第九日:01【御堂小夜子】

第九日:01【御堂小夜子】


 ぱーぱーぱ、ぱっぱー。


 耳元で鳴るマーチ調音楽のために、小夜子は睡眠世界から追放された。


「もう、朝……?」


 いや、これはアラームではない。通話着信の音だ。そのことに気付いた彼女は慌ててスマートフォンを手に取り、通話に出る。


『あたしメリーさん』

「ごめんなさい。すぐ開けますです、ハイ」


 ベッド脇の時計を見ると、時間は「午前十時八分」と表示されている。十時に連絡を取り合うと二人は決めていたが、小夜子は見事に寝過ごしていたのだった。

 通話を切ったスマートフォンを見れば、SNSメッセージが五件ほど未読表示で通知されているではないか。


「あわわわ」


 パジャマのまま慌てて玄関へと向かい、ドアを開けると……そこには、小夜子の女神が立っていた。


「お、は、よ」

「あわわわ」


 休日なので、勿論制服ではない。上は深い緑のニット、下にはスキニーを履いている。シンプルだが、足が長くスタイルの良い恵梨香によく映える組み合わせだ。


「思いっきり寝てたでしょ」


 バスケットを置き、ショートブーツを脱ぎつつ……半目で小夜子を見ながら、恵梨香がチクリと刺す。


「いやホント、マジすんません」

「許さない」

「お詫びは私の身体でしますから」

「それ、『むしろご褒美』っていうやつでしょ?」

「見抜かれたか」


 ふふふ、と笑い合う。


「じゃ、お邪魔します」

「はい、いらっしゃい」


 階段を上り、小夜子の部屋へ入る二人。


「ねえ、えりちゃん。今日はどうする? 何処か行きたいトコとかある? 何か食べに行きたいものとかあったりする?」


 小夜子に問われると、恵梨香は「うーん」と顎に人差し指を当て、考え込む素振りを見せ。


「私は、さっちゃんの家で遊びたいな。久しぶりに、一日ゲームで遊んだりとか、DVD観たりしようよ。昔は二人でよく、そうやって過ごしたじゃない?」

「いいのえりちゃん? そんなので」

「そんなのだから、いいのよ」

「そう……じゃあ、そうしよっか」

「お昼もサンドイッチ作ってきてあるからね、後で一緒に食べよう」

「ありがたくいただきマッスル」

「うむ、苦しゅうないぞ」


 手を磨り合わせて拝む小夜子。恵梨香が、腕を組んでふんぞり返る。


「ついでに、晩ご飯も何か家から材料持ってきて作るよ」

「何か、悪いなあ。材料くらいは私の家で用意するよ」

「……さっちゃんの家にまともな食材があるんですかねえ……?」

「すいません、強がりました」

「ふふふ、気にしないで。いいのよ、材料今日使っちゃわないと無駄になっちゃうしね」


 そう恵梨香は言い、一瞬、寂しげな顔を見せた。だがそれに何と言葉をかけていいか、小夜子には分からない。仕方なく、話題を変えていく。


「何して遊ぶ?」

「久しぶりに、あれやろうよ。オメガドライブの【ガンスターヒロインズ】」


 恵梨香の口からその固有名詞を聞き、一瞬身体を震わす小夜子。だがすぐに気を取り直し、何食わぬ顔をして会話を続けた。


「オッケー。じゃあ箱ごと居間にもって行こっか。あ、先に着替えてからでいい? 私、パジャマのままだったわ」

「どうぞ」

「外に出掛けないから、今日はジャージでいいや」

「さっちゃんは家だと、いっつもジャージじゃないの……」

「ばーれーたーかー」

「はいはい、早く着替えちゃって」

「らじゃー」


 いそいそとパジャマを脱ぎ、ジャージに着替え始める。

 恵梨香に着替えを見られているかと思うと、湧き上がる興奮を抑えきれない小夜子であったものの……ちらりと振り返ってみれば、恵梨香は漫画雑誌をパラパラとめくって流し見をしていた。

 これが逆の立場ならば、小夜子は視覚と記憶領域を最大稼働して凝視せざるを得ないだろう。しかし恵梨香は違うのだからまあ、当然といえば当然である。


 着替えを終えた小夜子は、恵梨香と共に居間へと向かう。そして液晶テレビにゲームを接続し電源を入れると、ソファーに並んで座り、遊び始めるのだった。


「難易度どうしよう」

「久しぶりだから、ノーマルでいいんじゃない?」

「オーキードーキー」


 何でもない、日常。

 大切な最後の一日にやることとは思えない、ありふれた過ごし方。

 だが彼女らにとって、これこそが何よりも心地よく。

 そして、かけがえのない時間なのであった。



 その後ゲームをクリアした二人は、サンドイッチを食べながらDVDで懐かしの映画を鑑賞。さらにもう一本映画を観たところで、夕食の支度へ移ることとなった。

 恵梨香が自宅に食材を取りに行っている間を見計らい、キョウカへ呼びかけを行う小夜子。


「キョウカ、今、見てる? 聞いてる? もし聞こえてたら、返事をして。最小単位の十五分刻みだけでいいから、アバターを出して」


 正午はとうに回っているため、面談時間は回復している。彼女がまだモニターを続けているなら、アバターを投影させて応じるはずだ。


 ……だが、未来妖精は現れなかった。

 とはいえキョウカの精神状態を考えれば、それも無理からぬことだろう。この場のモニターすら、していない可能性だって高い。

 募る、小夜子の不安。


「キョウカ」


 映像で見た、あのか細い金髪の娘。その彼女が、膝を抱えて泣きながらうずくまる姿……それが、脳裏に浮かんだ。

 小夜子の胸は締め付けられるように、激しく痛む。


「……滅多なこと、考えないでね」


 そう呟いた時だ。小夜子の前へ、ひらりと一枚の紙が舞い降りたのは。

 きらきらと光の粒子を放つそれは、妖精のアバターを思い出させる。おそらく実物ではなく、視覚に投影されたものなのだろう。触れてみると案の定指はすり抜け、掴むこともできない。


『じゃまはしない』


 その上にはそう短く、日本語で書かれていた。そして読み終えて少ししたところで、紙はふっと消え去ってしまう。文面通りの気持ちが込められた、メッセージである。


「キョウカ……」


 おそらく、まだ満足喋ることも叶わない精神状態なのだろう。何かを伝えようとするだけでも、苦しいはずだ。だがそれでも小夜子のことを案じ、キョウカはどうにかこの言葉を贈ってきたのである。

 だから小夜子は、その気持ちに報いることにした。

 頷き、視線を中空へと向けると……ゆっくり心を込め、見えぬ彼女へ告げる。


「ありがとう、相棒」

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