息を飲んでしまったのだ。

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