第五日:03【御堂小夜子】
第五日:03【御堂小夜子】
『サヨコ、いいかい』
キョウカの声で目を覚ます小夜子。ネットで調べ物をした後、ベッドで横になって資料を読んでいるうち、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
枕元のスマートフォンには「二十時十五分」と表示されていた。当然窓の外も、すっかり暗い。
『少し疲れていたようだったからね。そのまま寝かせておいた。ただ、そろそろ遅い夕食を取っておいたほうがいいと思って、起こさせてもらったんだ』
「そういえば、帰ってきてから何も食べていなかったわ」
『四回戦が終わったところで、残った対戦者はあと二十人。まだ何日も、対戦は続くからね。きちんと食べて、心身の衰弱を防がないといけない』
残り二十人。開始時は五十人もの対戦者がいたそうなので、この数日で半数以上が脱落し、死んだということになる。
「【対戦成績確認】」
口にした小夜子の眼前に、画面が投影される。
キョウカの話を聞いて、何気なしに生き残っている対戦者の名前を流し見してみたのだが……そうしてみると、ふと、ある生存者の欄に目が留まった。
能力名【ホームランバッター】、監督者アルフレッド=マーキュリー、二勝〇敗二分。
二日前に相見えた【ホームランバッター】……田崎修司である。
彼がまだ生き残っていることに恐れを感じるような、それでいて少しほっとしたような複雑な感情が小夜子の胸中を駆け抜け、彼女は深く、ゆっくりと肺から空気を押し出していく。
そして彼の戦績「二勝」という数字を、悲しげな眼差しで眺めていた。
「やっぱり、殺られる前に殺るしかねーんじゃねえか!」
……【ホームランバッター】の叫びを思い出す。
確かに田崎修司との交渉は失敗し、小夜子は彼に殺されかけはした。だが一度は顔を合わせて話をした相手であり、互いに手を組もうと口にもしたのだ。
そして彼が小夜子に対しあのような行動に出たのが恐怖故というのも、今となっては十分に理解できる。田崎に対しての憎しみや怒りという感情は、まるで湧かなかった。
だから小夜子との対戦があった後、彼がどんな経緯を経て二人も殺すことになったのか……それに想像を巡らすと、陰鬱な気分にさせられるのだ。
それでももし、次に彼と対戦カードが組まれた時は……相見えたならば。
(躊躇はしない)
絶対に倒す。
確実に、殺す。
小夜子はそう、無言で誓うのであった。
◆
帰りに買っておいた弁当を自室に持ち込み、食べ始める小夜子。妖精姿のキョウカは、その脇でふわふわと浮かんでいた。
「私の体調まで気遣ってくれるとは、随分丁重な扱いじゃない?」
箸を動かす合間に、小夜子がキョウカへ向けて言う。
『戦術面でのアドバイスはできないし、分からない。君もルールを大方心得てきたし、対戦慣れだってしてきている。もうこの段階まで来ると僕ら監督者の役目は、君たちのモチベーションと士気の維持、メンタルの管理が主だからね。当然のことさ』
「まあ確かに。戦闘面でアドバイスもらえないなら、腹時計の代わりくらいしか役に立たないものね」
『言うなぁ、君も』
苦笑いするキョウカ。
「まあいいわ。話し相手くらいには、なれるでしょ?」
弁当に入っているピンクの漬物を一つ、奥歯で噛む。口腔内に広がる、濃い塩味。
「そういえばアンタ、前に飛び級してるから歳は私とあんまり変わらないって言ってたけど、幾つなのよ」
『君たちの時代でも、レディに歳を尋ねるのは失礼なんじゃないかい?』
「私も女よ、生物学的にはね。くだらないこと言ってないで、いいから答えなさいよ」
米飯を摘んで口に運ぶ。もぐもぐもぐ。
『……十歳』
「ガキじゃねーか、ボケがァッ!」
米粒を吹き出しながら、小夜子が怒鳴る。
『そうやって舐められるから、言いたくなかったんだ!』
「何が『歳が近い』よ。十歳!? ぜんっぜん、子供じゃない!」
『もうじき十一歳だよ!』
「対して変わん」
ぴろりん。
小夜子の声を遮ったのはSNSメッセージだ。当然送り主は、長野恵梨香だ。
《大声が聞こえたけど、どうしたの?》
《近所迷惑マジごめん。ネットでレスバトルしててムカついちゃって》
《フェイスボッコとかトリッターとかそういうの?》
《よつば☆ちゃんねる》
《何ソレ、分かんないや。まあ、ほどほどにしときなよ~》
(心配かけてごめん、えりちゃん)
嘘を交えたやりとりを終え。食事、そしてキョウカとの会話に戻る。
「しかしまあ、あれよね」
『うん?』
「前に私がアレ覗かれたの怒った時に、アンタだってやるでしょ!? って言ったら『嗜む程度には』とか言ってたわよね」
『ああああああああ!』
「あらまあ、まだお子様なのに。お・ま・せ・さ・ん」
妖精が絶叫し、光の粒子を撒き散らしながら床の上をのたうち回る。小夜子はそれを、勝ち誇ったように眺めていた。
確かに、こうやって話していたほうが精神の安定にはいいかもしれない。不安が紛れるのを、彼女は体感している。
◆
『そういえば、昼間の君の行動をモニターしていた時』
うん、と唐揚げを頬張りながら小夜子が頷く。
『ナカタヒメコ? が君が昔やらかしたことを口にしていたが、あれは本当かい?』
「違うけど、事実でもあるわ」
『中学に大人を石で殴ったって話は、エリ=チャンのスカウトマンに対してやらかしたことだよね? 前に言ってた』
「そう、それそれ」
『小学生の頃、近所の犬を刃物で刺したってのは?』
「あーあれね。三年生の頃、鎖を引っこ抜いて逃げだしてきた近所のクソ大型犬がたまたま帰宅途中だったえりちゃんに遭遇して、足を噛んだことがあったのよ。で、私、一緒にいたから。噛み付いてる犬の目玉をね、鉛筆で刺して追い払ったの」
『……君は本当にクレージーだな』
「はあ!? どこが!? えりちゃんの柔肌に傷をつけるなんて! 犬畜生の分際でそれをやったのに、片目を抉られただけで済んだのよ? 殺処分を免れたのは女神の温情だけど、本来なら万死に値する重罪なんだからね?」
『ああ、うん、そうだね……』
引きつった顔の妖精というのは、お伽話に慣れ親しんだ者にはきっと新鮮な光景であることだろう。
『じゃあ、いきなり同級生に水かけて泣かせたってのは?』
「……まあ内緒にしてよ?」
『うん』
「小学校入りたての頃ならたまーに聞くじゃない? 学校でお漏らししちゃうとか」
『君なんか、こないだここでオシッコ漏らしたばかりだろ』
「アンタが漏らさせたんでしょうが! ……まあ、えりちゃんもさ、まだ小さかったから漏らしちゃったことがあったのよ」
『へえ、あのしっかりしてそうなエリ=チャンがねえ』
「すぐ前まで幼稚園児やってた子供だもの。仕方ないわ」
腕を組み、一人でうんうん、と頷く小夜子。
「全校一斉清掃の時間だったんだけどね。その日は六年生と一緒に組んで掃除することになってたんで、なかなかトイレに行きたいって言い出せなかったんでしょうね。私、丁度一緒の班で掃除してたんだけど、ふと、えりちゃんの異変に気がついたのよ。で、これはイカンって思ってね。水拭きに使ってたバケツの水をぶっかけて、ひっぱたいて、喧嘩したフリして校門まで追いかけて学校の外に追い出して家に帰らせたのよ。いやー、マジで危なかったわ。ギリギリセーフ。もう少しであの可憐で聡明なえりちゃんに、お漏らしのあだ名やトラウマが刻まれるところだったもの」
『……君はどうなったのさ』
「ん? ああ、職員室で先生がたから滅茶苦茶怒られたような気がするわね。あんまり覚えてないけど」
さらりと言いながら、唐揚げの下に敷かれたパスタを小夜子は口にする。そしてむしゃむしゃと咀嚼し嚥下し終えると、箸をおいて俯いた。肩を落とし、目に力は無い。寂しげな、暗い表情をしている。
「でもね……私そのことについてはずっと後悔しているの」
意外な小夜子の変化に、キョウカが戸惑う。
「どうして、私はあの時えりちゃんを家まで追いかけなかったのか、って」
顔を上げ、どこか遠くを見るような切ない目。
「何でドサクサに紛れて、えりちゃんのお漏らしパンツを手に入れておかなかったのかって。ずっと悔やんでいるの」
そう口にしながら。悲しげな。本当に悲しげな瞳をしていた。
『ああ、そう……』
キョウカはただ、相槌を打つことしかできない。
「手に入れてたら、私、きっと物凄く大切にしていたわ。それこそ、家宝クラスよ」
『……子孫もそんな宝を遺されても困るだろ』
「末代だからいいの! それに、子孫といえど他の奴に堪能させてなるもんですか!」
ぎっ、と音がなりそうなほどの眼力で睨みつける。
『ああ、はい。よく分からないけど。でも汚いんじゃないの?』
「まぁキョウカみたいなお子様には、中々分からないかもね」
フフフと笑いながら、今度は流し目を送る小夜子。
『大人になったとしても、まるで分かる気がしないよ。サヨコ……』
疲れたような声で、キョウカは小さく呟くのであった。
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