第四夜:05【スカー】
第四夜:05【スカー】
先程の場所まで戻り、メガネを拾う小夜子。
右のレンズには白い線が走っている。袖で拭うも、消えない。どうやら汚れではなく、砂利と擦れてついた傷のようだ。諦めて一息つき、眼鏡をかける。
その後すぐに、彼女は移動を開始した。向かい側の並びへ移動し、適当な家を見繕って庭に侵入する。そして持ってきたレンガでガラスを割り、戸を開け中へと忍び込んだ。幸い今度の家は、防犯装置の類はないらしい。
「水……」
台所まで進んで、シンクで水を汲む。コップは棚から、勝手に拝借した。
ごく、ごく、ごくと喉を鳴らして飲み干す。そして肩を落とし、少女は深く息をつく。
……数十秒後。
人心地ついたところで小夜子は「【能力内容確認】」と口にする。呼応して眼前に浮かび上がる、文字列。
自分は相変わらず【能力無し】。だがそんなことは分かっている。すぐに小夜子は右側に視線を移した。そこには白字で、以下のように記されている。
能力名【モバイルアーマー】
・強化外骨格を召喚し、装着する。
「なるほど強化外骨格……ホント、SFもののアニメみたいね」
それは人間が搭乗する乗り物というより、機械動力や筋駆動を用いて大幅に身体能力を補強する鎧、と形容したほうがしっくりくるだろう。小夜子の時代でも軍事面のみならず介護、運搬、作業等、様々な方面での利用が期待され、開発が続けられている。勿論、あんなSFじみた装甲ロボではないものの。
その力と防御力については、考えるまでもない。この目で確認済みである。あの装甲を纏っている限り、小夜子の腕力で振るう攻撃など、まるで歯がたたないだろう。返す返す、あの好機を逃したのが悔やまれた。
「でもそう言えば、何でアイツの能力は解除されたのかしら」
あのまま維持していれば、彼の勝利は間違いなかった。そして能力が解けた後の彼の表情からみても、自ら望んで行ったわけではないのだろう。ならば。
「制限があるんだわ」
稼働時間か、動力源か、はたまた所謂バランス取りか。何にせよあの能力には、使い続けられない理由があるのだ。
そこまで考えたところで目前の【モバイルアーマー】説明欄に、黄色い文字で「エネルギー切れで装着は解除される」という項目が追加された。小夜子の推察が、当たったのである。
(そしてすぐに装着し直してこないのは、これにも時間が必要だからなのね)
続けて考える。今度は「再装着までにはエネルギー充填の時間が必要とされる」という項目も追加された。
(この【能力内容確認】。便利な機能だなあ)
有り難みを噛み締める反面、初戦からちゃんと教えておけというキョウカへの怒りも湧いてきた。だがそれは、ひとまず置いておく。
「でも、これであのデブの行動指針が読めてくるわ」
以上の情報から推察される【モバイルアーマー】の基本行動パターン。それは、能力発動時は攻撃力と防御力にものをいわせて攻勢に出ておいて、エネルギーの充填中は徹底的に逃げ回って時間を稼ぐのだろう。というより、それしか考えられない。
先程能力が解除されるまで装着し続けていたのは、本人にも残量が把握できないということなのだろうか。それとも計算が難しいだけか。
だとしたら、相当に不便なものである。そしてエンターテイメント番組としてはある意味、強力な性能にふさわしいネックなのかもしれない。
だがこれで【モバイルアーマー】が逃げ出した謎も解けた。彼はエネルギーを溜めている間、相手の能力に対抗する術を持たないのである。そう、持たないと思っているのだ。小夜子が【能力なし】と知らないのだから。
つまり彼は、無防備な充填中には絶対に仕掛けてこない。かつ逃げ足も速いため、小夜子では追いつけないだろう。そして一度見失えば、準備が整うまで決して姿を現さないはずだ。
「何コレ、詰んでない……?」
もし次の攻勢を小夜子が凌いだとしても、間近でのエネルギー切れに誘い込めたとしても……全力で逃げる人間をただの女子高生が追撃して倒す、などというのは無茶な話なのだ。銃でもあれば、話は別だろうが。
(いくらなんでも強過ぎるわ。他の対戦者に倒されるのを、期待したほうがいいのかしら)
そこまで考えて、小夜子ははっとした。
(もし私があのデブを倒せずに時間切れになって、それで次にアイツがえりちゃんの対戦相手になったら!?)
残っている対戦者の人数を考えれば、そんな都合の悪いマッチングがいきなり実現する可能性は低いだろう。だが、低いだけなのだ。低いだけでは、駄目なのだ。
【モバイルアーマー】と【長野恵梨香】の相性は、最悪に近い。
恐らく拳銃は効かない。自動小銃でも無理だろう。ライフル弾でも傷をつけられるとは思えなかった。ということは、威嚇射撃も警告射撃も無駄。全く牽制にならず、一方的に追われるだけとなる。
これが【長野恵梨香】ではなく【ガンスターヒロインズ】というだけなら、望みがないわけではない。能力切れを起こしたところを狙い、射殺すればいいのだ。
しかし全力で逃げる相手を簡単に撃ち殺せるのは、ゲームや漫画の中だけである。ましてや恵梨香は素人なのだ。
……そして何より、長野恵梨香が逃げる相手を撃ち殺せるはずもない。
「最悪だわ」
小夜子はぞっとした。まさに、全身が総毛立つ感覚に襲われた。自分が窮地に立たされていることよりも何よりも、恵梨香の死の危険性が増すことに対し、彼女の心身は全力で怯えたのである。
……駄目だ。
駄目だ。
駄目だッ!
「あいつを生かしておいては、駄目なんだッ!」
少女は、自分の体が燃えあがる錯覚に陥った。鼓動が早まるのが分かる。心臓から送り出される血が、臓腑から焼き焦がすかのように、熱い。
「あいつは殺さなきゃ。絶対に殺さなきゃいけない!」
だがどうやって?
確かに恵梨香と【モバイルアーマー】の相性は、最悪だ。
だが小夜子と【モバイルアーマー】の相性は、最悪以前の問題である。
……駄目だ! そこに思考を帰結させるな!
(考えるのを止めるな、私!)
考えろ。
考えろ。
考えろっ。
考えろッ!
考えろって言ってるだろう!
脳細胞全てを使い潰してもいいから、考えろ!
呪詛のように呟きながら、小夜子は血走った目で台所の物色を始める。
フライパン? 却下。
ナイフ、フォーク? 却下。
包丁? あんな相手に効くとは思えない。だがもし中身と対峙できた時には使えるだろう。一本持っておくべきか。
胡椒? 大魔王でも呼び出すのか。却下。
「この程度しかないのか……」
生身が相手ならともかく、使えるものがまるで無い。逃げる相手をどうにかする手段も思いつかない。見つからない。苛立ちと焦りが、小夜子の精神を蝕んでいく。
しかしその時、彼女の目にふと入るものがあった。大型の石油ファンヒーターだ。何となく、蓋をあけて燃料タンクを持ち上げてみる。
ちゃぽん。
という音に、手が軽く振り回されるような重量感が返って来た。もう十月も終わりに近く、朝晩は冷え込むことも多い。ファンヒーターを使い、部屋を暖める家庭もあることだろう。
そしてその時、小夜子は閃いたのだ。
「そうよ」
エネルギー充填中の相手を捉えられないなら、それでいい。彼は先程痛い目にも遭っている。次はもっと警戒してくるはずだ。同じように隙を見せてくるはずもない。近付いてくるのは、あの装甲に守られた間だけだろう。
だが、それでいい。それならば話は簡単である。
相手が有利な状態で。有利だと思い込んでいる状態で倒してやれば、よいだけなのだ。
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