第八夜:05【御堂小夜子】

第八夜:05【御堂小夜子】


 どくん!


 鼓動。そして小夜子に意識が戻ってくる。

 直立状態で復帰した彼女は精神消耗から姿勢を保持できず、崩れるように部屋の床へ座り込んだ。


「……帰ってきた……わ」


 見回すが、部屋の中にキョウカはいない。やはり一緒に寝ている間に、今日の面談時間は全て使い果たしてしまったのだろう。次の正午で面談時間が回復するまで、話をすることはできないようだ。


「……キョウカ……私、やったわよ」


 相棒のことが気にならぬわけではない。ないが小夜子はまず、確認せねばならないことがある。これは彼女にとって自身の生死などよりも、遥かに重要なことなのだから。


「【対戦成績確認】」


 目の前へ投影される画面、それに視線を走らせる。

 目当ては白地に黒文字の枠だ。一つ目は、すぐに見つかった。


 能力名【スカー】。監督者キョウカ=クリバヤシ。対戦成績、六勝〇敗二引き分け。


 これではない。こんなものはどうでもいい。

 鼓動を押さえ込み、深呼吸。五指で掻くように画面をスクロールさせる。


 ない。

 ない。

 ない!

 あった!


 能力名【ガンスターヒロインズ】。監督者レジナルド=ステップニー。

 対戦成績……四勝〇敗四引き分け。


 両膝をつき、四つん這いで画面へぐっ、と顔を寄せる小夜子。

 見間違いではないかと何度も瞬きを繰り返しては、やはり何度も見直していく。


「あぁ」


 だが間違いない。これは白地に黒の文字、生存の枠だ。

 そしてその色が、急激に滲んだ。


「よがっだ」


 眼の裏が痛む。両の頬を、熱いものが伝っていく。喉が、胸が、震えて正常な呼吸を妨げる。漏れた鼻水も、顎まで垂れていた。


「いぎででぐれだ」


 鼻声でそう言いながら。幾度も幾度も呟きながら……小夜子は崩れるように顔を伏せ。そのまま床を濡らし、汚し続けていた。



 何分経った頃だろうか。


 ゆっくりと顔を上げ、上体を起こす少女。そしてそのまま床の上に、ぺたん、と座り込む。

 その顔は歓喜と達成感、そして誇りで満たされている。


(やった。やったんだわ。私はえりちゃんを守りきったのよ)


 戦いは終わった。


(ああきっと。私の「生」は、このためにあったんだわ)


 深い満足感に包まれる小夜子。


(後は私が死ぬだけ)


 明日の午前二時。次の対戦で小夜子が自ら命を絶てば、それで恵梨香は救われるのだ。


 ……システム的な問題で準決勝以降は、対戦者が現実空間で自殺を試みることはできなくなるらしい。埋め込まれたバイオ人工知能を経由した航時船のメインフレームによって、寸前でそれは妨害されるのだ。小夜子はそのように、以前キョウカから聞かされていた。

【教育運用学】としては被検体の自殺すらも重要な教材ではあるが、用意した対戦者が番組のクライマックスを盛り上げぬまま死なれては困る、というがテレビ局側の主張とのこと。

 寸前で意識を絶つか、動きを止めさせるのか。まあ例の神経干渉を平然とこなす未来技術だ、いくらもやりようはあるのだろう。


 それ故に小夜子は複製空間へと転送された後……恵梨香と遭遇する前に、自決せねばならないのである。


(とはいえおかげで部屋を血で汚したり、どこかで人様に迷惑をかける心配もないわね)


 それにもし、小夜子が自殺したなどと恵梨香が知ってしまったら……それは、優しいあの子を悲しませてしまうに違いない。


(あの子はこれから未来で頑張らないといけないのよ、しかもたった一人で! そんな無駄なストレスを、与えるわけにはいかないわ)


 だからそれでいい。対戦開始後、接触前に死ねばいい。今までの対戦を振り返れば、その程度の時間的余裕は作れるだろう。

 それに恵梨香の性格から考えても、【モバイルアーマー】戦のように最初から全速力で走ってきて襲いかかるとは思えない。

 とそこまで考えたところで、銃を担いだまま「吶喊!」と叫びながら全力疾走する恵梨香がコミカルなSD姿で脳内再生され、小夜子は思わず吹き出した。勢いで、唾と鼻水が一層床を汚す。


「とにかくこれで、終わり」


 満足げに呟きつつティッシュで顔を拭い、ベッドへ向かう。


「明日、いや正確には今日か」


 これが小夜子にとって、人生最後の一日だ。

 恵梨香が現代最後一日を過ごすのに、家族でも吹田先輩でもなく、自分を選んでくれたことを光栄に思いつつ……少女は身を横たえる。


「明日は、ずっと一緒」


 だから明日は、いっぱい甘えよう。


(何をしようか)


 どこかの娯楽施設に行ってもいいし、美味しいものを食べに行ってもいい。

 映画を観たと恵梨香は言っていたが、他に何か面白そうな上映があれば、観に行くのもいいだろう。

 それを二人で話し合う時間すら、楽しみであった。


「ふふふ」とどうしても漏れる笑いを、枕に顔を押し付けて抑え込むうちに……小夜子の意識はいつのまにか、眠りの中へ溶け込んでいたのであった。

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